「本当の世界の話し。」/ショートストーリー
「ねえ、あなた。殺されたことある?」
数時間前はお互い何も知らなかった男女。
今は身体だけは知っている男と女だ。
名前はなんて言ったか。
まなみだったかな。
「なんだよ。それ。殺されていたらこんな楽しいことしていないだろう。」
まなみはベットの上で笑っていた。笑うとまるで子供のようだ。
俺はまさか未成年者と寝たわけじゃないよな。と心配になった。
いくら俺でも。
未成年者は良くない。
「あっ。今。私の年齢のことを考えていたでしょう。」
こういう女は勘がいい。と経験上知っている。
「大丈夫よ。私ってすごく若く見られるのよ。もうすぐ40に手が届くわ。」
まなみは若く見えるなんてものじゃない。
本人の言う通りだとして39歳?
どう見ても、20代にしか見えない。
「なんでそんな若く見えるんだ?」
「さあ。知らないよわ。そんなこと。」
まなみの目は俺をまた誘っている。
だが。
さっき、まなみが口にした言葉が気になる。
「お前。殺されたことってなんだよ。」
まなみはまた子供のような顔つきで笑う。
「ああ。それ気になった。」
「気になるさ。」
「殺されたという言い方は正しくないかも。私ね。」
「小学4年生のときに親が離婚したんだけど。」
身の上話はあまり好きじゃないから、どんな女の過去も聞いたことはなかった。ややこしい関係は好きじゃないんでね。
今回、興味が湧いたのはまなみという女が魅力的だからだ。
「それで母親が出ていたったの。ちょっとひどくない。」
まなみは多分母親に対して不満を言っているつもりだろうが顔が楽しそうに笑っている。
「残された私は父親の支配下にずっといて。何でも父親の言いなりよ。」
「親戚も近くにいなかったし。色々と大変だったわ。」
そういうのはシングルファザーというのかなと俺は考えたりしていた。
「でも。そんなのは片親だろうが何だろうが色々とあるわよね。私だけが特別不幸という訳でもないじゃない。」
俺はまなみという女の在り方が面白く感じてきた。
だって。
俺が身の上話を嫌いなのは話す奴のほとんどが、自分を憐れんでいるからだ。
自分こそ、世界一不幸ですって話すからだ。
「高校の時ね。千葉へ遠足みたいなものがあって。なんとそこで母親にご対面となったんだけど。」
まなみは話していて喉が渇いたのか、ホテルに入る前に買ったチューハイを一気に飲み干した。
「母親が私の記憶を一切手放していたと言うか、覚えていないの。」
「あれはちょっと軽いショック。」
「確かに。こんな女子高生に育っているだろうというのからかなり外れていたのかもしれない。」
「だけど。全然私がわからないの。」
まなみは当時を思い出したのか、可笑しそうにまた笑っている。
普通は泣くところじゃないかと勝手に俺は思っていた。
「私の方から声をかけてやっとよ。」
「それでお昼を食べることになって。クラスメイトのみんなが思い思いに食べているのに。私たちレストランで食べるの。」
「それで私も子供だったのよね。言葉が出なくて。ずっと母親がしゃべっている間、拷問のように無言で座っていただけ。」
「うーん。それで殺されたと言うのはどういうことなんだい。」
「それね。そうだった。母親がレストランで注文したのが自分と同じステーキだったのよ。多分。一番高い料理だったかも。」
俺はそれが不思議でも何でもないと思った。
しばらくぶりに逢う娘だ。一番高いステーキでいいはずだ。
「だから。そこなのよ。私は実はお肉が食べられないの。」
俺は思い出した。ハンバーガー屋でわざわざフィッシュバーガーを頼んでいたまなみを。
「10年は一緒に暮らした実の娘のそういうこと、忘れてしまうんだって思って。愛しい美しいと書いて愛美とご丁寧にも名付けたのにね。」
「悲しいとか淋しいとかより驚きよ。よく小説とかドラマだと生まれてすぐに別れた子供を一目見て我が子だと確信するみたいな場面があるじゃない。」
「あれってやっぱり虚構の世界の話しだって。」
「ずっと逢わなきゃ、実の子だってわからないし。子供の好みも忘れてしまう。それが本当の世界なんだって。」
俺は何も言えない。
「きっと。私。母親の中ではすでに死んでしまった子供なのよ。」
「楽しいはずの一日が殺された気分の一日に。」
まなみはまた笑った。
「母親はまだ生きているのかしらね。本当の世界で。」
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