越冬サナギが起きたなら・その②
我が家の玄関先で越冬した8個のサナギの中で羽化したにも関わらず4日間共に生活したアゲハチョウがいた。
名付けは愛着がわいてしまい喜怒哀楽を助長するので付けない。そう決めていたが世話がかかるものほど可愛くなってしまうものである。
肌寒く菜種梅雨に生まれたアゲハチョウに「ナタネ」と名付けた。
蝶の羽化は命懸けである。
羽化した直後は羽が濡れていて、すぐには飛べない。羽が完全に乾くまで平均2時間ほどかかるという。
羽が乾きやすく飛び立つために適度に体が温まる陽気の日を選べば良いものの、ナタネは冷たい雨が降り出すどんよりした昼過ぎに羽化した。
自らの決意で羽化したのか、思わず殻が破けてしまったのか分からない。今日は羽化しないだろうと勝手に決め込んだ直後にパリッと殻が割れた。
部屋のガラス窓は湿気で曇りだし、外の気温が下がっていると分かる。
春の青空にヒラリとはためくアゲハチョウの姿を見たかった。
思うようにいかないのは人間世界だけではないのだなと、乾きの悪いナタネの羽を見ながら眉をひそめたのであった。
すっかり日が暮れた頃に2、3度飛ぶ仕草をしたものの、飛ぶと言うよりは跳ね上がった先にあったガジュマルの木にぶら下がり2時間近く動かない。
姿形はきらびやかな蝶であるが、 まるで一日中眠い青虫だった頃と変わらないマイペースぶりに完全変態とはいえ、三つ子の魂百までという言葉が頭に浮かんだ。
夜中に部屋を飛び回り羽を傷つけてはしまわないかと心配しながらの夕食は食べた気にはなれず、かと言って一晩中付き添うわけにもいかない。
私は「明日は飛ぶのよ」と声をかけ布団に潜りこんだ。
翌朝、私は日の出の頃にバサリと起きた。
ナタネはガジュマルの木にぶら下がっているだろうか。起床まもない体がすぐに緊張する。
誠に体に悪い。
恐る恐る目をこらしたガジュマルの木にナタネはいなかった。
部屋は密室である事を確認している。
この部屋のどこかにナタネはいるはずだ。
血眼になって探すとはこんな時に使う言葉であろう。
まだまだ眠い目にムチを打ち続けたが、私の出勤時間までにナタネを見つけることは出来なかった。
つづく。