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【短編】『僕が入る墓』(最終章 一)

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僕が入る墓(最終章 一)


「そうですか。僕はなんてことを――」

「拓海さんがやったのではありません。実際に手を下したのは太助という男の怨霊です」

「でも――」

 僕は両手をまっすぐ膝に置いて気を落としていると、隣にいる義父が僕の背中にそっと手を置いた。

「君のせいじゃない。ほら、君だって母さんに殺されかけたんだ。悪いのは我々の体に乗り移る霊だ」

 義父の手は暖かかった。たしかに義父の言う通り、自分は明美を殺そうとしたことなど覚えていない。ましてや、乗り移られたことさえもわかっていなかった。明美はこのことを知っているのだろうか――。僕は義父の慰めに軽く頷くも、心の中ではどうしても罪の意識を拭い去れなかった。

「除霊の方法についてお話しします。私は初めに霊が農民であることに問題があると皆さんにお伝えしました。もう少し詳しく説明すると、農民と地主その身分の差に問題があるのです。農民の亡霊は地主を恨んでいる。そして最大の恨みというのは、その血がまだ今世に受け継がれ、子孫に敬われ続けているという事実です。この霊を祓う方法はいくつかありますが、一番効果のある方法が一つあります」

「なんですかそれは?」

 義父が図々しく口を挟んだ。

「少々心苦しい提案ではありますが、久保田家のお墓をしまわれることをお勧めします。先日墓が放火されましたでしょう。あれはおそらく彼らの仕業です。彼らの狙いは先祖を祀るものなのです」

 義父の顔にははっきりと怒りという文字が見えるほど眉間に皺を寄せて、巫女に向かって吐露した。

「何を言い出すかと思えば――。馬鹿馬鹿しい。あんたもこの家の財産を狙って我々を騙そうとしているのか?」

「いいえ、私は自分の仕事をしているだけです。除霊という価値のある仕事を」

「この事件もお前たちが仕組んだ罠だろ? 今話したことも全部嘘なんだろ?」

 巫女はその質問に答えることなく、再び淡々と話を続けた。

「拓海さんに地下の隠し部屋にもう一度行っていただきたいのです」

「僕がですか?」

 突然自分の名前を呼ばれたことに一度まごつくも、何か重要なことを任されたかのような気がして真剣な表情になった。

「はい。あるものを探していただきたいのです」

「あるもの?」

「簪です」

 巫女のその言葉に三人は一瞬にして凍りついた。なんでも巫女の昔話に登場する屋敷は今いる屋敷と似ているところがいくつか感じられたものの、それが同じだと認めてしまうことにどこか恐怖を覚え、皆口に出せずにいたのだ。

「まさか、その清乃という女がこの地下に閉じ込めたれていたと?」

「はい」

「じゃあこの屋敷も明治時代に建てられたものが受け継がれていると?」

「その通りです」

 僕は夢が具現化してしまったかのように目を背けていた現実をありありと突きつけられ唖然とした。自分が落ちた穴の下は明治時代のままだったのだ。拓海はなぜか巫女の言葉に納得してしまった。この屋敷に来てからのこと何度も夜にある物音で起こされたのだ。その音はまるで扉を開けるときにする戸が軋むような音だった。巫女の話からすると、それは昔この屋敷に住んでいた清乃という女が隠し扉をこっそり開けて地下から出てくる時にする音と自ずと想像ができた。

「わかりました。地下に行きます」

「ありがとうございます」

 懐中電灯の光で後方を照らしながら、背を向けたままゆっくり穴を降りていくと、ついこの間落ちた時よりもなんとなく距離が短いように感じた。暗闇の中で落ちていくのと明かりのもとでは、捉え方に差が生まれるようだった。部屋の中は以前見た時よりも広く感じたが、人が住むには狭すぎた。こんなところに一人の女が閉じ込められていたかと思うと、その孤独と希望の見えない憂鬱さにゾッとした。

 あたり一面、狩猟用の道具が乱雑に散らばっており、くくり罠の縄もその上にいくつも重なっていた。話に出てきた鉄砲は見当たらなかった。僕の期待はまんまと外れてしまった。罠や狩猟道具を手で一つ一つ隅に退かしていくと、一つの細い棍棒のようなものが目についた。これも動物を仕留める時に使う道具だろうかと思いながら、さらに奥に手を伸ばすと、同じような、しかし今度は少し曲がった棒が出てきた。僕は不思議とそれらを手にとって元々くっついていたことを想像して合わせてみた。しかしそれらの棒は罠ではないようだった。

「拓海さん、見つかりましたか?」

「いいえ」

 僕は細い棒を隅に投げ、さらに奥を探した。簪を探せと言われても、そんな小さなものをこのガラクタの中から見つけ出すには至難の業だった。不意に丸い形状の何かに手が当たったような気がした。僕は、今度はなんの罠かと少し興味さえ抱いていた。丸いプラスチックのようなものを一気に引き抜くと、目の前に現れたのは、こちらをじっと睨みつける人間の頭蓋骨だった。

「うわあああ」

 僕はすぐさまそれを落として部屋の壁にのけぞった。

「拓海くん、大丈夫か?」

「は、はい。頭蓋骨を、見つけました」

 すぐに巫女の声が返ってきた。

「閉じ込められた女のものでしょう。引き続き簪を探してください」

「わかりました――」

 弱々しい声でそう返すと、再びガラクタの中を一生懸命に漁り始めた。金属でできた輪っかの下に何かの小道具が土に半分埋まっていた。手で土を払うと、赤い細長いものが姿を現した。巫女の言っていた赤い簪、それは実在していた。

「見つかりました! 間違いありません。赤い簪です」

「ありがとうございます。上がってきていただいて問題ないです」

 僕は何者かが後ろから襲ってきやしないかと冷や汗をかきながら、勢いよく穴をかけ登った。この薄気味悪い部屋の中での出来事を全て忘れてしまおうと強く心に決めた。

「お父さん、巫女の言っていることは正しいかもしれません。一度信じてみませんか?」

 隣に座り込む義父は一度も表情を変えずに床をひたすらに見つめていた。巫女から言われた墓をしまうという行為が何を意味するのかは十分に理解できた。墓じまいしてしまえば、先祖は祀られなくなる。それどころか自分が死んだ時にも入る墓がなくなるのだ。自分の他にも妻も、娘も皆、死後に路頭に迷うのだ。そんな無惨なことを自分の一存で決められるわけがなかった。

「墓じまいはできない。先祖がこれまで守ってきた一番の財産と言ってもいいんだ。家宝なんか大したことはない。先祖の墓こそ途絶えさせてはいけないものなんだ」

プルルル、プルルル、プルルル

固定電話の着信音が家中に鳴り響いた。義母が電話をとると、突然険しい表情になり、焦るような口調で答え始めた。すると義母が大きく口を開けてこちらを向いた。

「お父さん、明美が――」

「明美がどうしたんだ?」

「傷口がまた開いたって――」

「なんだって?」

「緊急手術が必要だって――」

 僕は巫女の方に視線を向けると、義父と義母の慌てように構わず冷静に正座をしていた。

「霊の仕業です。すぐに病院へ向かいましょう」


最後まで読んでいただきありがとうございます!

▶︎続きの【最終章 二】に続く


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