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「VA-11 Hall-A」は人生のちょっとした糧になる作品である。

今更ながらの「VA-11 Hall-A」レビュー。

はじめに


正直に言うと、わたしはこのゲームをプレイするまであまり期待していなかった。
いわゆる「萌えキャラ」的なグラフィックと「キツい下ネタが多い」というレビューを読み、「ああ、よくある"そういう系"か」と思っていたのがストアで見かけた時の印象だった。
”そういう系”とは、ありふれた作品のように女の子同士が下品な会話で男性プレイヤーを喜ばせながら、プレイヤー好みの可愛い子と仲良くなってエンディングを迎えるような作品のことだ。

それに、発売当初はアドベンチャーゲーム自体にあまり良いイメージを持っていなかった。シナリオ・テキストが良いゲームはアドベンチャーじゃなくてもあるし、アクションゲームで得られるような刹那的な判断とそれによって得られる刺激が好きなわたしにとっては、ただクリックしてテキストを読んでいくだけのゲームは退屈に感じたからだ。(それに、数年前まではアドベンチャーというとやはり恋愛シミュレーションのようなゲームが主流だったと思う。)
しかし、「十三機兵防衛圏」でアドベンチャーゲームに対する印象を180度変えられたわたしはどんどんこのジャンルのゲームにのめり込む事になった。
そして「VA-11 Hall-A」もわたしが今まで持っていた偏見とは違って最高の作品だった。
 

それぞれがちゃんと”生きている”キャラクター達


「VA-11 Hall-a」は西暦2070年代の暴力や汚職などが蔓延る架空の街"グリッチシティ"にあるバーが舞台の作品だ。主人公であるバーテンダーのジルは、ハッカー、セクサロイド、殺し屋、アイドル、治安維持部隊員、ストリーマー、デマだらけの地元新聞編集長など、様々な客にカクテルを提供しながらそれぞれの抱える事情に向き合い、自分の事情とも向き合う事になる。

人は多かれ少なかれ複雑な事情や悩みを抱えている。それはパートナーとの付き合い方だったり、よく知らない同僚との付き合い方だったり、クソッタレな世の中との付き合い方たったりである。
「va-11 hall-a」に登場するキャラクターは各々が各々の悩みと向き合っている。メタ的な話になるが、わたしが偏見を持っているような"プレイヤーを喜ばせるタイプの作品"だとメタ視点で役割を与えられている事が多い。「ツンデレキャラ」「甘やかしてくれるお姉さんキャラ」などが代表的な例だ。
しかし、現実世界にはそのような"キャラ付け"は存在しないし、メタ的に存在する誰かを喜ばせるために役割を演じているわけでもない。もっとも、自己演出をするのが好きな人も世の中には存在するが、結局は自分自身を満足させられるように行動しているに過ぎない。
この作品においても"キャラ付け"のようにパターン化された人格の要素は薄い。それはSFの架空の街とは思えないほど、まるで本当にグリッチシティという街があってそこに生きているような、プレイヤー自身がグリッチシティに行ったらキャラクター達と友だちになれそうだと思えるような、そんなリアリティのある人間を描写している。

サイバーパンクは現実の地続きにある


 近未来のディストピアを舞台にしているにも関わらず、こういったリアリティのある描写が出来るのは、この作品を作ったSukebanGamesの背景にあるだろう。製作者の方々のコメントなどは各ゲーム情報サイトにあるインタビュー記事を読んで欲しいのだが、そのインタビューを読むとしっかりとリアリティのある描写が出来る理由がよくわかる。
「VA-11 Hall-A」を制作したSukeban Gamesは世界で最も治安が悪い国とも言われるベネズエラに拠点を置くメーカーである。スラム街のようなものすらほとんどないような日本とは違い、昼夜問わず強盗や殺人、誘拐が頻発しているという。そんなベネズエラの日常は、有り余る豊かさと平和を謳歌する日本人には想像することすら烏滸がましいような気がしてしまう。
本作の舞台となるグリッチシティはいわゆる"サイバーパンク"と言われるような近未来のディストピア都市として表現されている。アンドロイドや強化スーツなど、科学技術は大きく発展しているにもかかわらず、常に暴力やドラッグ・汚職が横行しており、作中でもテロによって市民が暴徒化し、帰れなくなった主人公が務め先のバーに泊まる描写がある。
 
つまるところ、わたし達が"サイバーパンク"として消費している空想上の世界は、地球上のどこかで既に現実のものになっているということだ。
退廃的な世界は平和ボケしたわたし達には非日常のようで魅力的に映るかもしれないが、他方で地球の裏側の国では人々が日々理不尽な暴力と隣り合わせに生きている。
飛行機で30時間以上かかるような遠い国でなくても、海を挟んだ隣の国ですら街中に張り巡らされた監視カメラとAIによって市民の言動を統制する、さながら「1984」のような社会になりつつあるという。
話が逸れたが、そう言ったベネズエラの社会情勢を背景として頭に入れておくと、より「VA-11 Hall-A」の世界に深みが増し、作品を楽しめるように思う。

まとめ

少々重い話になってしまったが、「VA-11 Hall-A」は陰鬱で暗いストーリーではなく、苦しい時代の中でもできるだけ楽しく生きようとするキャラクター達を描く、非常に愛情溢れるストーリーとなっている。
背景として暴力が日常的にある街が描かれているが、キャラクターたちの悩みには共感できる内容も多い。個人的にはジルと同じ20代後半の女性には是非プレイしてもらいたい(キツい下ネタが苦手で無ければ、だが。)
また本作は「セーラームーン」的な作品に憧れるキャラクターや、まるで「ニコニコ生放送」のようなストリーミングをするキャラクターなど、オタク文化に対するリスペクト要素も数多くある。開発者インタビューによれば"サイバーパンク"的な世界観は「攻殻機動隊」に影響されているらしく、それらの要素もまた楽しめるポイントだ。
ゲーム要素としては、客が求めるカクテルを自分で作って提供するシステムがある。少し難しそうなイメージがあるが、レシピを見ながら作ることができ、テキストを読んでいれば客の好みを間違えることはほぼ無いので安心してほしい。

「VA-11 Hall-A」は単なる大衆娯楽として快楽物質を放出させるゲームではなく、人生の糧となる作品だ。発売から5年が経ち、頻繁にSteamセールに加えられるので買い求めやすい。

是非プレイして欲しい。

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