
上橋菜穂子さんの小説が心をつかんで離さない理由とは?
みなさん、上橋菜穂子さんの小説は読んだことありますか?
ファンタジー小説を数多く書いており、ファンタジー作家と言えば上橋さん、と言っても過言ではありません。
一番有名なのは、やはり守り人シリーズです。
バルサという恐ろしく強い女用心棒が、皇帝の息子チャグムを守りながら、旅をするところから始まる、全13巻の壮大な物語。
1作目では、新ヨゴ皇国を舞台に、知識と経験で追手をかわし、槍一本でチャグムを守るバルサの勇姿に、惚れ惚れしてしまうこと間違いなしです。
つまるところ、「わくわくするような冒険ファンタジー」というのがこの作品の属するジャンルなのですが、この物語の魅力はこれだけではありません。
現実には存在しないはずのファンタジーの世界で、手に触れられるほどのリアルさを持つキャラクターたち。
物語が進んでいくにつれて、国を跨いで展開していく、この世界観の壮大さ。
キャラクターたちの政治的な思惑が絡み合い、大きなうねりになっていくスリリングな展開。
児童文学、と言う位置付けなので、もちろん子供も大いに楽しめます。
ですが、この物語には確実に、大人も楽しめる深みがあります。
私も一度子供の頃に全巻読んで、お気に入りの小説だったのですが、大人になってからもう一度読むと、全く違った印象で、思わず「この人はこの時、こんな気持ちだったんだな」「この人はこんな思惑があってこんな言葉を言ったんだ!」と新たな発見がいくつもありました。
今回は、主にこの守り人シリーズに触れながら、上橋さんの物語の魅力を言葉の限りお伝えします。
精霊の守り人シリーズ第一巻は、こちらのリンクから。
また、上橋さんの小説が好きな方には、こちらのエッセイもおすすめです。
上橋さんの半生や、その想いがが書かれており、なぜこんな物語が書けるのか、その秘密が垣間見えます。
上橋さんの最新作はこちらです。
上橋さんならではの美しいファンタジーの世界観はそのままに、香りから様々な声を感じることができる主人公が世界を救うために奔走します。
キャラクターの光と闇を鮮やかに描き出す
この『精霊の守り人』シリーズで特に印象的なのは、それぞれのキャラクターの光だけでなく闇の部分も描き出しているところです。
例えば、この物語の主人公バルサ。
シリーズを通して、常に誰かを守り抜き、百戦錬磨に見えるバルサにも、実は脆い部分があります。
シリーズの最終盤、バルサが、人を助けるために人を殺す矛盾を、自分はまだ乗り越えられていない、と語るシーンにそれが描かれています。
物語の柱として、いつも揺るぎない存在のバルサ。
しかし物語の終盤、人を守るために人を傷つけることに悩み、苦しんでいたという事実が明かされます。
また、物語の第1作目では、幼子だったチャグムも、皇太子として、国の民を守る立役者として大きく成長していきます。
その中で、チャグムが抱える葛藤が強い現実感を持って迫ってきます。
この物語のなかでは、現実の世界「サグ」と、精霊が存在する霊界「ナユグ」が並行して存在します。
その世界はチャグムやバルサなど、人間たちの暮らす世界と異なっていて、物理的な干渉はないのですが、人々の中でも稀に、それらの二つの世界を感じる力を持った人たちが生まれることがあります。
チャグムはその一人で、異世界の存在を強く感じると、その世界に呼び寄せられることがありました。
成長して一つの国を背負って立つ存在になったチャグムは、自国の民を守るために奔走します。
皇太子として、その民を守りたいという一心で、さまざまな困難に正面からぶつかっていく姿がすごく印象的です。
ですが、全ての国民の命を背負う、その責任の重さに、ナユグに行ってしまいたいと切に願う瞬間が出てきます。
2つの世界を思いのままに行き来することはできません。ナユグに行くということは、もう戻れないかもしれないということ。
守りたいもののために全力を振り絞りながらも、
その重圧に押しつぶされ、この世界から消えてしまいたいと感じる瞬間も描くところが、上橋さんらしいと感じます。
上橋さんは、一人の人間の中に、矛盾を描くのが本当に巧みです。
繊細な目線で、キャラクターたちの心情をありありと映し出しています。
人間、相反するものを同時に抱えている方が、深みを感じられるものですよね。
上橋さんはこのキャラクターたちの奥行きの表現をものすごくリアルに描いていて、まるでこの物語の世界を一緒に旅しているかのような感覚が味わえます。
上橋さんの作り出すファンタジー世界の緻密さ
上橋さんは、常に新しいファンタジーの世界を作り出しています。
精霊の守り人シリーズでは、先ほど出てきたナユグとサグの2つの世界が世界観の一つのカギになっています。
そして、現実世界として描かれるサグだけでも、世界観が本当にリアルで驚きます。
その国々の文化、価値観、食生活まで細かく描かれ、それらが世界観のリアリティを際立たせています。
実際には存在しないはずなのに、その国の人たちが何時に起き、何を食べ、どんな話をしているのかが、容易に想像できる。
そしてそんな人たちの関わる問題だから、実体を持って胸に迫ってくる。
だから、この物語の深みをこんなに感じられるんだろうなと思います。
この物語の深さを、ぜひみなさんにも味わってもらえたらと思います。