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14ピアノの思い出 ショパンコンクールでブーニンが優勝の衝撃
第11回ショパン国際コンクールでブーニンが優勝したのが1985年。NHKか何かで特集されていたのを偶然見た小学4年生の私は、凄まじい衝撃を受けた。
当時、エレクトーンとピアノを習ってはいたが、音楽をやらない両親のもとに生まれた私は、自分が弾く曲と、テレビから流れて来る歌謡曲と、教室の発表会やミニコンサートで他の生徒が弾く曲、手元にある曲集に載っている曲、くらいしか知らなかった。家でレコードやCDを聴く文化もなかった。
だから、ブーニンの弾きっぷりを見て、こんなによく弾ける人がいるのか!!!という衝撃も凄かったが、ショパンって何者!?めちゃくちゃいい曲じゃない!?!?という衝撃が凄まじかった。
すぐにショパンファンになった(単純)。
こんなに素敵な素晴らしい曲が数多くあるピアノ、というものに、ますます興味を持ったし、上手に弾けるようにもなりたい、と強く強く思った。
日本でブーニン旋風が巻き起こると、レコードやCDが発売された。子供だった私はそれらを購入することができなかったが、年上の従兄弟のうちにたまたまあったブーニン録音のショパン集をダビングさせてもらって、テープがすり減るほど聴きまくった。
お年玉を貯めて初めて自分で買ったCDは、ショパンの曲集だった。
寝ても覚めても、ショパンとブーニンのことが頭から離れなかった。それほどの凄まじい衝撃だった。
後にも先にも、こんな衝撃は受けたことがないだろう。
私とクラシック音楽との決定的な出会いとも言えるような出来事でもあった。
以降、ショパンの曲を弾きたいがために、H先生のスパルタレッスンに頑張ってついて行っていた。
だから、フランスに移住後、子供を連れて2015年のショパン国際ピアノコンクールをワルシャワまで見に行った時の感動といったら、これまた凄まじいものがあった。この時はまだ、「若いときにそこそこ熱心に音楽やってました」という、よくいるママだった。