45_状況描写 ~ 友野詳先生の講義より
TRPGのGM技術の一つに「状況描写」があります。基本的に音声主体でコミュニケーションを行う遊びですから、GMがどのように話せば適切に伝わるのかは大事です。「伝える」と「伝わる」は異なります。話す側の観点ではなく、聞く側がどのように受け取り理解するかという違いです。プロのゲームデザイナーの中でも、友野詳先生は怒涛のしゃべりを得意とされています。過去にラジオパーソナリティーを務めたり、JGC閉会式で小噺を披露していたこともありました。幸運にも、私は友野詳先生からTRPGにおける話術を直接教わったことがあります。
1996年3月24日、ゲーム出版懇話会主催で「ゲームマスターセミナー」が開催されました。3人の講義と卓に分かれてのゼミ形式(セッション形式)を100人が受講しました。一般人GMを育ててTRPGを普及したいという意図だったと思います。有料(4000円)ながら、充実した内容でした。受講時に取ったノートからTRPGサークル会報に書きました。改稿して再掲します。当時は「RPG」と講義されましたが、改稿にあたって「TRPG」に変更しています。
『フレーバー作りの方法について』
友野詳先生は「独特のジャンルをやるときにどうやってやればいいか、広めればいいか」というテーマで『ガープス・バーニーズ&バロウズ』(以下『兎』と略)『ガープス・ヴァンパイア』を題材にして講義しました。というのが建前です。本音は、好きだから広めたいという理由でこの2つを題材にしたそうです。感情で行動するのは人間として正しいことです。最初にさらりと本音を明かすところに話術の巧みさを感じました。さて、前置きはこのくらいにして講義で聞いたことを紹介します。
LESSON 1「世界の常識」を教える
フレーバー作りの要点はまずプレイヤーに「世界の常識」を教えることです。講義では『兎』で短いセッションをして実例を披露してくれました。『兎』では森と丘の情景描写からはじまり、うさぎの性格を表す場面、例えば「穴熊が出現するとうさぎはびっくりして逃げだす」という場面を演出してうさぎは臆病だということをプレイヤーに意識させて雰囲気をつかませました。まずはつかみが大事です。マスタリングでは「引き」と「押し」をうまく使って緩急をつけることが大事です。経験と天性で出来るようになるものですが、友野詳先生は才能でやっていると言ってました。
講義を聞いた当時は深く考えませんでした。その才能のベースとなっているのは、漫才と吉本新喜劇だと思います。友野詳先生に限らず、ネイティブ関西人は「ボケとツッコミ」話術をシャワーのようにあびて育っています。得手不得手の個人差はありますが、多数の関西人は日常会話から漫才のようだと評されるようです。
LESSON 2 自分の武器を持とう
当たり前のことですが、プレイヤーとGMの認識には差があります。その隙間を埋めるためにGMは自分の世界にプレイヤーを引き込みましょう。そのため何か武器を持ちましょう。イラストを描ける人はイラストを用意すればいいし、そうでない人も小道具や写真を用意するといいでしょう。演技力のある人は演技を活用しましょう。また、その場にあるものを利用するのも一つの手段です。『ルナル・サーガ・リプレイ(第二部)』のときは山本弘先生の持っていたぬいぐるみを使ったそうです。要はストーリーテリングで相手をGMの世界に巻き込むことです。TRPGに限らず話術の基本事項ですが、GMはプレイヤーの目を見て喋りましょう。プレイヤーは数人いますが、1人ずつ順に引き込んでいけばいいでしょう。
LESSON 3 描写には経験を生かす
雰囲気作り・描写などには自分の経験を生かしましょう。その訓練の方法はさまざまなことをたくさん見聞することです。『兎』の描写の場合は奈良の若草山の風景やアニメ『山ねずみロッキーチャック』を参考にしたそうです。友野詳先生は幻視するタイプなのでまず頭の中に絵を作って、プレイヤーにPCのことを聞きながら絵の中に配置していき、プレイヤーを自分の幻覚に巻き込んでいきます。
共通認識の作り方は日常生活の描写から行います。例えば酒場の場面なら、匂い、酒の種類、昼間から飲んでいていいのか、どんな人物がいるのか、気温、湿度などの描写でそこがどんな世界かが分かります。講義では実際にロードス島とルナルのバドッカの例をあげて描写の違いを説明されました。
言葉の選び方、口調などでも雰囲気は異なります。同じ言葉を繰り返すことによって相手を巻き込みましょう。空いている手の動作も使いましょう。ルーチン描写とキーワードの描写で緩急をつけましょう。描写のためには、道を歩いていて見かけた事などもとりあえず頭の中に入れておきましょう。いつ使えるか分かりません。日常のごく些細なことをたくさん覚えておくことは下手な小説を読むよりも重要です。GMの達人になるには普通の自分の人生を大事に生きることです。
LESSON 4 シナリオ、NPCについて
シナリオをちゃんと作りましょう。シナリオはコアさえ思いつけばあとは何とかなります。コアを突き詰めていきましょう。スタートシーンや敵キャラクターの設定などをきちんと考えます。敵キャラは3つのことをきちんと設定しておけばあとはアドリブで動かせます。「性格」「日常」「作戦・戦術」の3つです。これさえ決めておけばあとはPCがどう動こうと対応させられます。私もNPCは「どんな人物か」を決めておくのでこの意見はよくわかりました。よく漫画家や小説家が「キャラが勝手に動いてくれる」と言いますが、それと同じなのでしょう。キャラクターをきちんと作ればTRPGでも勝手に動いてくれます。
LESSON 5 プレイヤーはTRPGに何を求めるのか
ある受講者の「普通の高校生となって学生生活を送るTRPGをやってみたいが、どうか」という質問からこの話が始まりました。プレイヤーはTRPGにいったい何を求めているのでしょうか。例えばそれは現実から離れたカタルシスです。現実世界で出来ることをゲームでしたいでしょうか? 人によって答えは違うでしょうが友野氏の答えは「否」でした。現実では出来ないヒロイックな話がやりたいと言っていました。私もそう思います。活劇の主人公のような活躍をしたい・させたいですね。また「現実逃避」についてはこう語っていました。逃避すなわち悪いことではありません。逃げるのは力を蓄えるための手段で後で再び挑めばいいのです。
この頃は予想していませんでしたが、その後に日常系TRPGがいくつか発売されていることを見ると、ある程度の需要はあったようです。TRPGジャンルの多様性を感じます。
LESSON 6 「愛ですよ」
どんなTRPGをマスタリングするときでも一番大事なのは愛です。伏見健二先生の言葉「愛ですよ。」を引用してそう言ってました。結局は、安田均先生が講演したように「サービス精神」が重要なのです。
「愛とTRPG」といえば、後に、井上純一先生が『ビーストバインド』シリーズ等に愛溢れる文章を書かれています。
LESSON 7 三題噺はアドリブ練習になる
この講義ではアドリブの練習もしました。TCG『ヴァンパイア』のカードを使って、任意に引いた3枚のキャラクターカードから設定を創って話を創るというものです。1人ずつ順番に前の人の話までを引き継ぐ形式でやったのですが、いざ自分の番になると即座に思いつくものではなくなかなか難しいものでした。6人の受講者の後、7番目は友野詳先生がお手本を見せる形で21枚のキャラクターカードで作られた入り組んだ話をうまくまとめました。さすがはプロだと受講者は皆感心していました。ちょっと屈折した見方をすれば、自分の上手さを演出するのがうまい、と思えました。というのは、同じことをやっているように見えても実際には順番が先の人と後の人では微妙に違うことをしているからです。どういうことかと言うと、後の人は前までに作られた設定に合わせなければいけない反面、前の設定に対応してアイデアを得ることが出来るということです。人によって得意不得意があるでしょうが、友野詳先生の場合は後者の方が得意のように思いました。だから自分の得意な技を見せて実力をより高く見せるのがプロのテクニックだと思いました。
◆付記
1996年3月と言えば、日本にTRPGが紹介されてから10年ほど経過した頃。聴講者たちのゲーム歴も5年から10年程度でした。そんな時代に、15名の講師陣を揃えられたゲームマスターセミナーは貴重でした。個別セミナーの講師陣は、大貫ひろみ、菊池たけし、清松みゆき、近藤功司、佐脇洋平、高山浩、朱鷺田祐介、友野詳、藤浪智之、伏見健二、水野良、村川忍、山北篤、山本弘、和栗朗(敬称略、五十音順)。この講師陣を見ると、小説、コンピュータゲーム、TCGなど活躍の舞台を他に移された人もいます。10年後、20年後に、若手ゲームデザイナーが台頭してきているのを感じます。受講料4000円、参加者100人なので収益40万円。経費等を考慮すると、講師費用は交通費程度の慈善事業だったかもしれません。これだけの講師陣を集められたのは、宮野洋美氏の功績も大きかったでしょう。改めて感謝したいと思います。そして、当時の受講者たちは今どうしているのか。当時はSNSもなく、受講者間で交流関係を構築することはありませんでした。今も継続してTRPGを遊び続けていてほしい、GMをやっていて欲しいと感じています。私たち受講者が遊び続けて、ユーザーを増やすことがセミナーの真価だったと思います。
友野詳先生のマスタリング技術をまとめられた文章は少ないです。というか、友野詳先生執筆に限らず、TRPG関連書籍や雑誌記事のなかで技術論は少ないです。このGMセミナーから8年後、友野詳先生はゲヘナ・リプレイ『シェヘラザート・テイルズ』に併録する形で30ページにわたって「GMの楽しみ」「シナリオを作る」「GMのコツ」「プレイヤーに知ってほしいこと」「PC作成のあれこれ」「遊び続けてみよう」と題された文章を執筆されています。もはや絶版で入手困難ですが、幸運にも目にする機会があれば一読の価値があります。どこかに再録していただきたいものです。個人的には、ゲームデザイナーとGMの違いを浮き彫りにした以下の言葉が本質を突いていると思います。
「プロのデザイナーとプロのGMは別やけどな。」