この教材、どう使う?『日本語を学ぶ人のための アカデミック・ライティング講座』実践的活用法
(※この記事は2023年8月28日公開の過去記事です)
――この教材、どうやって授業で使えばいいんだろう?
――もっと学習者の役に立つ活用法が知りたい!
この連載では、このような日本語教師の声にお応えすべく、教材の実践的な活用事例をご紹介していきます。
今回ご紹介するのは『日本語を学ぶ人のためのアカデミック・ライティング講座』(著者:伊集院郁子・髙野愛子、発行:アスク)。
アカデミックな表現を初めて学ぶ中級から、レポートや論文を執筆できる上級まで、幅広いレベルの学習者にお使いいただけます。作文指導について迷っている先生に、ぜひご覧いただきたい教材です。
東京外国語大学の授業をのぞいてみよう
本教材の著者、伊集院郁子先生と髙野愛子先生の授業を見学させていただきました。先生方のオリジナリティあふれる指導の様子から、この教材の多様な活用法に加え、作文指導のおもしろさが伝わってきました。
留学生(上級レベル)対象の授業での活用法
髙野先生が担当される留学生センターの授業では、上級レベルの留学生が、Step1・2の確認もしながらStep3を中心に学んでいます。
取材した日は、第5課「関心のあるニュースを紹介する」と第6課「データに基づいて報告する」にまたがる活動を行っているところでした。授業の前日までに、学生は自分が取り上げたい新聞記事(もちろん日本語で書かれたもの)を選んで持参し、先生にも提出しています。
記事の内容に入る前に、レポートを書くときに便利な表現を教科書で確認します。一方的に「教える」のではなくて、学生と会話をしながら、アカデミック・ライティングでのルールを指導されている様子が印象的でした。
教科書で表現を確認してから、学生はいくつかのグループに分かれます。ここでは、自分が選んだ記事の内容と、なぜその記事を選んだのかをグループ内で共有し、自分の国の事情や自分の考えなども話し合います。
学生が選んだ記事は、「中国で進む留学の低年齢化」「韓国の教育格差」「中学校でのいじめ問題」「生成AIの活用と子どもへの影響」「コロナ禍がもたらす教育格差」「日本の性教育」など多岐にわたります。
学生はクラスメイトとの話し合いを通して、選んだ記事に対する考えを明確にする過程を楽しんでいる様子でした。教科書の内容を学ぶだけではなく、自分で記事を探したり、記事から発展したディスカッションを行ったりすることで、能動的な学習が行われていました。
髙野先生によると、次回の授業でレポート記事を書き、少し時間を空けてからチェックリスト(p.154-156)をもとに自分で見直して書き直し、さらに先生の添削指導を受けるとのことでした。
カラフルな作文添削方法
髙野先生は、作文の添削指導をする際、複数の色を使い分けてマークしているそうです。
赤=表記・文法的な誤り
青=スタイルが不適切
緑=より自然な表現
と色を分けて書くことで、どこをどう直したらいいのか、なぜ指導が入っているのかがわかりやすく伝わります。
作文指導にはどうしても教師の主観が入るため、「ある教師は指摘を入れたが別の教師は指摘を入れない」ということが起こります。また、教科書によって「かたい表現」と「やわらかい表現」の区分が異なる場合もあります。ただ、より洗練された文章を書くためには、最低限のルールや、よく使われる表現を知っておかねばなりません。
髙野先生の学生からは、「『日本語を学ぶ人のためのアカデミック・ライティング講座』はこれらのルールが体系的に示されているので、レポートや論文を書くときには常に手元に置いている」という感想をいただきました。
生成AIと作文教育
『日本語を学ぶ人のためのアカデミック・ライティング講座』は、留学生だけを対象とした教材ではありません。母語が日本語である学生にも、アカデミック・ライティングを多角的に学ぶおもしろさがあります。
伊集院先生が担当されている「書く指導を考える」という授業を見学させていただきました。このクラスでは、日本人の学生と留学生がいっしょに学んでいます。
この日の授業では、第5課と第6課のStep3の課題を Chat GPT に考えさせ、その回答の分析に関してお話がありました。生成AIの台頭を脅威と捉えて全面的に禁止するだけではなく、生成AIの得意・苦手を理解したうえで、教育現場における生成AIとの付き合い方について考えていかなければなりません。
第5課Step3の課題は、レポートの中で「引用」がどのような形で表現されているかを考えること。Chat GPTの回答では、「~と報告されている」「~と提案している」といった表現は抽出されましたが、「この記事によると~とのことである」「~と指摘する声もある」という形の引用文は抽出されませんでした。
また、第6課Step3の課題は、「筆者はこれらの図を用いて最終的にどのような結論を伝えたかったのでしょうか」と論理的な思考力が求められるものです。このような考察が必要な作業は、Chat GPTには難しく、骨の折れる思考力は人間のみが持つものであるということがわかりました。
Chat GPTは課題に正しく答えられるか?
アカデミック・ライティングへの意識づけ
作文の指導というと、「学生が書いた文章を教師が添削する」という指導形態をイメージすることが多いでしょう。しかし、伊集院先生は「作文の授業でも活動的なことができないだろうか」とおっしゃいます。この日は、アカデミック・ジャパニーズ・グループの研究会で紹介してもらったという「お絵描きゲーム」を取り入れていました。
順序立てて説明すると、皆が同じ結論に到達できる
1つ目の絵は、自由な発想で描けるので楽しいし、人それぞれ違う絵になるところに面白さがあります。一方、2つ目の絵は、わかりやすく順序立てて説明したので、皆が同じ絵を描くことができました。まさにこの2つ目の絵を描くための説明が、アカデミック・ライティングの書き方です。読み手が皆同じ結論に到達できるように文章を組み立てていくのです。
学生の中には、アカデミック・ライティングに苦手意識を持つ人も多いでしょう。「いつも使っている話し言葉と違って難しそう」と敬遠することもあるかもしれません。しかし、なぜアカデミック・ライティングが必要なのかを捉えることができれば、取り組む際の姿勢に変化が生まれてくるのではないでしょうか。
学習者の興味に合わせた作文指導へ
今回見学した授業では、単純な作文添削指導ではなく、教材を基盤とした発展的な活動が行われていました。そして、クラスの学生の興味に沿って活動内容を選定されているからこそ、学生が能動的に書くことを楽しむことができているとわかりました。
『日本語を学ぶ人のためのアカデミック・ライティング講座』では、アカデミック・ライティングに取り組むうえで知っておきたい知識を、徐々にステップアップしながら身につけることができます。教材に沿った授業はもちろん、発展的な授業まで展開できる内容です。ぜひ作文指導にお役立てください。
この記事でご紹介した書籍📖
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