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ジェットコースター人生 その49
40代半ばのころです。あの日を境に思いもよらない世界に飛び込んだ私を心配してのことです。
友達に誘われて京都のお寺に行きました。門をくぐると急に空気が変わりました。尼さんが作る精進料理はゴボウを2時間も炊いたスープや、高野豆腐など手間暇かけた食事でした。
尼さんが「今日はおられますよ」と彼女に伝えると「本堂に行こう」と誘われました。中庭には沙羅双樹が白い花を咲かせていました。
しばらく待っていると一人の僧侶が入ってこられました。
友達は私の身の上話を勝手にしゃべりだし、「何とか助けてあげたい」というのです。ありがたいというより勝手にしゃべられたことに少し憤慨!しましたが、その柔和な品のあるお顔に自然とお話を聞く気になっていました。
説教でもされるのかと思っていると、私の知らないご先祖の話をされました。「屋敷が火事で、すごい勢いで燃えています。すべての財産はその日に失いました。大変な思いをされたご先祖がおられたのですね。」
信じがたいことでしたが「きっと主人のご先祖だろう」と思った瞬間
「あなたのご先祖です!」と間髪を入れずに返ってきました。
「その方のことは探すことができますか?」探しようがないことは分かっているのに尋ねました。「もうすぐわかります」
火事に遭遇した先祖のことは祖父母や両親から聞いたことはありません。
もしかして岡山県で大きな酒屋を営んでいたという先祖のことなのか?作ったお酒を船に積んで北海道に運んで帰りは海産物を積んで帰ったというどこにもある成功物語です。きっと尾ひれのついた自慢話なのでしょう。
すっかりそんなことを忘れたころ、なにを思ったのか自宅にあった姑の和ダンスの整理を始めました。ところが一つだけカギのかかった小引き出しがあったのです。
ひょっとしたら宝石?現金?あの開かずの金庫の依頼者みたいに期待は高まります。
息子も参加して、最後はこじ開けることになりました。欲の塊です。
かなり時間がかかりました。やっとのことで見た中には色あせた柿渋色の一冊のみ。その時の落胆ぶり。
それは主人との婚約が決まる前の興信所の報告書でした。
その中に曽祖父の名前と屋敷の大火事による没落のことも記されていました。その後神戸に出て立て直したとあります。
曽祖父だったのか。名前もわかりました。
この柿渋色の一冊を見つけさせるためにタンスの整理をさせられたように思えて仕方がありませんでした。
今も僧侶の言葉と柿渋色の一冊が繋がったことが不思議でしかたありません。そんなに遠くない昔にたいへんな思いをした曽祖父からのメッセージだったのかもしれません。