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旅の終わり。

旅に出たのはいつだっただろう。
これが出発だ!
と言える瞬間がないから
きっと受動的な出発だったんだと思う。

歩いていたら旅に出ていた。
人生は旅と表現することもあるけれど、
今回は

旅🟰
・私の心が動く何か
・自分の中の正義が溢れでるくらい大切にしていること
・夜眠りに落ちる時、待ち焦がれている明日

を探す旅だった。私はこれら3つのことは、低速型不変事項だと考えている。だから、一度整理したかった。

旅に出ていることに気づいたのは
多分、19歳くらいだったと思う。

海外にいたいという漠然な想いに導かれ
海外大学に進学する際に
希望のメジャーを聞かれた。

希望のメジャーがわからなかった。
何にウキウキするのか
何にワクワクするのか

もしくは

どんな時に笑顔になるのか
どんな時に優しくなるのか

意識したことがなかった。

そんな時に、私って「私」を生きているのに何も知らないことに気づいた。

そして「すでに私は旅の途中にいる」ということにも気がついた。

旅は楽しかったし、愉しんでいた。

だけど、そんな旅は今日で終わりにしようと思う。気づきはセレンディピティ。

推定19歳の頃から始まった旅は、5年間続いた。

5年ってめっちゃ長ない?シンプルに向き合えたことを誇りに思う。

ゴールは決めていなかった。

私の旅はもともと可視化できないものだから、
ゴールだけ見えてもな〜と思って。
(忘れてただけ)

旅🟰色々な場所へ行き、様々な経験を意図的にして、
・私の心が動く何か
・自分の中の正義が溢れでるくらい大切にしていること
・夜眠りに落ちる時、待ち焦がれている明日を探す、整理する内側と向き合う時間(期間)

この旅の目的であった3つの事を探すこと、整理することは見事に成し遂げた。

というより、言葉の世界にはこの答えがないことに気がついたから、旅に終止符を打った。

この3つを聞かれることは殆どない。
そしてこの3つを誰に対しても、綺麗に、簡単で、短い言葉で表現することもあまりない。
この3つは言葉にして誰かに伝えなくても、自分だけが知っている自分だけの宝物だった。

もちろん、言葉にする時もあるけど
時と場合、話す相手によって表現は変わるし、変える。だから、これと言ったものはあるのだけど態々一つの言葉にする必要はない。

いつだって私は知ってるから。

私は知ってる。
私がどんなことやモノに心が動くのか。
だって、それに出逢った時動いているから。

私は知ってる。
私が自分の正義が溢れるくらいに大切にしてることを。気づいた時には行動しているから。

私は、もうなんでも知ってる!
夜眠りに落ちる時、待ち焦がれる明日のことを。ソワソワして眠れないから。

いっぱい旅をして
心で感じて
頭で考えて
言葉にして伝えて
言葉が還ってきて
それを5年間ほど繰り返して
やっと気づけた。


私は私のことを知っている。
言葉が簡単だけど
でもこれしか出てこない。



旅の終わり。

サイコーな旅だった。
出逢ってくれた人、場所、もの、全て!
本当にありがとう!

次は世界の行ったことのない国を巡る旅をして世界一周かな〜。

みちのミチはまだまだ続きます!
人生はミチ(未知)だらけ〜!
そして地球も日本も住んでる町もミチ(未知・道)だらけ!

おしまい。

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