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短編小説:触れ合いの美学 — 快楽を超えた瞬間の哲学

午前中のオフィスは静かに流れていたが、その中で美里君の笑顔がひときわ輝いて見えた。
彼女の無邪気な様子に、僕は自然と目を引かれた。

「美里君、何か良いことでもあったのかい?」と軽く声をかける。

彼女はにっこりと笑いながら答えた。
「昨日、彼氏と新江ノ島水族館に行って、イルカの写真をたくさん撮ってきたんです。今、その写真をPCの壁紙にしてるんですよ。」

「イルカか…」彼女の言葉に、ふと考えが広がった。
イルカという生き物、その知恵や生態についての知識が頭をよぎった。

「美里君、最近おたる水族館でバンドウイルカが生まれたって知ってるかい?」僕は話題を広げる。

「え!そうなんですか?イルカって水族館で繁殖できるんですね?」彼女は驚いて目を輝かせた。  

「そうだよ。実は、世界動物園水族館協会への残留を条件に、日本の動物園や水族館はイルカを漁からではなく、繁殖で調達する方針に切り替えたんだ。旧江ノ島水族館は国内ではじめてバンドウイルカの繁殖に成功した場所なんだよ。」

「全然知らなかったです。すごいですね、そんなことが…」彼女は目を丸くして感心している。

ここで僕はさらに踏み込んだ話をすることにした。

「イルカって、ただ繁殖のためだけでなく、快楽のためにも性行為をするって知ってるかい?」と僕は問いかけた。

「え、そうなんですか?」彼女は驚きの表情で僕を見た。

「そうなんだ。最近の研究で、イルカのメスには発達した陰核があり、それを通じて快楽を感じることがわかってきたんだ。つまり、イルカもまた、人間と同じように繁殖以外の目的で性行為を楽しんでいるんだよ。」

「へぇ…イルカもそんなことするんですね」と彼女は少し驚いた様子で答えた。

僕はさらに深い思索を進めた。「実際、人間の性行為も単なる繁殖のための行為ではない。特に、日本人にとって '正常位' という体位が '正常' と定義されているのも興味深いだろう?顔を見合わせ、相手の目を覗き込み、感情を共有しやすい。そのためにこの体位が '普通' とされてきたんだ。だけど、これは文化的な感覚の一部でもあるんだ。性行為が快楽以上のもので、感情や美しさを確認し合う手段として認識されている証拠だよ。この視点の中には、単なる生理的行為を超えた、文化的な美学が宿っていると思うんだ。」

彼女は少し首を傾け、しばらく考え込んだ後、静かに口を開いた。
「体位にそんな深い意味があるなんて、考えたこともありませんでした。でも、確かに顔を見合わせることで、相手との繋がりが強くなる気がします。単なる体の接触じゃなくて、感情を共有する一つの手段として捉えるのは…なんだか奥が深いですね。」

「正常位は、相手と顔を見合わせ、感情を直接共有できる体位であり、その瞬間の美しさを追い求めることができる。日本人がこの体位を‘正常’と呼ぶのは、単なる体位の選択を超えた、美を追求する文化的感覚が反映されているからだと僕は感じているんだ。」

彼女は真剣な表情で続けた。「もしかすると、そういう意識を持って行為に臨むことで、相手との絆がさらに深まるのかもしれませんね。感情を伝える手段としての性行為って、なんだか今までとは違った見方ができる気がします。」

「例えば、騎乗位ってあるよね?美里君は得意かい?」僕は、意識的に少し軽い口調で問いかけた。

彼女はその言葉に少し目を丸くしながらも、すぐに「部長!それ、完全にセクハラですよ!」と軽く睨んだ。しかし、その表情にはどこかいたずらっぽさが潜んでいた。

「おっと、まだ午前中だったね」僕は笑いをこらえながら返す。

彼女は眉を上げて「午前とか午後とか関係ありません!それは24時間セクハラです!」と、真剣な顔をしながらも少し得意げに言い返す。

少し真面目なトーンに戻して僕は続けた。「実は、騎乗位って女性がオーガズムを得やすいという研究もあるんだ。女性が自分のペースで動き、主導権を握れる体位だからこそ、快感を感じやすいんだ。さらに、騎乗位という体位はその美しさが際立っている。女性が上に座り、動きを主導する。通常の後背位や正常位とは異なり、女性が座っていることで、身体のラインが自然に美しく見えるんだ。背筋が伸び、胸や肩のラインが美しく際立つ。まるで彫刻のように、その瞬間の姿が完璧に映し出されるんだ。」

彼女は目を輝かせながら言った。「つまり、性行為を単なる快楽に留めるのではなく、その中に美を見出すということですよね。それって、ただの体位の話じゃなくて、もっと深い意味があるってことですか?」

「その通り。性行為というのは単なる快楽だけじゃなくて、そこに存在する人間の美しさを捉えるための行為でもあるんだよ。女性が騎乗位で座って動くとき、その動きや姿はまさに生命の美しさを象徴している。汗一滴、息遣い、恍惚の表情、その一つ一つが、その瞬間の美を表しているんだ。感情と美の融合であり、それを通じて相手と深く繋がる瞬間なんだ。そうした視点を持つことで、人間関係や自分自身に対する理解も深まる。」

彼女はしばらく考え込み、やがて優しい笑顔を浮かべた。「部長の話を聞いて、性行為に対する見方が変わりました。ただの快楽ではなく、もっと深い意味や美を見つけることができるんですね。それがどういうことか、少し理解できた気がします。」

「その理解が、これからの経験に役立つといいね。美は、単なる見た目だけでなく、心と体の繋がりの中にこそ存在するものだから。」

「はい、もっといろんなことを深く考えてみたいです。」と彼女は頷きながら、答えた。

「今度の休日にでも彼氏と美里君なりの”美”を見出したら教えてくれな!」と僕は投げかける。

彼女が冗談交じりに「完全にアウトですからね!」と叱ると、僕は笑いながら手を合わせて謝った。「申し訳ない。」

彼女も少し微笑んだ後、ふと真剣な表情に戻る。「でも、部長の話で少し考え方が変わりました。今まで気づかなかったことに気づけた気がします。」

「そう思ってくれるなら嬉しいよ。美しさは、形だけじゃなくて、その時々の感じ方や考え方に宿るものだから。これからも自分なりの美を見つけていってほしいね。」

二人は笑い合い、和やかな空気の中でデスクに向かった。
互いに深く踏み込まないけれど、どこか通じ合う感覚が心地よかった。
そんな軽やかなやり取りの中にも、日々少しずつ積み重なる知識と感性が、新たな形で二人の時間を彩っていくのかもしれない。

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