草いきれの匂い~しぼんだ風船
なんかおかしい
もう結構大丈夫だと思えていたのに
身体のどこかに穴があいて、空気が抜けていったように
生気が抜け出ていったみたい
昨日までと何も変わらない部屋の中
シーンと静まりかえった部屋の中
今日はとても広く感じる
私自身がちっちゃくなったのかな
こうなったキッカケは 草いきれの匂い
普通は夏に発生するはずなのに…
まだ4月だよ
それに今日はそんなに暑いわけでもなく
なぜ?
ハナコの3回目の月命日
焼きたての焼き芋とお花を買いに出た
少し散歩しようと思って
遠回りしながら新緑がきれいだなーと
空は雲が多いけど、青いなーと
日曜日の家族と一緒にはしゃぐ子供たちを見てた
そんな時 ふっと鼻に入ってくる草いきれの匂い
私は、この匂いが苦手なんです
この匂いから漠然とした不安に襲われてしまうから
よりによって
いつもよりハナコを想っていたい月命日に
こんなこと…本当にいやなんだけど
こんなこと…本当は書きたくないんだけど
もう何十年も前の話
小学校1年の夏休み
暑い暑い日だった
近くのプールに行くことになり家を出た
さあ行こうかって時に
忘れ物をしたか何かで
母が弟を連れて、家の中にもどっていった
私はひとり 家の前の私道に立っていた
すぐ近くの道路脇から
こちらをのぞいている人が手招きをする
知らない人
近くのおじちゃんやお兄ちゃんじゃなかった
近づいた私に
「後藤さん家 知ってる?」
うなづいた
「どこかな?」
アッチと指を指す
「アッチじゃ分からないから、近くまで連れてってくれない?」
手を握られ、少し嫌な気持ちがして
家の方を振り返った
まだ、母たちは出てきてない
母が出てくるまで、ちょっとだけ教えてあげよう
そんな感じだったと思う
どれくらい一緒に歩いただろう
同級生の後藤さん家は遠かった
あの先の大きな道までいけば、道を説明できる
確かそんな風に思っていた
昼間だったのに
人通りは少なくて
大人の人が来たら、知ってる人が来たら
代わってもらおうと思ってるのに
誰にも会わなかった
家から少し離れてしまった
母に怒られるって思った
「後藤さん家はアッチ、帰らなくちゃ」
家に戻ろうとした
…
自分の背よりも高い草むらとなっていた空き地
そこにいた
草いきれの匂い
息苦しいほどの匂い
家にもどろうとした記憶から
草いきれの匂いと背の高い草に囲まれていた記憶
その間の記憶はない
当時は覚えていたのかさえ
記憶がない
母と祖母が泣きながら抱きしめてくれて
3人でお風呂にはいって
母と祖母が泣きながら
何度もあやまっていた
あれから、草いきれの匂いはキライになった
草いきれの匂いがすると
母は何もいわずそっと場所を移動してくれた
こうして書いたら
草いきれの呪縛がとけるかな
散歩してるときにこの匂いを感じても
ハナコが守ってくれてたんだろうなぁ
一人になった今
少し敏感になってきちゃったかな
まだ4月だというのに、どうして匂ったんだろう
ハナコの月命日なのに、どうして思い出しちゃったんだろう
とにかくこの状態から抜け出すまで
静かに待つしかないね
怖いとか辛いとか
そういうハッキリした感情じゃなくて
自分の芯が溶けたような
空気の抜けた浮き輪みたい
しぼんだ風船みたい
ハナちゃん ごめんね
こんな状態になってしまって ごめんね
25日という日はもうすぐ終わる
お線香でも焚いて、いい香りに包まれて
3回目の月命日を静かに過ごそうか
今日も一日ありがとう