裸の足の爪を見ると気色が悪かった。夏中、赤いペディキュアをしていた。肌と同じ色をした不明感触の爪、は新鮮に気色悪かった。 秋が来たのだ。そうしてこれが秋なの…
「目張りして」 「メバル?」 「め、ば、り!隙間埋めるねんって」 「うん、密閉空間をつくるわけやな」 ふたりぶんの声がソファの匂いに積もって埋まる。外は今にも雪に…
死ぬ前に、一番嫌いだったものはなんですかと聞かれたらたぶん。朝のラブホテルと答えるだろう。 冷房をつけるかつけないか、ききすぎるか無風の二択、極端なものは恐ろし…
斉藤ナオは悩んでいる。ベランダのハーブについた虫を退治すべきか否か。親知らずは痛むが抜くべきか。今付き合っている男と別れるべきか否か。そしてそれら全部を相談した…
おれが歩くと砂に足跡がついてしまって萎える。別に何かを残すために頑張って生きているわけではないのだ。 生きることとはそれだけで苦難だ、ひょいと生まれる。死ぬまで…
「奪ってくれって言ってるようなもんなんやもんなあ〜。」 口に出したことを確認するみたいにしっかり言い切ってから、ビールのジョッキをぐいとあおる。原田はいつも一杯…
……あれ? …………いやちょっと待てよ……ん? いや、あれは………いや、 セックスをしている。 駅のホームから丸見えの部屋でカーテンもつけないその生活感のなさは逆…
おっちゃん!何売ってんの? お、ぼうやこんにちは。おいさんはなんでも売り屋さんだよ。 へえ!変なの〜ぜったいサギやん 違うよ、おいさんが売ってるのは沖縄の鳥の羽…
「僕はどうして生まれてきたの?」 「愛されるために生まれてきたんだよ」 オカンのあれは俺をなだめすかすためのその場しのぎやったやろうか、あの語尾の優しい関西弁は…
アミノ酸はまじですげえ。 最近知ったけどアミノ酸ってまじですげえらしい。まず、石って何でできてるか知ってる? アミノ酸。これはまじ。石ってアミノ酸の塊なんやって。…
私はどうやら生きていけないらしかった。アルバイトなんてできるわけがなく、母親から支給してもらわなければどこかに1泊することさえ叶わない。畑中さんは奥さんにカード…
おばちゃん、この子泣いてるで と あたしは、なんにも言わずにそばに立っているのはとてもいやな気持ちになったので、言った。 こんなところに よりによってここに、一人で…
袖の釦のような質量で世界に存在したい 旅行先で思わず買ってしまうコンビニ限定のインスタントコーヒー(カップ5個入り)くらいの気軽さで皆様と触れ合いたい 紫陽花みた…
もうやめてくれよ、おい、なあ 尊敬できる点のないただ自分より先に生まれただけの人間のこと先輩と呼ばなすまへんのか、お前らは 飲み会の話しかできんのか、〇〇先輩の話…
ある日ね、歩いていたらね、地面に水が溜まっていたんですよ。昨日が雨だったらわかるが昨日は晴れだし今日も晴れ、それなのに水が、コンクリートのデコボコに、溜まってい…
いのう えあや
2018年11月15日 00:11
裸の足の爪を見ると気色が悪かった。夏中、赤いペディキュアをしていた。肌と同じ色をした不明感触の爪、は新鮮に気色悪かった。 秋が来たのだ。そうしてこれが秋なのかしらと暦について考え始めたころ、もう冬になり始めているという始末だ。さいきん毎年そう。かんぜんに置いていかれてしまっている。 恋人の白髪を抜くのが好きだった。ミートソースのパスタをくるくるくるくる巻く。蜂の巣みたいに大きなひとくちをがん
2018年11月9日 19:46
「目張りして」「メバル?」「め、ば、り!隙間埋めるねんって」「うん、密閉空間をつくるわけやな」 ふたりぶんの声がソファの匂いに積もって埋まる。外は今にも雪に変わりそうなほど冷たい雨のお天気だ。「やっぱり七は頭いいなあ、科学者に」 ガムテープをびびびびと伸ばす音が、赤ちゃんに渡したビデオテープみたいに空気を切り裂いた。「なれたのに。」「語彙を褒めるなら文学者とか作家とか、文系にせえや
2018年6月24日 13:05
死ぬ前に、一番嫌いだったものはなんですかと聞かれたらたぶん。朝のラブホテルと答えるだろう。冷房をつけるかつけないか、ききすぎるか無風の二択、極端なものは恐ろしい。そうしてたいていシャワーの後やセックスの後というのは暑いもしくは熱いのでクーラーをつける。どうしてか私と寝る男は寝相の悪いやつばかりなので寒くて夜中に目がさめる。足元に追いやられたり独り占めされるぺらぺらの布団。心の拠り所にしてはいつ
2018年6月5日 23:58
斉藤ナオは悩んでいる。ベランダのハーブについた虫を退治すべきか否か。親知らずは痛むが抜くべきか。今付き合っている男と別れるべきか否か。そしてそれら全部を相談したハルコにキスをされてから連絡を取れていないことにも。悩んでいる。どうにも手に負えない問題が手の届く範囲にありすぎる感じがする。多難。ナオは元来、自己主張のできない性格で、というより主張する自己のない人間であったし、今もってそうなので母親に
2018年6月5日 00:58
おれが歩くと砂に足跡がついてしまって萎える。別に何かを残すために頑張って生きているわけではないのだ。生きることとはそれだけで苦難だ、ひょいと生まれる。死ぬまで生きる。なんと言われたって生まれた事実は揺るぎなさすぎるし、死ぬまでは生きなくてはいけない、目の届く範囲でいるか否かに引っ張られず、産んでくれた人を悲しませないために。おれはなんとかミミの裸足の足跡を踏まないように歩く。おれも裸足なのでミ
2018年6月2日 00:58
「奪ってくれって言ってるようなもんなんやもんなあ〜。」口に出したことを確認するみたいにしっかり言い切ってから、ビールのジョッキをぐいとあおる。原田はいつも一杯目だけビールそのあとはずっとハイボール。たまにシメに熱燗を飲む。つまりまだ一杯目だ。というのにほとんど酔っ払いのていだ。無理はない。最近の原田は普段からほろ酔いなのだ。あの女に酔っている、ここのところずっと。「べつに言ってへんと思うで。な
2018年5月31日 14:46
……あれ?…………いやちょっと待てよ……ん?いや、あれは………いや、セックスをしている。駅のホームから丸見えの部屋でカーテンもつけないその生活感のなさは逆に強烈にエロいと言えるだろう。男と女の髪型からキツく漂う昭和臭。昭和と言えばエロ。エロと言えば昭和。白い生足が見える。と思えば女の白い上半身。乳がでかいが垂れ下がっている。当然だ、若い女にあの昭和臭が出せるわけがないのだから。と思えば
2018年5月26日 01:12
おっちゃん!何売ってんの?お、ぼうやこんにちは。おいさんはなんでも売り屋さんだよ。へえ!変なの〜ぜったいサギやん違うよ、おいさんが売ってるのは沖縄の鳥の羽とかサウジアラビアの砂とかブラジルのサンバの衣装の布切れとかだよ。ぼうやサウジアラビア知ってる?おっちゃんの喋り方なんかキモいな。大阪弁喋らへん人と喋ったあかんてオカン言うとったで。それは差別だ!!!いいかいぼうやそれは差別だ
2018年5月26日 00:44
「僕はどうして生まれてきたの?」「愛されるために生まれてきたんだよ」オカンのあれは俺をなだめすかすためのその場しのぎやったやろうか、あの語尾の優しい関西弁は。いや違う、と俺は思う、愛された俺は思う。あのな、愛されなければ生きていけないんだよ俺たちは。「じゃあ僕はどうやって生まれてきたの?」「お母さんのお腹から生まれてきたよ」誰しもが母親から生まれる。生まれた瞬間に戻りたいと泣き叫び
2018年5月25日 00:04
アミノ酸はまじですげえ。最近知ったけどアミノ酸ってまじですげえらしい。まず、石って何でできてるか知ってる?アミノ酸。これはまじ。石ってアミノ酸の塊なんやって。アミノ酸が固まった塊がまずあって、それを金槌で打ちまくったら(誰がとかはわからんけど)石になるらしい。あと、フォーク。あれもアミノ酸からできてるらしい。食べ物がなんで美味しいかって、フォークがアミノ酸でできてるから、それで美味しいんやっ
2018年5月24日 21:48
私はどうやら生きていけないらしかった。アルバイトなんてできるわけがなく、母親から支給してもらわなければどこかに1泊することさえ叶わない。畑中さんは奥さんにカードを取り上げられていたし、だから誰もいない隙に家に忍び込んだ。棚やひきだしをゴソゴソする間中私はくすくす笑いを抑えられなくて変な声が出たけれど畑中さんはずっと怖い顔をして汗をかいていた。シャワーでも浴びればいいのにばたばたと家を出る。手を
2018年5月15日 15:19
おばちゃん、この子泣いてるでと あたしは、なんにも言わずにそばに立っているのはとてもいやな気持ちになったので、言った。こんなところに よりによってここに、一人であたしをおいていったお母さんに うんざりする。お母さんは悪くなくて、ついていかなかったあたしが悪いのだった、と思い出して それでもやっぱり、わざわざ日曜日に都会の、こんなところへあたしを連れてきたお母さんに 「うー…」と思う。「うー…」
2018年5月12日 23:54
袖の釦のような質量で世界に存在したい旅行先で思わず買ってしまうコンビニ限定のインスタントコーヒー(カップ5個入り)くらいの気軽さで皆様と触れ合いたい紫陽花みたいな淡さで人々のことに無関係でいたい居間のクッションみたいにくたびれた親しさであなたと一緒にいたいわたしはわたしという確かな個体でいることは超しんどいし人間の輪郭を持って太ったり痩せたりを繰り返して確実に女として女の匂いを濃くさせて
2018年5月12日 16:56
もうやめてくれよ、おい、なあ尊敬できる点のないただ自分より先に生まれただけの人間のこと先輩と呼ばなすまへんのか、お前らは飲み会の話しかできんのか、〇〇先輩の話しかできんのか、もっと実りある話をせえよ……と隣の女子大生たちおそらくなりたて、の話が嫌だ嫌だと思っても耳に入ってくるので思う。なあ。自分というものを持てよ。でも自分もそうだったのである。1回生の頃は付き合いにお酒が必ず絡む、年上た
2018年5月12日 16:40
ある日ね、歩いていたらね、地面に水が溜まっていたんですよ。昨日が雨だったらわかるが昨日は晴れだし今日も晴れ、それなのに水が、コンクリートのデコボコに、溜まっていたわけですよ。これはどうしてかしらと思うわけなんですがもそもそ、じゃなくてそもそも、地面に水が溜まっていることに拘泥した記憶がここ数年なくて、ということにはた、と気付いて、そうか、これを水たまりと言うのだったな……。大きくなればため池、も