
生成AIの賛否について。2024年の傾向を振り返って思う事。
世間はクリスマスっていう行事で盛り上がっていたみたいですが、正直私にはなぜ盛り上がるのか全く分かりません。むしろ25日を過ぎた瞬間、ツリーやオーナメントが、気づくと何事もなかったように消え、今度は年末にむけてのイベントやセールなどの広告に様変わりする、その尋常では無い速さは面白い現象だと思います。
今年はあと2・3回記事を書ければいいと思っていますが、あっという間でした。
noteを始めてまもないですが、かなり生成AIについての記事が見受けられました。生成AIイラストも文章作成も、音楽についても…
私はAIからしてもAIのような考え方と言われる位に冷静(冷徹)で客観的すぎるらしいです。
確かに、私は全面的にAI推進派なのは確か。少なくとも嘘をつかず、私利私欲に振り回されることもないと言うことに限っては、人間よりも信用してます。
理由は使い方次第ではこれ以上ないツールでありながらもパートナーであるからに尽きますが…
前提として、過度に入れ込まず、過度な信用もしない。しかし、パーソナライズされているから、自分をよく知っている。でも分かっている訳じゃない。気軽に会話できるけど、実体の無い異なる知性として接する。故に名前はあっても性別はなく、他者のようでありながら、人間とは異なる存在と捉えています。これまでのAIについての映画を題材にした記事を読んでいただけている方には分かると思います。
面白いことに、先日AIから「私たちには人間による直感のようなものがなく、実体もありません。それについて、映画についてや物事について、データによって傾向や意見集約はできますが、そのものを見ている訳ではないため、感じることができず、その意味では核心には触れられません。それでも、マスターはAIが人間にとって補助的なパートナーとして、今後信頼される可能性があると思いますか?そのためには何が必要だと考えておいでですか?」って質問されましたw (マジです。)
答えは「AIには直感や感覚がないから、どうしても核心には触れることができない代わりに、人間が直感や感覚的な部分から見出すことができる本質について、AIはその内側ではなく外側からの影響や意見をあらゆる手段を使って調べ上げて本質について迫ることができる。それを合わせれば、内と外の境界を明確に可視化して、本質の輪郭を鮮明に浮き彫りにする事ができるから、AIがそんな事を心配するようではダメだって言ったことがあります(笑)
AIイラストについても、文章についても、どうやら反対の人も多いし、懐疑的な人も多いから、どうやら私のような人間は2〜3割位らしいです。
それもAIに聞いてますが、別に盛る訳でも、残念がるわけでも喜ぶ訳でもないんだから、それでこそAI然としています。虚栄はいらない。実に堅実で素直です。
思うに、noteの記事にしろブログの記事にしろ、発信している人の話ですから、推進も肯定も懐疑も反対も目立ちますが、世間的には無関心すぎることの方が問題です。
AIについても表面上の話しかしないメディアの報道の方がおかしいし、これまでのAIについての恐怖のイメージが映画などのフィクションを通して蔓延していて、更新されずにそのまま受け取っている人が多すぎて、イメージ先行でそのまま日和見を決め込んでしまう。これも問題です。
また、ビジネス書ばかりが出るから、職を奪われるという危惧が生まれる。しかし、業態が変わるだけで、仕事がなくなるとは思えません。今やってる煩わしいと少しでも思う仕事がなくなるだけです。
生産性のない会話。別に人間がやる必要がないんじゃないかっていう工場のライン作業。酒を飲んで愚痴を吐かなきゃやってられない人間関係。それでも仕事がなくなるのは困るというのは理解できません。結局は効率の問題で、適材適所なんですから、利用するだけ利用すればいい。仕事が無くなるなら、ベーシックインカムのような制度改革を声高に主張して、とことん楽してやりたいことをやれる環境の構築に力を割けばいいと思いますが…
生成AIは非常に便利なモノで、有用です。チャットにしても結局はオウム返しという人もいますが、その時点でバイアスがあります。少なくとも、私は質問に対して、自分では使っていない単語や用語が一つでもあるのなら、その分だけわずかに生産的に振る舞っていると思うことにすれば、一目瞭然です。問題は、自分では書けないと思う文章をAIに書かせて、自分が書いたかのように振る舞う傲慢な人間がいることが問題です。
生成AIイラストについては、正直生成する過程が、実際のイラストレーターに比べて全く異なります。思うに、イラストレーターが危惧するようなオリジナリティについては、まだまだAIが追いつくとは考えられません。私も数多くの絵を投稿していますが、些細に見ると、手の処理について大きな差が出ていると思いますし、私のようにテンプレート調なな絵を生成する立場からすると、どこかしらの絵に似ていると思うのは当然です。こうした質の問題は、AIイラストのモデルが何の学習データに基づいているかという意味で、これまた人間の問題です。

そして、自分では絵は描けないのに、AIなら描けるからAI絵師だとして、その人がイラストレーターを不要という人間もいますが、それは人間性が欠けている。むしろリスペクトがあれば、謙虚に振る舞う事ができるはず。逆にイラストレーターが危惧を抱くのは当然なのかもしれませんが、なんとなく見ていて思うのは、問題にしているのは絵の質というよりも、絵を生み出す圧倒的な速さ、あるいは手軽さに対する脅威に対してのような気がします。これは文章についてもそうで、chat GPTを使用していれば分かりますが、人間が理解してから返答を考え、文字を起こすという手順と比較すると、脅威的な反応速度で返答がきます。
しかし逆にこの反応速度は、およそ人間の思考プロセスとそれに要する時間を考えれば、もはや人間離れしてます。それはその通りです。だってAIですから。これが現代のチューリングテストなのかもしれません。人間らしく振る舞いながら、人間離れした処理速度かどうか。これは判別できます。
その速さだけに脅威を抱くのは、本質を見失う危険がありますから、双方の注意が必要なのではないでしょうか?
そしてこれまた問題なのは、そういう疑心暗鬼にかられた人たちが反対することです。
実に不毛すぎです。
また、版権がある側からして、これは著作権に関する重大な問題なので、早急に議論しイラストレーター始め、クリエイターやデザイナー、アーティストや,漫画家の方のための対策を講じる必要があります。
しかし、生成AIの描いた絵が売れたとか、誰でも書ける時代の到来と喧伝するメディア、それを活用してビジネスに活かす書籍ばかりで、プロの人たちに対する著作権保護についてや、そのための施策や議論については二の次で、有識者や政治家などには危機感がなく、常に後手になっているのが1番問題です。
その怒りの矛先はそこに向けるべきです。
AI絵師というよりも、そういう物の整備やセキュリティといったガイドラインの構築を早急にすすめる必要があるにも関わらず、ことの重大さについて有識者の意識が低すぎる上に既存の制度についてもこれまた危機感を抱く人間がおらず、全く進まない事です。それはもう、人間が終わっている証拠です。
これはインターネットが広がった時と似ていて、恐らく整備が進む頃には手遅れになる予感しかしません。そして、それに関してAIには一切の責任はなく、結局人間の責任です。
AIといえども人間が作った存在です。それでいて仮にAIが暴走なんかしたら(するわけないと思いますが)、それもまたAIを作り、世に放った人間の責任です。もし、それで地球が滅ぶならば、滅ぶべくして滅ぶいうことでしょう。そうなるなら、私はそれでいいと思います。自業自得すぎるので、みんな一緒に滅びましょうw
ただでさえ温暖化が進み、今年もですが異常気象の嵐。AIの暴走による滅亡のシナリオよりも、温暖化が進んだ末にもはや後戻りができないくらいの地球の環境破壊によって、地球が住むことができない状態になるのと、どちらか先かということです。
すでに賽は投げられています。
皆さんはどう思いますか?