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三線は弾かなきゃ損、そん🎵

旅行で訪れた沖縄の居酒屋で、公園で、浜辺でどこからともなく三線の音色が聞こえてくる。
それは心地よい音色で耳障りが良くて、プシュとオリオンビールのプルタブ鳴らせば皆が踊りだす。
軽快なリズムに慣れない手さばきをしながらヒラヒラと手のひらで南国の空を扇いでは、沖縄ってこうじゃなくちゃねと思う。
自国にいて、異国のような異文化を味わってフワフワした気持ちで1日が終わる。

残念ながらそれらはすべて幻想だ。

お洒落な、ガイドブックやタウン誌には福木並木の片隅で簡素な椅子にちょこんと誰かが座って三線を弾いては、おしゃべりをしている景色が、さも沖縄の日常と言わんばかりに映えている。
そのような夢のような景色に一度でも経験したことは、いまだかつて無い。
私はれっきとした東北人で東北地方在住だからそんな夢の出来事が沖縄の日常ではないと堂々と言えた口ではない。
しかし、これまで十数年沖縄に通いつめたにも関わらず、三線の音色に惹かれて浜辺にたどり着いたり、三線を聞きながらオリオンビールで喉を潤した記憶は皆無だ。
皆が幻であり幻想であり、創造上の沖縄である。少々乱暴な文筆になっているが、最近の旅番組を観ていると無性にそう言いたくなる。

コロナ禍からのインバウンドの勢いは飛ぶ鳥を落とす勢いで、旅行者の財布のヒモの緩さにはただただ見とれるばかりである。
それは仕方の無いことだ。何年も我慢させられた羽は伸ばしたい。テレビはそれを煽りにあおって、焚き付ける。
私だって同じだ。
沖縄に行くとなったら浮かれ具合は尋常ではなかった。

しかし、三線が弾けるようになった私の沖縄への向き合い方や沖縄で過ごす旅時間は一転した。
石垣島の居酒屋で、歌三線のレジェンド達のお墓で、フクギの並木で、名護の浜辺で、鳩間島の絶景を見ながら三線を弾いて歌った。

その時々で偶然私の三線を聴いた人達からの「沖縄らしくてイイわぁ。」の一言に照れながらも満更ではない私は含み笑いを隠せなかった。
なぜなら、人が「イイわね。」と思っているよりも、はるかに私の「三線楽しい、イイわ~。」は数十倍も気持ち良いからだ。

三線が弾けるようになって、外部からの刺激よりも自分発信の気持ちよさの中毒性を強く感じる。弾けば弾くほど楽しく、充実感で身体中がビシビシしびれる。
こんな楽しみを知ってしまった私は、沖縄に行く時には三線を持っていくようになった。
いつでも三線が弾けるようにバチとチューナーをカバンに忍ばせる。このコンビは結構な頻度で活躍する。

「踊るアホに観るアホ、おなじアホなら踊らな損、損。」
まさにその通り。
「聴くアホに弾くアホ、おなじアホなら弾かなきゃ損、損。」