沖縄、栄町市場の餃子とビール・べんり屋
日本にいながら、どこか東南アジアの屋台にたどり着いた気分で餃子とビールが楽しめる店が沖縄にある。
那覇の喧騒が届かない、野良猫が行き来する狭い路地を左へ右へ、都会の音が聞こえなくなるその先で缶ビールのプルタブ を開ける音とフライパンの熱い油が跳ねて炎の轟きを目の当たりにする。
沖縄県那覇市内の栄町市場にあるべんり屋に、全く想像がつかない時間と空間、唯一無二の絶品料理がある。
栄町市場内の所々ヒビが目立つアスファルトの小道をズンズン進む夫の後を恐る恐る付いていくビビりの私には不安しかなかった。
なぜならズンズン進む先においしい餃子があるとは思えなかったのだ。
夫は沖縄に行ったら餃子を食べると宣言をしていた。他にたくさんおいしい物はあるだろう。
なぜ、わざわざ沖縄で餃子なんだよと苛立ち大半の姿勢で栄町市場に足を踏み入れた。
薄暗い路地で空も見えない。
それ見たことかと私は不機嫌の入り口にいた。
その店は路地と店の境い目が曖昧だった。
しかも案内されて座った席はシャッターの前で、明らかに隣の店先である。
テーブルは相席で隣のサラリーマンか観光客か見分けがつかない酔っぱらい達はガハガハと大きな口を開けて笑い、一通り話が済むとカリカリに焼き上げられた餃子を頬張っては「旨いですねぇ」を連呼していた。
向かいに座る女性3人組は腹が満たされたと見え、気だるそうに残りの缶ビールを飲み干し、アルコールで重くなった頭を日焼けした腕で支えていた。
テーブルをよく見ると拾ってきたのではないかと思わせるステンレスの厨房台のようで、渋い銀色が不安げな私の顔を写している。
どーんと運ばれてきた見慣れた350mlのオリオンの缶ビールに日本を感じほっとした。
べんり屋の餃子はコロンと楕円でぷっくらした格好にかわいさを覚える。
ギッュと詰まったタネは適度に歯ごたえの良い皮との相性が良く本日2件目である事を忘れるほどに食欲をつっつく。
べんり屋は餃子もおいしいが小籠包の繊細さに店構えとのギャップを感じる店だ。
透けて中身が恥ずかしそうにしている小籠包を優しくつまみ上げるとフルフルと、まるで揺れ動く小さなしずくのように風になびいて止まる。
しずくを否、小籠包を壊さぬように口に入れる達成感は甚だ、ゴールを決めたアスリートさながらの気分だ。
夜が深くなり、べんり屋の空気に吸い込まれているうちに、いつしか体はすっかり厨房台に馴染んだ。
後ろを振り返ると路地を歩いていたカップルの女性が、目を丸くして不思議な物を見た時の視線をこちらに向けていることに気づく。
彼女の姿が1時間前の私を見ているようで愉快だった。