未来は変えられる、自分を信じろ
みなさん、こんにちは。おかぴです。
昨日の投稿が私にしては珍しくハートが10以上ついていました。
サークルにシェアしたことも要因にあるのでしょうが、うれしいですね。人間は承認されるとやはり嬉しい生き物なので、私も存在が人間として形づくられている以上、素直に喜びたいと思います。わーい。
さて、無職マンの100日チャレンジ98日目の投稿です。
①毎日1つ心が喜ぶことをやる
⇒友人に心を送る
②毎日1つ新しい学びを発信していく
⇒自分を信じる力は莫大なエネルギーを生む
心を送っていますか?
今月は人間力強化の秋です。(なにそれ?笑)
今日もその一環として、友人に心を送ることにしました。
といってもやることは小さいです。本を貸すときに一緒にポッキー1箱と500mlペットボトルの綾鷹を渡すだけ。
実は以前友人の家にお邪魔させてもらったときに、夕飯の食材代を割り勘してしまったんです。なるべく友人には、働かせないように私が率先して調理をしていたのですが、それを差し引いても割り勘は良くなかったなと。
礼節に欠けていたと、ずっと反省をしていました。その意味も込めて今回は渡しました。
お金を渡す方法もありましたが、もし私が友人の立場だとしたらお金は受け取りたくありません。友人との関係だとしたら、なおさらです。
それよりは気持ちがわかるような現物のほうが、受け取り手もあとでモヤモヤが残りにくいだろうと考えました。
まあ本人がどう感じるかはわかりません。そんな、いいのに、とは言ってくれましたが、心の内まではわかりません。
ただ、わからないからこそ、自分の全力を込めて丁寧に心を送るべきだとお思います。心は見えなくても、誠意は伝わるからです。逆にわからないからといって、礼節を一度軽んじてしまえば、相手にもそういう存在だと定着しますし、自分のクセにもなってしまいます。
今回のチャンスは、いわば最終防衛ラインだったのだと思います。
迷いながらも、きちんと礼節を重んじる道を自分の意志で選択できたので、良かったです。
自分を信じる力は莫大なエネルギーを生む
こういったことを書くと、まるで私が大層立派な人間として見えてしまわないか不安になります。
なぜなら、今までであれば、私は良くないなぁ…と思いつつも自分で道を決断できない人生を25年以上送ってきたからです。
今日たまたま出来ただけで、過去を見ればとても立派な人間とは言えないのです。
そんなお世辞にも善き人間とは言えない私ですが、今回きちんと道理に沿った行動をとれた要因には「自分を信じる」ことがあったと思います。
自分をどんな人だと自分が認識するか、これはとても大事なことです。
こんな言葉があります。
私は貧乏な家に生まれ、小学校しかでていない。しかし、過去を変えることはできないし、変えようとも思わない。なぜなら人生で変えることができるのは、自分と未来だけだからだ。
野口英世さんの名言です。
私も、今までの道理を無視していた人生を捨て去ることや変えることはできません。変えようとも思いません。
なぜなら、道理を無視してきた人生があるからこそ、道理の大切さを嚙みしめて、より善い人間を目指して生きていけるから。そして自分がそういう人間になろうとさえ信じれば、必ず未来の自分は変えることができるから。
自分を信じれば何でもできる、とは言いません。でも信じなければスタートラインには立てません。
私は私の道を往く。そしてそれを成し遂げられる存在だと、自分だけは信じています。
明日もコツコツと努力を重ねて1日を送っていこうと思います。
最後までお読みになっていただきありがとうございます。それではこのあたりで失礼します。