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深掘り!日本遺産まち歩き旅(1) 「世界津波の日」と「百世の安堵」 防災意識の継承を実感する街/和歌山県広川町

執筆:日本遺産普及協会編集部 平嶋

防災訓練と日本遺産

2024年11月4日、和歌山県和歌山市の和歌山下津港で実施された「2024大規模津波防災総合訓練」に参加してきました。

この訓練は、中央防災会議が策定した「令和6年度総合防災訓練大綱」に基づき、南海トラフ巨大地震を想定して行われるもので、住民や防災関係者が一丸となり、地震と津波による被害を最小限に抑えることを目指します。2004年のスマトラ島沖地震を機に毎年行われるようになったそうです。

緊急地震速報、そして津波警報を受けて地域住民が速やかに高台へ避難するとともに、警察や消防、自衛隊、海上保安庁などが連携して救命・救助活動をするという展開でした。さらに、自衛隊による災害支援物資の輸送訓練や道路啓開訓練などの本番さながらの実践も実施され、災害時に求められる迅速な行動と連携体制の重要性が改めて認識されました。

2024大規模津波防災総合訓練

実は、こうした防災訓練は和歌山県をはじめとする全国各地で、11月の第1週、特に11月5日前後に多く実施され、防災意識が全国的に高まるきっかけとなっています。

いったいなぜこの時期に防災関連行事が行われるのでしょうか? その答えは「11月5日」という日付に隠されています。

そこで、今回はその真相を探るべく、日本遺産唯一の防災遺産である『「百世の安堵」〜津波と復興の記憶が生きる広川の防災遺産〜』がある和歌山県広川町を訪れました。

いざ和歌山県広川町へ

広川町への入り口は、お隣の湯浅町に位置するJR紀勢本線の湯浅駅です。醤油醸造の香りが漂うレトロな街並みを抜け(日本遺産『「最初の一滴」醤油醸造の発祥の地 紀州湯浅』)、町名の由来にもなった広川を渡ると、広川町にたどり着きます。

広川

その先に進むと、「ここから防災学の道」という標識が見えてきます。ここから何かが始まりそうな、緊張感と期待感が漂います。

ここから「防災学の道」

さらに歩みを進めると、目の前に高さ5mほどの堤防が現れます。いったいこれは何のためのものなのでしょうか。さらに道路を挟んだ反対側には、松明を持つ男性の姿が描かれた絵があり、こちらも意味深です。何を伝えようとしているのでしょうか。

道路の左手にある堤防らしきもの
道路の右手にある謎の絵

堤防のそばには「感恩碑」と刻まれた石碑が建っており、「昭和8年(1933年)、当時の村長が発起人となり、私財を投じて堤防を築いた濱口梧陵ら先人たちの偉業を称え、彼らの尽力を追憶し愛護することで、未来の災害に備えたい」という思いが刻まれています。広村堤防を守る人々の決意とともに、彼らの防災への思いが今も受け継がれていることが読み取れます。

感恩碑

それでは、これらの文化財が意味するものを日本遺産のストーリーから紐解いていきましょう。

日本遺産唯一の防災遺産とは

日本遺産唯一の防災遺産である『「百世の安堵」〜津波と復興の記憶が生きる広川の防災遺産〜』のストーリーは以下の通り。

広川町の海岸は、松が屏風のように立ち並び、見上げる程の土盛りの堤防が海との緩衝地を形づくり、沖の突堤、海沿いの石堤と多重防御システムを構築しています。
堤防に添う町並みは、豪壮な木造三階建の楼閣がそびえ、重厚な瓦屋根、漆喰や船板の外壁が印象的な町家が、高台に延びる通りや小路に面して軒を連ね、避難を意識した町が築かれています。
江戸時代、津波に襲われた人々は、復興を果たし、この町に日本の防災文化の縮図を浮び上らせました。
防災遺産は、世代から世代へと災害の記憶を伝え、今も暮らしの中に息づいています。

日本遺産ポータルサイト

そもそも「百世の安堵」という言葉は、安政元年(1854年)の津波から多くの命を救った濱口梧陵の言葉「築堤の工を起して住民百世の安堵を図る」に由来しています。濱口の物語は、文豪・小泉八雲によって「生ける神(A Living God)」として世界に紹介され、その後『稲むらの火』という題で小学校の教科書にも掲載されました。

稲むらの火とは、地震後、津波の到来を察知した濱口が田の稲むらに火を放ち、逃げ遅れそうな人々に避難を促したという逸話を描いたものです。その炎は、高台の寺社に向かうための明かりとなり、多くの命を救いました。

その後、濱口は復興の象徴として堤防の築造に取り組みました。4年もの歳月をかけて山から土を運び、突き固めて完成した「広村堤防」は高さ5m、長さ600mに及びました。

堤防づくりの模型(濱口梧陵記念館)

今回私が広川町で見かけた堤防や感恩碑、稲むらの火を描いた壁絵は、濱口の偉業を示す証として、また貴重な未来へつなぐ防災遺産として大切に守られていたものだったのです。

広村堤防

稲むらの火の館で濱口梧陵の功績を学ぶ

このエピソードにちなんだ稲むらの火の館と呼ばれる施設は、日本遺産の発信拠点となっています。濱口梧陵記念館と津波防災教育センターが一体となっており、濱口梧陵記念館では彼の生い立ちから晩年までの足跡や、人柄を感じさせるエピソードに出会え、津波防災教育センターでは濱口梧陵の防災精神や、「稲むらの火」の人命尊重の精神をふまえ、来たるべき津波災害から大切な生命やくらしを守ることを学ぶことができます。

稲むらの火の館
津波防災教育センター

受け継がれる記憶

この他にも、町内には濱口梧陵墓や稲むらの火像、稲むらの火記念公園、いなむらの杜(観光・地域交流センターと図書館が併設された施設)など、関連する文化財や施設が多くあります。

広川町役場前にある稲むらの火像

町の中心部を湯浅広湾に面し、南海トラフ地震では津波のリスクが高いと想定される広川町では、濱口による150年以上前の逸話を忘れず、常に危機感を持つことができるよう伝統行事にも取り組んできたといいます。

例えば、毎年10月には、稲むらの火祭りが行われ、濱口のように実際に松明を持ちながら、広川町役場前の「稲むらの火」広場から、実際に津波の際の避難場所となった広八幡神社まで歩いていきます。

安政元年(1854年)の大津波から50年が経過した明治36年(1903年)には、津浪祭が始まりました。この祭りは、かつて命を落とした人々の霊を慰め、広村堤防を築いた濱口らの偉業を讃えるとともに、町の住民たちが防災への意識を新たにするために、毎年11月5日に行われます。この日は安政南海地震が発生した日であり、今もなお防災への思いを象徴する特別な日です。

津浪祭の前日には、地元住民によって広村堤防やその周辺が丁寧に清掃されます。そして当日、堤防の土盛り作業が行われ、感恩碑の前では厳粛な式典が催されます。式典では廣八幡宮の宮司が神事を執り行い、町長が感恩碑に花を捧げ、濱口や多くの先人たちの恩徳に感謝を捧げます。

この祭りには地域の小中学生も参加しています。広小学校の6年生と耐久中学校の3年生が地元の住民と共に式典に加わり、避難訓練も実施されます。次世代へ防災の精神を伝えるため、彼らにとっても重要な学びの機会となっています。

なお、耐久中学校の校名は、濱口が剣術や国学、漢学を教える私塾「耐久社」に由来し、現在もその歴史を学ぶ場として公開されています。

左・広村堤防と右・耐久社(耐久中学校)

広川町から世界へ

この伝統行事が地域だけのものにとどまらないのは、未曾有の被害をもたらした2011年の東日本大震災を契機に、「津波対策の推進に関する法律」が定められ、11月5日が「津波防災の日」となったためです。また、津波による被害が世界各地で起きていることから、日本の呼びかけにより、2015年には国連で11月5日を「世界津波の日」とする決議が採択されました。

こうしてこの日が日本から世界へと広がり、津波防災に関する理解と関心を深める象徴となりました。

自らの米俵を燃やして村人を高台へ避難させた「稲むらの火」での濱口の行動は、「津波が来たらまず避難」という今日の防災意識の原点とも言えるものであり、国際社会における津波防災の精神に通じるものです。

冒頭で紹介した、この時期に防災訓練が多い理由には、このような背景があったのです。

おわりに

広川町では「地震の後は、津波警戒。さあ避難!!」というスローガンのもと防災意識を高めつつ、堤防の改修工事を含めた津波対策への取り組みが続けられてきました。

1946年の昭和南海地震の際には、広村堤防は4メートルの津波から地域を守り抜き、いち早く津波から逃げるという濱口の教えも生かされました。この堤防は単なる防災遺産ではなく、現在も町を守る大切な存在であり続けています。

広川町の津波避難地図

今年8月には宮崎県日向灘を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生し、「南海トラフ地震臨時情報」が初めて発令されると、社会全体が改めて地震や津波のリスクに直面しました。交通規制や観光地での訪問制限が行われ、私たちの生活や経済にも影響を与えたこの経験は、南海トラフ地震に対する備えの必要性を強く意識させました。

防災は過去の教訓と日々の備えによって、その効果を最大限に発揮するといいます。この特別な日を通じて、私たちも改めて自然災害について考え、備えの大切さを実感する機会にしてみてはいかがでしょうか?


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