総合病院の精神科病棟閉鎖相次ぐ、20年で15%減・・・(CBニュース 2024年12月16日付)以下の本の内容は時代遅れですか?
「一億総活躍時代のメンタルヘルス」より 2017年2月21日刊行 著 西脇健三郎
総合病院精神科の大切な役割(長くなるが全文掲載。一部修正、加筆)
▼総合病院精神科の閉鎖の動き
2008(平成20)年に精神科救急・合併症入院料が新設された。その後、今日に至るまで、精神科救急入院料病棟の資格取得施設数は倍増し、100施設を超える勢いで増加した。一方、精神科救急・合併症入院料病棟の資格取得施設数は、倍増していることはしているが、精神科救急入院料病棟取得施設数と比べて桁が一つ少ない状況にある。
その原因の一つに、本来、精神疾患の身体合併症を受け入れるにふさわしい、全国の総合病院精神科が不採算部門として閉鎖されてきたことがある。これについては、厚生労働省の「第6回救急医療体制等のあり方に関する検討会」における「緊急性の高い身体合併症があり、精神疾患を持つ患者の受入制の構築について」の中で取り上げられている。
ではなぜ、多くの総合病院精神科が不採算部門に陥ったのであろうか。最大の要因は、総合病院精神科に勤務する精神科医が「開放化」「地域で支える」にこだわり続けたことにあると思う。これらが意図するところは、私がこの本で主張している任意契約重視の精神医療とはいささか異なる。
確かに、宇都宮病院事件の反省を踏まえて「任意入院」が創設され、任意入院が急増した。しかし、それは長期入院患者によるいわゆる「あきらめの任意契約」に基づく入院がほとんどであった。当時は学生運動による社会改革の影響もあって、私と同世代あるいは先輩の多くの精神科医は、精神障害者の社会復帰と開放化に情熱を傾け、それこそ「精神病院はいらない」と地域精神医療を志した。だが当時、精神科で診療所、クリニックを開設し、生業をなすことは診療報酬制度上で、非常に困難だった。そこで、彼らの多くは、総合病院精神科を地域精神医療の拠点とした。
当初はまだ、統合失調症は入院治療中心であり、単科の精神病院では取り組めない統合失調症の患者を短期入院ののちに地域移行、外来通院で支えることが可能であった。だが、日本経済の低成長に伴って、医療費抑制策がとられるようになった。とくに精神科を標榜して病床を有する総合病院の多くは、公立病院であったことから財政難から独立採算を迫られることになる。その際、勤務あるいは勤務を志す精神科医による強い反発はなかったようだ。おそらくそれは、地域移行、在宅サポートが医療費削減に有効と判断した行政が、メンタルクリニックで精神科医が生業をなせる方向へ診療報酬制度の舵を切ることになったためではないだろうか。それは地域で精神障害者を支える志をもつ精神科医が、市街地に自らの診療拠点を開設できることを意味する。このような状況では、不採算部門に加えて、医師の確保が難しいとなれば、総合病院を運営する立場からすると、精神科を閉鎖するのはやむなしである。
そして、市井でメンタルクリニックが増加の兆しをみせ始めた21世紀初頭、2001(平成13)年に池田小学校事件が発生した。さらにその後、2002(平成14)年、診療報酬制度に精神科救急入院料が新設されている。それと同時期に総合病院精神科が閉鎖、縮小の一途をたどり始めた。そのためか、当時一般救急医療と協同作業を目指した精神科ERが検討されたものの、議論には至らなかったようだ。
しかし、メンタルクリニックの急増は、精神疾患の増加をもたらした。そして、そのメンタルクリニックがビル内での診療であることから、休日、夜間は無人となる。となると、休日、夜間のいわゆるソフト救急対象の精神疾患の患者を一般救急医療機関が担わざるを得なくなってきた。
▼私の臨床体験からの提案
そんな救急医療に関わる問題については、2013(平成25)年7月17日厚生労働省「第6回救急医療体制等のあり方に関する検討会」で、〈いまの精神科救急医療体制はハード救急の対応が中心で、救急病院の負担要因であるソフト救急へ対応は手つかずの状態〉として検討課題となっている。となると、そんな精神疾患に関するソフト救急、すなわちその多くは、「依存症疾患」「感情障害・ストレス関連疾患」であり、その搬送理由は「死への衝動」に対するものがほとんどである。よって、その対応においては、総合病院における精神科と一般救急医療との協同作業が最も有効であることは言うまでもない。
また、総合病院精神科は他の診療科との連携が容易であることから、精神科救急合併症病棟を取得してほしい(総合病院精神科が取得のためには、別途要件を設ける必要があるが・・・)。この場合、原則として、身体合併疾患を有し、患者本人から同意が得られない患者の入院受け入れを行うことから、入院の病棟構造は、いわゆる閉鎖病棟である。*患者本人から同意が得られる患者については、その患者が抱える合併身体疾患の治療を専門とする標榜科の病棟に入院、精神科医はその病棟に出向いて診察に当たり、場合によっては病棟カンファレンスを行い、身体合併症の治療に携わる医師、病棟スタッフに精神障害、あるいは精神疾患に対する理解を深めてもらうよう努めればいい。
(*太字箇所:私の40~50歳代にかけ精神科を有しない長崎市内の幾つかの総合病院へしばしば往診した体験が元になっている)
▼依存症等の嗜癖問題行動を抱えるケースに対する役割
次に、依存症等の嗜癖問題行動を抱えるケースに対する総合病院精神科における役割について、その代表とされるアルコール依存症の治療、回復支援の在り方を通して伝えていきたい。
アルコール依存症者の処遇に関しては、〈精神症状を有する場合に精神保健法を適用すること〉(1988〔昭和63〕年11月11日 厚生省保健医療局精神保健課長回答)となっている。ここでの「精神症状」とは、概ね離脱・禁断症状の出現時である。そして、その病期は10日前後程度がほとんどだ。よって、その後は自発的入院(任意入院)に切り替えるか、患者本人が希望すれば退院させなければならない。『四訂精神保健福祉法詳解』における第5条の定義の解釈(5)でも、〈「精神作用物質による急性中毒」とは、精神科医療の対象となる疾病を指すものであり、アルコールによる急性中毒のように内科的治療の対象となるものは該当しない〉としている。
さて、ここで考えていただきたい。この解釈でいう〈アルコールによる急性中毒のよう〉なものと、相模原障害者施設殺傷事件の加害者の措置入院の根拠の一つとされる大麻使用による「脱抑制」とは、同一状態のことではないだろうか。その状態を引き起こした精神作用物質は同じダウナー系の薬物である。両者の違いは、合法か、非合法かだけではないか?
相模原障害者施設殺傷事件の際に緊急措置診察をした精神保健指定医は、加害者を「躁病」と診断している。しかし、その3日後の措置鑑定に当たった2名の精神鑑定医はいずれも「躁病」とは診断していない。これをアルコールに置き換えると、一般的に酩酊時(すなわち脱抑制)は一過性に気分高揚状態となり、人によっては誇大な言動に及ぶことは日常的に起きていることである。これを、「薬物起因の一過性躁状態(躁病)になっている」と言ってもいいのかもしれない。同じく、緊急措置鑑定時においても、診察に当たった精神保健指定医は、大麻使用によって脱抑制状態にある加害者を「躁病」(躁状態)と診断したのであろう。このことは、〈アルコールによる急性中毒のよう〉なものと「脱抑制」が同一状態であることを意味する。
〈アルコールによる急性中毒のよう〉なものは、先の定義の解釈で言う「内科的治療の対象」になるし、さらに、その言動に大きな逸脱がみられた場合は、警察官職務執行法の「酒に酔って公衆に迷惑をかける行為の防止等に関する法律」によって24時間を超えない範囲内で酔いを醒ます目的で警察等に保護拘留される対象となる。つまり、合法薬物であるアルコールでは「脱抑制」時の対処、対応が定められている。
しかしながら、非合法薬物においては、そのような対応が、私の知る限り不明確である。加えて、「中間とりまとめ」には〈薬物依存症をはじめとする、薬物使用に関連する精神障害について十分な診療経験を有する医師はおらず、〉とある。これらは、精神疾病構造の変化に対応できていない日本の精神医療の現状を物語っているのではないだろうか。
私はここで相模原障害者施設殺傷事件の加害者の措置鑑定の是非を問うているわけではない。また、「検証及び再発防止策検討チーム」による検証も、現行制度の下に行われる、その範囲内でのものであることも承知している。ただ、これを機に精神医療の出口(退院援助、その後の外来ケア)だけでなく、入口、つまり、「どこで」「誰が」「どのように」介入するかをといった検証を別途しっかり行ってほしい。私としては、「どこで」の拠点は、やはりその地域、地域の総合的な医療機関(総合病院)がふさわしいと思うが、いかがなものだろうか。
▼ストレス関連疾患、広範な感情障害、人格障害等に対する役割
最後に、前節で「感情障害・ストレス関連疾患」として挙げた、ストレス関連疾患、広範な感情障害、人格障害レベルの治療等に対する役割についてはどうだろうか。この多くは前項の依存症等のケースと重複する。それに加えて、院内の他科との連携、救急・救命の現場における、主に「死への衝動」にまつわる言動へのトリアージ(triage)で、その総合病院の院内のみでなく、そこの地域社会に貢献するべきだと考える。
そこで、ヨーロッパのある大学病院の精神科ER事情を紹介しておきたい。病床規模は70床だが、年間の受け入れ数は約7500名、入院期間は概ね2~10日である。そして、受け入れている精神疾患の順位は、一番多いのが感情障害、次がアルコール依存症、そして不安障害、薬物乱用、最後に統合失調症となっている。2~10日後の受け皿である後方医療機関、施設の存在は定かではないが、こうした緊急の受け入れ、トリアージこそが総合病院の最も大切な役割だと思う。統合失調症急性期モデルの精神科救急のあり方がこのような「感情障害・ストレス関連疾患」「依存症疾患」を受け入れる精神科ERに通用しないのは明らかである。重ねて言うが今後、先の「救急医療体制等のあり方に関する検討会」の報告を踏まえて、こういった観点からの議論を深めていくことを期待したい。
また、精神保健指定医の資格取得に関しても、こうした機能をもつ総合病院精神科での一定年数の勤務を義務化すべきではないだろうか。
こういった役割を備えた総合病院精神科の復活に期待しつつ、一方で、単科の精神病院の役割についても新たな構築が必要だ。もちろんこれまで述べてきたように、急性期治療、とくに現行の精神科救急の在り方を診療報酬制度も含めて見直しをお願いしたい。そして、「感情障害・ストレス関連疾患」「依存症疾患」のケースに関しては、総合病院精神科における緊急介入、トリアージ後は、受け皿として単科精神病院がそれなりの役割を果たすべきだ。そのためには、そこそこ「~~救急病院の負担要因であるソフト救急へ対応は手つかずの状態」に手が突っ込める単科精神科病院であること!!