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「スイートホーム。」/ショートショートストーリー

スイートホームとは、新婚の時に使う言葉らしいが我が家では未だにスイートホームと言っていい。

とにかく俺の家庭はとても幸せなんだからいいじゃないか。まあ、そのために俺が働きづめでもいいさ。妻や子供を養っているのだから。当たり前じゃないか。

「あなた。たまにはゆっくり休んでほしいの。」

「そうだよ。ママの言う通りよ。」

「わかっているよ。でももう少しの辛抱だから。お前はピアノ留学があるのだから、そのことだけ考えればいいんだよ。」

妻も娘も私の顔をみては心配そうに休養取ってほしいという。俺は疲れていないし、会社でも期待されているから裏切れない。昇進の話もあるのだからここは頑張らないといけない。すべては私と家族のスイートホームのためだ。

俺には不釣り合いなぐらい綺麗で家庭的な妻と俺の子供とは思えないぐらいに勉強ができて親思いの娘。顔は妻に似て良かったと本当に思っている。アメリカへピアノ留学も決まっている。俺の同僚たち誰もが俺を羨ましがって妬んでいるのは態度を見れば明白だ。ちょっとぐらい休日返上でも構わないさ。また明日からガンガン頑張ろう。


「先生。どうですかね。」と看護師が聞く。

「今夜あたりだろうな。」医師はモニターを注意深く見ながら答えた。

「そんな状態なのに誰も来ていらっしゃいませんね。」

「ああ。本当は言ってはいけないのだろうが。なんでもひとり息子さんが薬物不法所持で警察の捕まったとかで奥さんは来れないらしい。」

「それなら、奥さんが警察に行ったからと、どうにかなる話しでもないでしょうに。ご主人、危篤なのに。」

看護師は同情の気持ちがわいて意識のない患者の顔を見ながら思い出す。確か、奥さんは旦那さんが事故で入院して3週間の間、面会に来たのは2度ぐらいだ。さっき話にでた息子さんは見舞いにきていないはず。ひとを外見で判断してはいけないが奥さんについて第一印象そのままだ。金髪で派手な恰好は個人のことだから仕方ないとしても、病室でたばこを吸おうとしたり携帯で大声だしたりと一般常識がない。それになによりご主人に対して愛情というものが感じられなかった。

「いつぐらいですかね。」と聞かれた時、看護師は何をきかれたのか分からなかった。

「だから。いつごろ死ぬんですか。こっちも色々と忙しくてさ。相手との示談金の話とかもあるんでね。」と言ってそれきり来なくなった。親類らしきひとや会社勤めと聞いたのにそういう人たちも見舞いにこなかった。

今夜ひとりで死んでいくかもしれないという、この患者さんは淋しいという気持ちなのかしら。それともなにも感じてないのかしら。感じてないほうが良いのかもしれないと看護師は考えながら病室をでていった。


「パパ。やっぱり今日はゆっくり休んで。」

「そうですよ。あなた。働きすぎよ。今日ぐらい休んでも罰は当たらないわ。私たちのためと思って休んで。」

「パパ。私も料理手伝ったのよ。」

愛おしい妻と娘がご馳走を用意してくれたテーブルに座る。3人で乾杯して、楽しく食事をする。相変わらず暖かくて穏やかな私のスイートホーム。


ベットのサイドモニターが警告音を発していた。医師と看護師による処置の甲斐もなく心電図の波形が死を告げた。

おやすみなさいという妻と娘の声を聞いた私は、なんて自分は幸せなんだろうと目をつむった。



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