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90_TRPGとコミュニケーションデザイン

剣豪、宮本武蔵は60歳頃に『五輪書』を執筆しました。剣術の奥義をまとめた文書と言われます。戦国時代から江戸時代初期にかけて発達した武術の奥義が文書だけで伝わるでしょうか。秘奥義の口伝もあったでしょう。しかし、文書を残さなければ、何も伝わりません。「暗黙知」から「形式知」にして、広く伝わるようにすること。秘奥義レベルは別として、初級・中級レベル技術を誰ても使えるようにすること。それは武術だけでなく、職人芸の世界、日本のモノづくりの現場、アート。あらゆる分野における技術伝承の課題です。技術伝承に限りません。コミュニケーションデザインが必要とされる場面は多いです。例えば、どんなコミュニティ・組織でも「会議」があります。TRPGは50年の歴史があり、セッションという限定された場におけるコミュニケーションを進化させてきました。一般論として科学や文明の歴史では、限定条件で研究された知見を水平展開して、広く他分野に適用されてきました。

すなわち、TRPGのコミュニケーションデザインは、会議など他の場面でも応用できます。会議などの場面では、ベテランGMの高いファシリテーションスキルが求められている。私はそう信じています。


◆職人芸のグループSNEとF.E.A.R.の流儀

2021年5月29日「TRPGフェスティバルオンライン ~Role&Roll200号記念開催~」で「友野詳×鈴吹太郎 ドラマティックマスタリングを語る」トークショーを聞きました。友野詳先生が様々なマスタリングテクニックを語りました。実は「シーン制」を使っていたことも語られました。鈴吹太郎先生は、F.E.A.R.が言語化した様々な仕組みを、友野詳先生がテクニックとして認識していることに気付いていました。一方では熟練GMの個人技術。一方では、ルールシステムやGMガイドなどに明記して標準化。どちらが優れているとか言うわけではありません。2社のスタイルの違いを感じます。
かつての大規模イベントJGCや、SNEコンベンション、F..E.A.R.コンベンションなどで、私は両社とも15人以上のゲームデザイナーGM卓(セッション当時の所属)にプレイヤー参加した経験があります。グループSNEによるマスタリングは、先生ごとに異なる印象を受けました。プロになる前のアマチュア時代にTRPG経験豊富だった清松みゆき先生、友野詳先生、北沢慶先生は特にエンターテイメント精神が高い(この3人で合計15回は幸運かもしれない)。一方で、F.E.A.R.は良い意味でファミレス的品質。どの先生も安定して標準的な品質が期待できました(複数回参加できたGMは1人だけですが)。そんな中で、田中天先生、小太刀右京先生、三輪清宗先生の卓は異常に楽しかった覚えがあります。奇しくも、アマチュア時代にTRPG修羅だったと聞く方々です。2社以外では、朱鷺田祐介先生の『深淵』卓も印象深いセッションでした。

特定1回のTRPGセッション卓の楽しさでは、天才GM>達人GM>ベテランGM>標準的GM>初級者という順番になるでしょう。しかし、TRPGは1回遊ぶだけでなく、何度も何年も遊び続ける趣味です。天才GMの卓に参加できる幸運な機会は少ないです。事前情報なしでハイリスク・ハイリターンの卓に参加するのも一興です。何が起きるか予測できないカオスな楽しみもあるでしょう。しかし、大抵の場合は標準以上の技術を持つGMの卓に参加したいと思います。

優劣を付けたいわけではありません。個人の経験に裏打ちされた職人芸のマスタリング。TRPGシステムやガイドラインでサポートされた標準化のマスタリング。どちらも大事だと思います。それでも、世の中は天才GMばかりではないので、職人芸から仕組みデザインへ知識経験をモデル化・言語化していくべきと、私は考えています。コミュニケーション場の仕組みを作ることは、職業スキルでは「コミュニケーションデザイン」に相当します。

◆「コミュニケーションデザイン」とは何か?

「コミュニケーションデザイン」をweb検索すると、グラフィックデザインやWebデザインの情報が多くヒットします。しかし、何か足りない、どこか違うと感じます。他の有識者の意見を探すと、広範に定義した意見が3件見つかりました。

クリエイティブディレクターの佐藤可士和氏は、2012年から慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)で、学生を対象に「未踏領域のデザイン戦略」を講義しています。『世界が変わる「視点」の見つけ方 未踏領域のデザイン戦略』 (集英社新書、2019)で下記のように説明しています。

アウトプットがグラフィックでも、プロダクトでも、あるいは空間でも、僕の場合、常に核に置いているのは「コミュニケーション」です。言い換えれば、僕のデザイナーとしての専門領域は「コミュニケーションのデザイン」であり、そのコミュニケーションを最大化するメディアとして、グラフィックや空間がある、という思考プロセスになります。

『世界が変わる「視点」の見つけ方 未踏領域のデザイン戦略』p17

さらに「デザイン」を噛み砕いて説明しており、美大系の特殊技術ではなく、誰でもデザインできると述べています。

僕はもっと本質的に、デザインとは「ビジョンを設計すること」だと、とらえています。デザインは、そのビジョンを人が感じられるものに変換するプロセスそのものであり、要するに理想とする「あるべき姿」に向かい、問題を解決していく行為全体のことです。

『世界が変わる「視点」の見つけ方 未踏領域のデザイン戦略』p145

大阪大学に「コミュニケーションデザイン・センター」という組織がありました(2005年4月 ー 2016年6月)。2016年7月に対象領域を拡大し 「COデザインセンター」に再編されたそうです。活動当時の文献や記録を大阪大学のアーカイブで見ることが可能です。「大阪大学コミュニケーションデザイン・センターについて」では、下記のように定義されていました。

“コミュニケーションデザイン”とは、「専門家的知識を持つ者と持たない者、利害や立場の異なる人びと、そのあいだをつなぐコミュニケーション回路を構想・設計すること」と捉えられています。

「大阪大学コミュニケーションデザイン・センターについて」

大阪大学コミュニケーションデザイン・センター開始時点は3部門制度だったそうです。
・臨床コミュニケーションデザイン(医療現場、福祉など)
・安全コミュニケーションデザイン(科学技術、HIデザイン、災害支援など)
・アート&フィールド・コミュニケーションデ ザイン
その次に、拡大していく領域
・プロダクツ・デザイン
・メディア・デザイン

大阪大学の取り組みから考えると、「コミュニケーションデザイン」web検索して数多くヒットする「グラフィックデザイン」などは、いわば5大領域の1つと理解できます。

大阪大学コミュニケーションデザイン・センターでは青山学院大学と共に社会人対象の講座「ワークショップデザイナー育成プログラム(WSD)」(120時間)を開講していたそうです。組織変更で講座がなくなり、青山学院大学WSD講座だけ存続しています。WSD認定制度もあるようです。個人的には、ワークショップは独特の雰囲気を持った場であり、一般的コミュニケーションと異なる特殊な場面と思います。汎用的で包括的な場面で活躍できる人材育成よりも、まず特殊な場面で活躍できる人材育成から着手した社会人向け講座というイメージです。
3つ目の意見は、大阪大学WSD講座の中心人物だった蓮行先生の論文から引用します。

「コミュニケーション」を「デザイン」することで,意思疎通の障壁を取り除き,互いの尊厳を尊重し,無用な紛争を避け,起こった紛争を解決できるようにしよう,という考え方が「コミュニケーションデザイン」である,と定義する.(中略)
狭義のコミュニケーションデザインはコミュニケーションの当事者同士が直接的に互いを認知できる状態にある状況・環境でのコミュニケーションデザインを指す.
最もわかりやすいのは当事者同士が同じ時間・空間にいて「話す」ことである.(中略)
言い換えれば,「狭義のコミュニケーションデザイン」とは,当事者と当事者が互いを認知できる比較的小さい空間におけるコミュニケーション環境をどうデザインするかだということもできる.(中略)
狭義のコミュニケーションデザインに対し,「何かを媒介にしたコミュニケーションのデザイン」を広義のコミュニケーションデザインとよぶ.「何か」の代表的なものはメディア(情報の伝達・保管のための媒体)であるが,道路や建物,交通網のようなハードや,「マーケティング戦略」や「申し込み方法」などの「スキーム」も含める.

「「演出家」の視点から見たコミュニケーション支援」

大阪大学コミュニケーションデザイン・センター(2005-2016)が取り組んだ5大領域を「広義のコミュニケーションデザイン」とし、蓮行先生は「当事者同士が同じ時間・空間にいて「話す」こと」(狭義)のデザインに取り組んでいます。この論文が発表されたのは2014年。大阪大学コミュニケーションデザイン・センターの活動が約10年経過して熟成し、一定の成果が出てきた頃になります。そして、大阪大学の研究を土台に、社会人向け関西大学ソーシャル・コミュニケーションリーダー(SCL)養成講座(42時間)を2018年10月に開講し、2024年7月-9月に第7期。第3期SCL講座開講を教えていただき、私は2019年11月10日に第3期説明会に参加しました。けれど、SCL講座を受講しませんでした。2020年2月2日、SCL養成講座オープンキャンパスに参加した時に「ケネディが語ったように、講座から何の価値を得るのかではなく、自分がコミュニケーション学に対して何をできるかを考えるべきだろう。」と日記に書いていました。TRPG実践経験をTRPG界隈の外へフィードバックすることが、世の中のためになると思い始めたキッカケでした。

本講座では、講義・体験・観察・実践によって「コミュニケーション環境のデザイン」と、会議やプロジェクトなどの集団活動が円滑に進むよう支援をする「ファシリテーション」の技術を学びます。「理論と実践」、そして今や世界標準となっている「科学とアート」のクロスオーバーによる学びを通して、多様且つ実践的に養成していきます。

(関西大学、一般社団法人 ACCD 大学コンソーシアム)プレスリリースより引用

柴田惇朗氏は「社会人向けリレー講座における「コミュニケーションデザイン」の構成――講師のディスコース分析を通じて」において、2022年7月-9月、第5期SCLの発話分析をして、蓮行先生の講義をまとめています。要点は〈コミュニケーション能力の状況依存性〉〈コミュニケーション環境の変更可能性〉に2点に着目して、「コミュニケーション環境」をデザインするということ。私は、コミュケーション環境に着目したデザインという話から「茶道」を連想しました。千利休が設計した茶室は特殊な空間と言えます。戦国時代、武士の帯刀が常識でした。しかし、茶室へ武器持ち込み禁止です。武装解除して対話できる空間がどのようなコミュニケーションを生み出したのかは想像するしかありません。千利休=コミュニケーションデザイナー説は、21世紀の私たちも参考にできます。

◆感性派と論理派の対話より

演劇ワークショップを多数実践してきた蓮行先生は谷口忠大教授と対談して「安全演劇ワークショップの社会実装に関する議論」記録を残しています。T(谷口忠大)の発言を2件引用します。

T:工学者、製品設計者も製品や技術から生まれる機能や効果を実現するためのコアをデザ イン(設計)しますよね。ところが、社会的なコミュニティデザイン、ワークショップのデザインで陥りがちなのは、ワークショップをやること自体が目的化しちゃったり、ワークショップの開催、コミュニティの開発スキルが個人の素質・技能に帰着されちゃったりする ことなんです。それじゃ「技術」じゃない。

「安全演劇ワークショップの社会実装に関する議論」p86

ここで属人性、職人芸、暗黙知の限界点を説明しています。問題点を指摘したうえで、今後の方向性を示すのが次の発言。

T:ちょっと飛躍するかもしれませんが、でも、「演劇ワークショップ学」的なものにとって、実際に大切なのは「学にするかどうか?」というよりかは「言語で伝わるかどうか?」 なんですよね。この辺までくると言語対非言語の対立軸で見た方がいい。

「安全演劇ワークショップの社会実装に関する議論」p89

谷口忠大教授が言語化の重要性を説明しています。2人の研究業績、著書などは研究者データベースで確認できます。谷口忠大教授の論文数が多いので数えるのをやめました。2013年の対談以降、蓮行先生は第一著者で論文を5件書いています(第一著者は、基本的に執筆者、第二著者以降は共同研究者および指導教官)。口頭発表等は多数。そして、私がかなり影響を受けた書籍『コミュニケーション場のメカニズムデザイン』(2021)でいったん両者の研究がまとめられます。この書籍で問題点を指摘しています。

まず、コミュニケーション場の設計に関しては、コミュニケーション場そのものが1回限りのものであり、このような場ではどのような設計をすべきであるという知見が再利用しにくい点である。また、ファシリテーターを導入することで、適切な会議運びをすれば生産的な議論が期待できるものの、そのような場の設計はファシリテーターの技能に依存した職人芸であることも多く、そのような問題解決では、スケーラビリティをもって日本中および世界中のコミュニケーション場を改善することは難しい(ファシリテーター依存性)。

『コミュニケーション場のメカニズムデザイン』p236

谷口忠大教授のすごいところは、蓮行先生と20名の受講生が聞いている前で「蓮行先生のワークショップは職人芸でやっている(腕を指し示すジェスチャー)」と批判したこと。さらには、ファシリテーターは様々な流派に分かれている問題点も指摘したこと。
『コミュニケーション場のメカニズムデザイン』には重大な弱点、というか未研究領域があります。6つの設計変数を考慮し、その1つに「ロールプレイ」を挙げています。それなのに、TRPGを研究対象にしていません。悲しいけれど、TRPG界隈では1990年代から「事故卓」が話題になり、対策を考案され、知見が伝わらないコミュニティで事故卓が起こるというマイナス事例も良い事例も積み重ねています。「TRPGセッション場のメカニズムデザイン」とGM依存性を減らして、どう仕組み化してきたかを考察し文書化することは、より広範囲コミュニケーションデザインに貢献できます。

◆ファシリテーター他流試合

谷口忠大教授の方針に感化されて、私は2024年5月-8月にソーシャル・コミュニケーションデザイナー(SCD)養成講座(60時間)を履修しました。「ロールプレイ」を追究するために、他流派と言える演劇ワークショップの「ロールプレイ」を蓮行先生から直接学びたいと思ったのも動機です。4か月間のTRPGセッション参加機会を代償にして作った時間、ある程度の受講費用にくわえて、講座から指定された履修資格条件が必要でした。

履修資格
出願時点で、基礎的なファシリテーションスキルを身につけている者。具体的には、「ソーシャル・コミュニケーションリーダー養成講座(略称:SCL)」を修了した者、またはそれと同等以上と認められるプログラムを修了した者。もしくは、それに準じる技能を有した者。

正直言って、TRPGのゲームマスター経験100時間以上(1セッション5時間換算で、20回以上)や公認GMのことを「基礎的なファシリテーションスキル」と出願書類に書こうかと思いました。ファシリテーションとGMとの相関関係の根拠に論文「ゲームマスターの力量マップ」を示そうかとも思いました。しかし、TRPGを知らない事務局に対して不親切です。代わりに、人間中心設計専門家資格とコンピタンスマップを提示しました。

公式サイトより引用
デザインの視座から、コミュニケーションをリードできる人材を育成する。現場をみて、聞いて、考えて、対話することで、コミュニケーションに対する自分なりの視座と方法論を磨く。

ソーシャル・コミュニケーションデザイナー(SCD)養成講座

2024年5月、集まった受講生20名の自己紹介を聞いていくうちに戦慄しました。ファシリテーションスキル要件としてSCL修了者だけでなく、SCLと大阪大学WSD両方を修了した者、青山学院大学WSD修了者など。誰も彼もが百戦錬磨の強者に見えました。

・受講生の大半がSCL修了、WSD修了のファシリテーションスキルを持つ。
・演劇、アート関係者が過半数。
・プロのファシリテーターや大学講師もいる。
・職業さまざま。俳優、アーティスト、教育・福祉関係、観光業、薬剤師、ワークショップデザイナーなど。
・技術者は少数派。
・射手座4人、蠍座4人、他は不明。

私はプロのファシリテーターではありません。SCL修了生でもなく、演劇経験もなく、アートにも詳しくなく、圧倒的なアウェイ感。ただ一つ多数派だった属性は関西人。でも逆に、新幹線や飛行機で学びに来た受講生の意識の高さに圧倒されました。すごいメンバーに混じってやっていけるのだろうかと思いました。5月から8月まで全10回(60時間)+エクストラ1回の講義を修了して気付きました。講義で様々なコミュニケーション演習やワークショップを経験しました。その結果わかったことは、TRPG経験者のファシリテーションスキルは、他流派ファシリテーターに負けていないということ。

私が特殊なのではなく、一定以上のTRPG経験者は同様のスキルを持っているはずです(目安はGM経験100時間以上)。さらには、GM経験で培ったスキルをワークショップなど他の場で活かせること。SCD講座を履修して得た経験知識をTRPGの「コミュニケーション場のメカニズムデザイン」にフィードバックしていきたいと感じました。4か月間TRPGセッション参加機会を代償にして得た経験・知識を活かしたい、SCD修了後の想いです。TRPGのため、私にできることは何か。

参考文献
佐藤可士和『世界が変わる「視点」の見つけ方 未踏領域のデザイン戦略』 (集英社新書、2019)
谷口忠大『コミュニケーション場のメカニズムデザイン』(慶應義塾大学出版会、2021)
金水敏/大阪大学コミュニケーションデザイン・センター長/大阪大学大学院文学研究科教授「大阪大学コミュニケーションデザイン・センターについて 」MAGE Vol30, No.38 (2010.3)

蓮行「「演出家」の視点から見たコミュニケーション支援」
システム/制御/情報, Vol.58, No.12, PP.493-499, 2014

「【KAFM-WJ039】社会人向けリレー講座における「コミュニケーションデザイン」の構成――講師のディスコース分析を通じて」柴田惇朗 ・紙本明子 ・大山渓花 ・末長英里子・蓮行 2024年9月、京都大学経営管理大学院

蓮行.2013「安全演劇ワークショップの社会実装に関する議論」
Communication-Design
Communication-Design 9 85-99, 2013-08-30
大阪大学コミュニケーションデザイン・センター

大阪大学学術情報庫
https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/?lang=0

池田光穂「Designing Good Human Communication, so what?」
https://navymule9.sakura.ne.jp/050517cscd.html

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