小さな手のぬくもり
「まま、だいじょうぶだよ」
もうすぐ四歳になる子に、そう声をかけられたとき、わたしの両目からはぼろぼろ涙がこぼれていた。
特別、なにか嫌なことがあったわけじゃない。辛いことがあったわけでもない。
ただ、日々の疲れだとかもやもやだとか、そういうものがほたほたと積み重なっていって、それがある日の夕暮れどき、遂に溢れてしまった。
「もうだめ、つかれた。しんどい。苦しい」
そんな言葉が、頭の中でわっと騒ぎだして、どうにもならなくなって、心がぎゅっと引き絞られた。
今思えば、疲れの蓄積に身体も悲鳴を上げていた頃だった。それが、心にも影響を与えていたのだろう。
夕飯を作らないと。そんな時間のことだった。でも、涙はぼろぼろ目から落ちてきて、身体はばたりと倒れて動けなくて、喉からはうめくような音が漏れてしまって。
そのとき、「まま」と寄ってきたのは上の子だった。子は、「どうしたの?」でも「なにしてんの?」でもなく、倒れたわたしのお腹をぽんぽんと優しく叩いて、「だいじょうぶだよ」と言った。
「ねてなさい。だいじょうぶだからね」
と、そうちょっと大人ぶった口調で、子どもみたいに横たわって涙を流すわたしをあやしてくれた。
もしかしたら、お医者さんごっこの一環だったのかもしれないけれど。その小さな手のひらのあたたかさに、ほんの数年前を思い出す。
それは、この子がまだ一歳だった頃のこと。真っ暗な部屋で、子を寝かしつけようとしていたら、子の方がわたしの頭に手を伸ばしてきて。
「まま、いい子」
そう、ちっちゃなちっちゃな手のひらで、頭を撫でてくれた、あの夜。思わず笑ってしまいそうになるのと同時に、胸がきゅっとなった。
「ちびちゃんは良い子だねぇ」と、毎晩のように語りかけてはいたけれど。それを真似しようと決めたのは、紛れもなく子自身で。その切ないくらい無垢であたたかな優しさが、わたしにはひどく尊いものに感じられた。
--あのときの感覚が、瞬間的によみがえってきて。その小さな手を握りしめながら、「ちびちゃん、ありがとう。ありがとう。だいじょうぶだよ」と、なんだか余計に泣いてしまった。
大人として、親として、しっかりしたところを見せないといけないのに。子どもを安心させなければいけない立場なのに。
そんな虚勢をも包み込むような、小さな小さな手のひらの優しさを。ただぎゅっと握り返した夕方だった。