56_TRPG世代論『TORG』マルチバースの黒船
「マルチバース 」がSFファンのみ知る言葉でなく、ハリウッド映画のタイトルになるとは30年前の私は想像もしていませんでした。『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』だけでなく『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』 『シン・ウルトラマン』でもマルチバースに言及されています。TVシリーズと別の描かれ方をした『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』もある意味、平行宇宙の物語と言えるかもしれません。私が初めて「マルチバース(多元宇宙論)」に触れたのは小説「エルリック・サーガ」など「エターナル・チャンピオン」シリーズでした。別の世界の主人公たち「一なる四者」が共闘する短編を読んだときは、スケール感に圧倒されました。TRPGにおいて「マルチバース(多元宇宙論)」を強く印象付けたのが1993年に翻訳された『TORG』でした。
◆『TORG』とはどんなゲームか?
『TORG』の主要な舞台は1990年代の地球。発売当時の我々がよく知る世界の少しだけ近未来です。その地球が突然、異世界からの侵略者に襲われます。突然というのは地球側視点であり、侵略者側は用意周到な計画と綿密な準備を行って侵略してきました。7種類の異世界により同時多発侵略された地球は大混乱に陥りながらも、反撃を始めました。7種類の侵略者の陣容は、それぞれで1つのTRPGシステムにできるくらい多様性に富んでいます。ブリテン島や北欧は、ファンタジー世界アイル。正義の女王に憑依した悪の司祭が率います。北アフリカは1930年代風パルプフィクションと古代エジプトがミックスしたナイル帝国が占領しました。マッドサイエンスにより世界法則を書き換えるリアリティ爆弾が脅威です。米国東海岸は恐竜人が闊歩するリビングランドにより密林ジャングルに変貌しました。日本は少しだけ高い科学技術と陰謀と忍者のニッポンテックに秘密裏に支配されました。フランスは中世魔女狩りを連想させる一神教が機械を信仰しているサイバー教皇領。そして、東南アジアはゴシックホラーのオーロシュの恐怖に覆われました。7番目の侵略者サーコルドはロシア超能力者の活躍で退けられたとされ、基本ルールブックには記載されていません。サプリメント未訳のまま、日本では『トーグ・エタニティ』が翻訳されて初めて公式に紹介されました。地球は「コアアース」と呼ばれ、7つの世界のヒーローが侵略者たちと戦うマルチジャンルTRPGとなりました。その世界観の広さと濃さは空前絶後。さまざまに工夫を凝らされたルールシステムは「どの世界観を遊んでも『TORG』以外の何物でもない」と言わしめたほどです。
遊び方も独特で、ヒーローポイント「ポシビリティ」とカードを活用したドラマチックな物語生成装置が魅力でした。PCたちも6つの侵略者の世界と地球出身者との混成チームであり、多様性に満ちていました。異世界出身者が文化の違いを乗り越えて共闘するさまは、ヒロイックながらコミカルな一面を演出できました。異文化に驚愕し、理解しようとするさまは、アニメ『超時空要塞マクロス』の有名な台詞「デカルチャー」を引用して説明されました。この世界観に多大な影響を受けたのが『異界戦記カオスフレア』です。しかし、ルール面では、直系の後継者は現れていません。発表後30年がすぎても、唯一無二のシステムと言えます。
◆『TORG』の歴史
日本では1993年1月に基本ルールが翻訳されました。その後、6つの世界観を紹介したサプリメントとキャンペーンシナリオ『力の遺品』、日本独自の解説書『トーグガイドブック』が発売されました。追加紹介されることを期待していたサプリメントは結局翻訳されず。同人誌では『美少女戦士セーラームーン』をモチーフにしたサプリメントや、私家版翻訳サプリなどがあったようです(未入手のため確認困難)。その後、米国で版上げがあり、日本でも2018年2月に「リヴァイズド エディション」が発売されました。最新作『トーグ・エタニティ』も2021年7月に日本語版が発売されました。驚いたことに『トーグ・エタニティ』では世界観が更新されていました。以前のルールブックとは別の並行世界の地球。ニッポンテックが無くなっていたり、オーロシュが侵略したのがインドだったり、サーコルドが紹介されていたりといろいろ変更点があり興味深いです。
◆『TORG』特徴と与えた影響
『TORG』は7つの世界観がクロスオーバーするマルチジャンル。さまざまな世界観の違いを表現するために、定量的な表現と定性的な表現を併用していました。定量的とは「技術」「魔法」「信仰」「社会」の4つの数値です。どのくらい発展しているかおよそ30段階で表示します。『GURPS』の技術レベルのように、武器やアイテムの性能に直結する技術面の違いを示したルールは他にもあります。高度な魔法を使えるかどうか『GURPS』ではマナ濃度で、大雑把に4段階に分けています。『TORG』の面白い点は「社会」に注目したことです。貨幣経済や民主主義などの概念は、リビングランドなど社会の低い世界では存在しません。異世界から来た者も思考することが困難になります。定性的には、固有の世界法則が各3種類ほどありました。例えば、ファンタジー世界アイルでは「名誉の法則」により、高い名誉を持つ者はより強く美しくなります。逆に極端な悪も強くなっていきます。ニッポンテックでは「陰謀の法則」により、100人以上の組織には必ず1人の裏切り者がいるとされています。ナイル帝国で派手な活躍が推奨される「活劇の法則」など、具体的にPCが恩恵を受ける世界法則もありました。世界観を複数パラメーターで表現することは、マルチジャンルTRPGならではの工夫と言えます。ただ、他システムではあまり見かけないです。
ヒーローポイントを採用していたTRPGは『ジェームズ・ボンド007』という先行作品もありました。しかし、世界観と結びつけたのは『TORG』が初めてと思います。「ポシビリティ」こそが侵略者たちが地球から簒奪しに来た資源であり、PCたちヒーローや敵NPCがゲームに使う資源でもあります。出身世界や職業に関わらず、「ポシビリティ」を使えるかどうかがPCと一般人とを区別していました。後のTRPGシステムでもゲーム的な資源と世界観を密接に結びつけたものがいくつか見られます。『天羅万象』などの舞台10th-TERRA世界における「紗」もしくは「エーテル」。『アルシャード』のマナ、『カオスフレア』のフレアなど、PCたちが一般人と異なる特別性を表現しています。当時RPGマガジンに『TORG』紹介記事を山北篤先生が書いており、そこに井上純一先生がイラストコラムを寄稿していました。当時の読者には、グレイティストマンが懐かしいでしょう。すなわち、井上純一先生こそは『TORGに感銘を受けたゲームデザイナーの代表格です。
『TORG』では「ポシビリティ」の他に、様々な特殊効果を持つカードを併用します。カードを効果的に用いたTRPGでは『深淵』があります。
◆私たちはこうして『TORG』を遊んだ
私は1993年、翻訳されてすぐに気に入り、1年余りの間にGMを5回しました。しかし、他にGMする人がほとんどおらず、TRPGサークル内で広まりませんでした。充実した世界観の魅力に豊富な情報量は、説明するだけで時間がかかり新規ユーザーにとって敷居が高かったと思います。それでも、PC全員がスタレンジャー(等身大ヒトデ)のヒーロー戦隊とか、川口浩探検隊をモチーフにしたリビングランド探検とか、マッドサイエンティストの研究所探索とか、『TORG』ならではの個性的なシナリオを遊べたと思います。多元宇宙には他の世界もあるという設定から、戦国時代の世界へ異世界転移して戦う忍法帖シナリオもGMしました。しかし、当時の私には、濃密な世界観を簡潔に説明する力量が不足していました。のインストの大事さと難しさを痛感させられたTRPGと言ってもいいでしょう。自分がプレイヤーとして楽しむためには、仲間のGMを増やす努力が必要と思い知りました。
数年経って、自分ではGMしなくなった頃。JGCのフリープレイ卓で毎年『TORG』を立卓するGMが気になっていました。その天秤座の童虎さんがGMする卓に参加したのは2001年3月のJGC-WESTでした。スーツケースに収められたルールブックや備品に感心するだけでなく、真に感銘を受けたのはB4両面1枚にまとめられたレジュメでした。この要約力があれば、私もTRPGサークルでもっと普及できたかもしれません。
TRPGサークル内で頻繁に遊ばれたのは、2004年から2005年頃でした。キッカケは不明です。世界観の魅力に気づいて熱心にGMする人が現れたからです。プレイヤーとして数回遊びました。その後、JGC2014フリープレイ卓にも参加しました。どうやら東京では、毎年『TORG』コンベンションを開催されていると知りましたが、参加機会はなく。
そして、JGC2015では公式セッションで山北篤先生がGMする『リヴァイズド エディション』に参加。多彩なアーキタイプから選択した4種類だけを提示してセッションを開始したときは、この手があったかと感心しました。『ダブルクロス』などで「クイックスタート」と呼ばれ広まっていた手法でしたが。『TORG』で使われたのが新鮮でした。2018年『リヴァイズド エディション』が発売されたとき、後輩のリクエストに応えて約20年ぶりにGMしました。しかし、その後輩はけっきょくGMをせず。またしてもサークル内での普及に失敗したと思っています。最新の『トーグ・エタニティ』日本版が発売されてからもうすぐ1年。そろそろ遊んでみたいと思っています。