戦争では誰も、人間の顔をしていない 『同志少女よ、敵を撃て』
どうも、ニグです。
よろしゅうお願いします。
いやあすごいものを読んだ。
2022年本屋大賞受賞、『同志少女よ、敵を撃て』。
筆者の逢坂冬馬さんはこれが長編デビュー作だと言うのだから驚きです。
400ページを超える大長編でしたが、あまりの世界観と表現力に一気に読まされてしまいました。あまりにもすごかったので、ここに読書メモがてら何がすごかったか書き残そうと思います。
※本文は読み終わった深夜三時に記録しようと殴り書きしたものです。一部ではあるものの本書のネタバレを含みます。あらかじめご容赦ください。
「冒険活劇」のような戦争小説
舞台は1942年のソ連(ロシア)。世界は第二次世界大戦中、その中でも世界最大規模となった独ソ戦争中のソ連のとある農村から話が始まる。狩りの名手として動物を狩る生活を送っていた主人公「セラフィマ」は、ある日突如やってきたドイツ兵に母を含む住民全員を皆殺しにされ、唯一生き残ってしまった事実に呆然としてしまう。そこにやってきた女性指揮官「フィーナ」に矢継ぎ早に兵士の情報を問われ、混乱してしまうセラフィマにフィーナは問う。
そして、敵に物品を使われては困ると、愛用の皿やカップを無造作に壊され、家族写真を家の外に投げ捨てられてしまう。
そしてしまいには目の前で母の亡骸に火をつける始末。目の前で自分が住んでいたもの、生命の痕跡や関係を壊されていく様を見せつけられ、セラフィマは答えた。
そうしてセラフィマはイリーナに連れられ、狙撃兵として混迷を極める戦争へと足を踏み入れていく……というのが本書のあらすじである。
この小説の素晴らしい点は、一言で言うと「少年漫画のような読後感」である(戦争を取り扱っているのでいささか分相応の表現だが、あくまでも比喩であるのでご容赦いただきたい)。進撃の巨人が好きな人は絶対に好きである。
第一章がまんま連載漫画の第一話ですと言われても遜色がないほど完成している。20世紀のロシアというあまり触れたことのない場所だったが、読んでいくうちに自然と情景が思い浮かび、キャラクターの表情まで浮かぶのと同時に読めてしまう表現力は素晴らしく、この後の世界観と物語がどのように展開していくかをワクワクして頁をめくった小説は久々だった。
主人公のセラフィマは「母を殺した兵士を殺し、この道へと至らせたイリーナも殺す」という目的で動いており、道中その目的に疑問が生じることも含め、一貫して行動している。これはまんま少年漫画で用いられる(というか創作全般でそう)が、これを戦争という人間の悪の側面が如実に出る世界において描ききっていることが素晴らしい。
この後も怒涛の展開や魅力的なキャラ、物語が続いていくのだが、第二次世界大戦中~末期の独ソ戦を、「一人の少女」という目線から、日常を奪われ、非日常へと飛び込んでいく冒険小説として読めてしまうというのは、ひとえに筆者の表現力と構成力がずば抜けているからであると言わざるを得ない。これが長編デビュー作とは到底思えなかった。
参考文献に裏打ちされた緻密な世界観
二点目に挙げるとすれば、「参考文献に裏打ちされた緻密な世界観」であろう。本書の最後らへんを見てもらうとわかるのだが、相当な量の参考文献からこの小説を書きあげていることがわかる。各章の最初には当時の文章が挿入されており、ところどころに戦いの概略図やプロパガンダに用いられた文言など、現実に存在したものがちりばめられており、読み進めるうちに「虚構」と「現実」の境界線が曖昧になっていく。
こういった文言や当時の会話の引用が、ところどころに差し込まれている。最初に読んだ時には架空の人物であると思っていたが、調べてみると実在する作品であった。ここからもこの小説が膨大な量の文献を元に、「リアリティ」に力を入れていることがわかるだろう。
本来、こういった戦争などを用いる作品は世界観が命であり、いくらキャラクターがいいものであっても、兵器の名称や報道などの背景世界観を描ききっていないと、「ぼくがかんがえたさいきょうのせんそう」のような所謂「空虚にしか存在しないもの」になってしまう。それに対し、本書は膨大な時代考証と主人公を取り巻く時代特有の「空気」を恐ろしいほどまでに描ききっている。特に戦場のシーンでは情景がありありと想像できてしまい、読んでいるだけなのに血生臭い戦場がそこにある気がしてならないのだ。
何故敵の狙撃兵を「カッコー」、兵士を「フィッツ」と呼ぶのか。
何故私たちは戦場にいるのか。
戦争とは何か。
プロパガンダや会話、銃に至るまで、どんな些細な部分にもリアリティを追求することにより、第二次世界大戦中の、戦争という「悪魔」に踊らされた人々、男と女、そして生と死を圧倒的な文章力でありありと描ききっている。
このような膨大な文献によって書き起こされた文章には、その時代の「空気」が宿る。そこに魅力的なキャラクターたちが合わさることで、この物語がただの「虚構戦争小説」ではなく、明らかな「過去にいた、誰かの物語」として進化しているのだ。この点が市井の小説と一線を画す点であり、本屋大賞を受賞した点であると考えている。
さいごに
ここまで一気に書ききったのだが、今振り返ってみても素晴らしい作品だったと感じました。「世界観」というのを突き詰めるとここまでリアリティが出るものになるのか。どんなに些細な部分にもリアリティを求め続けると、こうも読者に世界観を目の前に出すことができるのかと。これを勧めてくれた友人に感謝したいです。本当にいい小説に巡り合えました。
「戦争」で「敵」を「狙撃する」ということ、その難しさと辛さにひたすらに向き合った『同志少女よ、敵を撃て』。よかったら読んでみてください。
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