モテない女
職場の先輩はわたしより5歳上の女性。
素朴でおとなしめだが真面目な人だった。
先輩は長らく彼氏が居らず、今も独身だ。
今の時代悪いことではない。むしろよくあることだ。
ある年の2月。
同じ部署の女性たちは「今年のチョコどうする?」と部署の男性たちに配るチョコの相談を始めた。
正直面倒な文化だが、職場を抜け出して百貨店におつかいに行けるので、わたしは楽しかった。
また、両手いっぱいに高級ショコラティエの袋を抱えて街を歩くのも非日常的で好きだった。
いろんなお店を知っていてセンスの良いお姉様方のパシリはとても勉強になって好きだった。
職場で配られるチョコに義理はあるものの、愛情は無い。
センスの良いものを先に与えればホワイトデーにはセンスの良いものが何倍かに化けて返ってくる。令和版海老で鯛を釣る。
だから面倒だけど会社のバレンタイン文化は好きだった。
しかし、弊社のバレンタインは全面的に禁止となった。
これは弊社に限らず、社会の流れが原因だろう。
面倒な文化が1つ無くなったことで部署の女性陣と「イエーイ✌️✌️✌️」と喜んだことは男性陣には内緒だ。
その年から職場で義理チョコを配る文化は無くなった。
例外を除いて。
バレンタイン当日。
冒頭で紹介した先輩が大きな紙袋を持ち、男性社員の席を回っていた。
「これ、いつものお礼です」と言って高級チョコを配っていた。
あれ?義理チョコって配らないことになったよな?と思い、別の女性の先輩に尋ねた。
すると
「あれね、あの先輩だけ毎年個人的にやってんの」
と言われ驚愕した。
そんな抜け駆けがあることに気付かなかった。
先輩は役職ごとにチョコのブランドのランクを分けたり、本命(と思われる)に対しても露骨に気合の入ったチョコを渡していた。
女性だけでなく、男性陣も困っているのがわかった。
どうやら先輩は毎年こんな感じなので、浮いているらしい。
部長クラスの偉い人たちから「気持ちだけで十分だよ」と遠回しに断りを入れても話が通じない。
先輩としてはお歳暮みたいな感覚のようだが、まともな男性ならホワイトデーのお返し義務がどうしても発生してしまう。
普段から女性らしさを封印している先輩がバレンタインの時にだけ急に「女」を出すので、他の女性たちは先輩の個人的な行動をあまりよく思っていないようだった。
わたしもちょっと引いた。
普段から色恋的なものに興味が無い人だと思っていたからだ。
「お礼」という名のもとチョコを配っているのを「色恋」と決めつけるのは不躾かもしれない。
しかし残念ながらこれは色恋沙汰なのだ。
当時わたしは同じ部署内に彼氏がいた。
職場恋愛のマナーとして、付き合っていることは社内の人間には隠した。
彼も先輩の餌食になりチョコを受け取っていた。
バレンタインの夜、先輩からどんなチョコをもらったのか見せてもらった。
それはそれは立派な高級チョコだった。
それにしてもおかしい。
部長クラスには高級な箱詰めのチョコ
課長クラスには少しランクを下げたチョコ
平社員にはさらにランクを下げたチョコ
を配っているところを目にしていた。
彼宛てのチョコはどう見ても部長より格上の熱量を感じた。
そして今も忘れないメッセージカード。
彼は「見ない方がいい」と言ったが見せてもらった。
そこには先輩のLINE IDと共に
「連絡待ってます♡」と書いてあった。
彼は「先輩には興味も無いし、LINEもしない」と言った。当たり前である。
それにしても、プライベートの連絡先も知らない相手に「本命チョコ」を渡せるその神経、どうかしている。
そして、普段から男性に興味が無い素振りで、バレンタインというイベントを逆手に取り、さまざまなステップを飛び越えて急に距離を縮めようとするギャンブル感、信じられない。
わたしは今まで他人に恋愛を邪魔された事が無かったので、普通にムカついた。
わたしは彼に「食べるか返すか任せる、わたしは食べない」と伝えた。
色恋が絡まなかったら、そのチョコは美味しく頂戴していただろう。
彼は当たり前にわたしを選び、翌日チョコを返却した。
「メッセージカードに気付いていないことにして、LINEには触れなかった」と紳士ぶりを発揮した。いい男である。
わたしは彼にそれ以上先輩のことは聞かなかった。
先輩はその日元気が無いように見えたが、わたしはそれも気にしなかった。
その後別の先輩から聞いたが、毎年バレンタインを利用してお気に入りの若手男性社員に近づくのが恒例行事らしい。
今のところ先輩の片想いは玉砕が続いているらしい。当然である。
何事にもステップがあり、そのステップを飛び越えてゴールに辿り着くことはできない。
普段から会話のない2人がいきなりデート出来るわけないし、連絡先を知らない2人が交際できるわけがない。
夢を見るのは勝手だが、段階をかっ飛ばしてはいけない。現実を見よ。