「雨宮さんの声。」/ショートストーリー
清潔そうな大きなキッチン。いや、どこかレストランの調理場よね。銀色の世界なのはステンレスのあれこれのせいか。とぼんやり考えていたら、声をかけられてハッとした。知っているひとの声のようなきがするのだけれど。
声をかけたその人は背が高い男性だった。
「それで、わかりましたか?」
えーと、何が。と疑問に思っているのに、私の口は勝手に動いていた。
「うん。わかったと思う。」
「それでは、よろしいですね。引き継いでも。」
だから、何を。また、私の口は勝手に動く。
「あなたは、どうするの?」
私の口調はなんというか、フレンドリーなのに相手の口調は固い。この男性とはどういう関係なのだろうと考えていた。
「明日、次に行きます。借りたお金がありますから、売られるのです。」
何言ってるのか、分からないと聞こうとしているのに、私の口はまたまた勝手に動く。
「売られる! 借りた金額ははいくらなの?」
もはや、私の身体なのに私の中にいる違うひとが話していて、私には制御できない。
「М4.5です。」
私はしばらく考えて。(と言っても私の中のもうひとりの誰かなのだが。)
「私、М3.5ぐらいならもっているし、あとの差額は料理と演奏でなんとかなると思う。あなたがいなくなると私が困る~。」
と最後に語尾まで伸ばしているけれど、私はこんな言い方はしないのにと笑ってしまう。笑うと言っても本体の身体からはずされているので、あくまでも心情だけれど。
いきなり、ピアノの前に座っている。あれ、いつ移動したの?と思った瞬間に鍵盤をたたくように弾いている。これで大丈夫。彼の借りたお金はチャラになったはず。と思いながら。
「大丈夫ですか。」と雨宮さんが私の顔を覗き込んで私の身体を支えているではないか。雨宮さんが耳元でつぶやいたあと、意識が飛んだようだ。私は驚いて身体を雨宮さんから身体を引き離そうとしたのだが、全然力がはいらないので、仕方なく作り笑いを浮かべることにした。その作り笑いをみた雨宮さんは、そっと私を公民館の椅子に座らせた。
「貧血起こしたみたいですね。ご自宅までお送りしたいところですが、今日初めて会ったばかりでは、そうもいきません。だから、もう少し休んででください。次回の開催の打ち合わせで残っているサークル員もいます。それなら、安心でしょう。」
いやいや、雨宮さんがいるだけでまずい感じがするんですがとも言えない。このまましばらく椅子に座っているのが得策だろう。第一、聞かなければ、確認しなければいけないことがある。
「雨宮さん。さきほど私に言ったことですが。」
「サークルに正式に入られるかどうなのかと、確認したことでしょうか?」
あの耳元で言われたことは、白日夢ではないはず。あの後は夢を見ていたようだが、まさか、あの時すでに意識がとんでたのか、私。
「えーと。私の耳元で何か言いませんでしたか?」と恐る恐る聞いてみる。
「女性の耳元にですか。」
「あっ、大丈夫です。貧血で倒れた前後の記憶があいまいで。ごめんなさい。」
雨宮さんは、微笑んで私から離れると残っているサークル員と打ち合わせを始めた。
私、よほど疲れていたのね。家族もとても遠くにいるし、ここでは同郷の人とも会わないから淋しかったのもあるのかしら。雨宮さんと夏響さんのエネルギー量が、今まで会った人たちの中ではとびぬけているから、エネルギー酔いしたのだ、きっと。だから、あんな変な白日夢みたのね。やばい時に鳴る頭の警報がないから、ここは安全な空間と思ってよい。私は、次の読書サークルが楽しみと思うようになっていた。
帰り道、携帯が鳴った。雨宮さんと表示される。心配して電話してくれたのだろう。
「はい。」
「雨宮です。なんとか、人間の形は保てましたね。一度崩れると、再度人間の形をとるのに時間がかかりますから。少しの間、キャパオーバーしてフリーズしたようなものです。その間に故郷の星に関係した夢でも見たのでしょう。夢ですから、辻褄があわなくてもおかしくないのです。意味は深いところに潜り込んでいますから。」
私は答えようがない。
「大丈夫です。しばらく、気持ちよく過ごせるはずです。エネルギーがクリアになって、身体も気持ちも楽になったはずです。」
「それでは、次回の読書サークルで。人君も来たらご紹介します。彼は、夏響さんとはまた違ったエネルギーの持ち主です。彼は根こそぎ祓ってしまうので、空間が影響を受けてしまい、ちょっとざわつくんですけどね。」
「あなたは一人じゃありません。そのうち、同郷の星の人もこられるかもしれません。」
私はなにひとつ話すことができないくらいに動揺していた。それを感じたのか雨宮さんはもう一度、大丈夫です。安心してください。と言って、電話を切った。
雨宮さんは、いったい何者なのか。私のことは、すべてわかっているの?私が人間でなくても良いというのか、雨宮さんは。次回の読書サークルの時に問い詰めてみよう。
そういえば、あの夢の男性の声は雨宮さんの声に似ていたとアパートの玄関の扉を開きながら思い出していた。
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