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『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』 タラ ウェストーバー

 サバイバリストの両親のもとで支配され、社会とのつながり持てずに育った女性が教育によって自分の道を歩み始める話。
 今回も本の感想というより自分が感じたことのメモです。
 こちらの本の記録にも出てきた本です。


 家族を振り切り外の世界を生きる喜びを感じるのと同時に、語り手のタラには「自分を生きてもいいの?」という戸惑いがあったのだと感じた。
 親の世界観にどっぷり飲み込まれて育ったタラには、自己欺瞞の癖があったんだろうと思う。
 自分の気持ちを無視する癖。何も感じていない、わからないふりをして望まれたように振る舞う癖が。

 学校が悪いものだとは本当には思ってない。
 家を出なさいという誘いに本当は乗りたい。
 命の保証もしてくれない父の仕事を手伝うのは本当はとても怖い。
 綱渡りのようなはったりだらけの母の仕事に関わるのはしんどい。
 私の命や安全や意志を無視されるのは嫌だ。
 まなびたい。一員になりたい。

 これらの思いは確かにあったのに目を逸らして、タラは親に従ってきた。本当は家で起きていることがおかしなことだとちゃんとわかっていたのに、家族に従い外の世界はいらないと自分の気持ちを欺き騙してきた。自らそうした。親に受け入れてもらいたい子供のタラにはそれしか思いつかなかったからだ。
 あの家の中では自分の気持ちを無視すれば、居場所がもたらされてきた。そこがたとえ危険に満ち自分を大切にしてはくれないのだとわかっていても、とんでもない目に自分を追い込み、見たくないものを見せられるのだと知っていても、愛を求め存在を許されていたいタラには飲むことしかできなかった。
 タラの奥底には恐怖が染み付いている。

 どうしたって人はまず安心安全を求める。身近な人に脅かされて育ったタラは、本当の気持ちを無視する。自分をだます。人には隠し通す。家以外の場所に自分の居場所を作ることを達成しても、いつのまにかその習性が顔を出し、そして気づくこともできない。自分ごと騙して自分の感情に気づかないふりをしていることが自分を守る方法だったから。

 家族から気持ちを無視されていいように利用されてきたタラにとって、自分の気持ちを尊重すること、感じることは破滅につながる怖いことで、無視することは息をするように慣れ親しんだ習慣だった。自己欺瞞が生き延びるために必要だった。
 でもそれは外の世界では不要な、むしろ自分の望みを覆い隠し、人を遠ざけるよくない習慣だ。のちに望んだ場所に立ってからも、タラはその習慣のせいで苦しむ。

 過去の、そして今現在も自己欺瞞をやめられない私が、私に私を信用させない。本当のお前はそういう惨めな人間だと囁く。ここはお前の居場所じゃない、元に戻れと命ずる。さもなくばと脅す。もうあの家にはいないのに同じ生き方を強いる。自由なはずなのに勝手に不自由になる自分を馬鹿げていると思い、でもどうすることもできない。私の中に住む何者かが私自身をメチャクチャにする。

 自己欺瞞を重ねたせいで自分を信じきれない。自分が自分についてきた嘘を本当は知っているから。嘘に負けた力のないみじめな私を見てきたから。
 教育などお前にはふさわしくない。いくらそんなことをしても無駄だ。何を望もうと嘘だ。元に戻りなさいという声がする。誰に言われずとも自分の中で。何度も。そしてそんな私を今の私が鞭打つのだ。いつまでも、何をやっているのかと。
 その戦いは人には見えない。人はタラが自分の内側で戦っていることを理解できない。
 歩みを止め、振り返ってしまうタラを見限る人。のらりくらりと変わろうとしないと蔑む人。弱っているのにつけ込んで親切顔で近寄り自分の問題のために利用する人。なにをやっているのかと鞭打つ人。何より戻ってきて、愛している、あなたがいないとと囁く家族の声がタラの精神を削っただろう。

 
 自分自身に脅されているタラが必要としているのはささやかな望みに応える小さな支えだ。
 子供のように何度も、OKが欲しい。「自分を生きていいの?」の問いに度々こたえて欲しい。思うままに感じいいと許可して欲しい。それでも酷いことは起こらない、わたしはありのままここにいて大丈夫だと思いたい。もう二度と脅かされたりしないと、私の選んだことは感じたことは間違ってないのだと何度も何度も確かめたい。
 そうでなければ欺瞞を認め自分の気持ちを受け止める勇気を持つことは難しい。その手前に自分の気持ちを隠さないでいる勇気がなければ、支えを得ることも難しいだろう。

 こうして自分の気持ちに従い、望みを叶えようとし続ける経験を、その度に恐怖する自分を自分で支え、何度もOKだと呟きながら地道に積み重ねていくことでしか、タラが自由になる道を私は思い浮かべられない。

 自己欺瞞によって迎合し自分の中に飲み込んでしまった親の枠組みを、新しい経験によって壊しながら必死で生きていることを、理解され、自分以外の誰かに受け止めてもらえたらどんなに支えられるだろう。
 この本を出したことがタラの支えになったと思いたい。


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