渋柿@フランス

在仏10年超。子供がパリのグランゼコールに進学して子育て終了。 EU永住権取得。語学、…

渋柿@フランス

在仏10年超。子供がパリのグランゼコールに進学して子育て終了。 EU永住権取得。語学、音楽、筋トレ。

マガジン

  • 私の音楽遍歴

    エレクトーンから始まった私の音楽遍歴。紆余曲折を経てようやくフランスで職業音楽家を名乗れるようになるまで。

最近の記事

子供ってエンタメなんだなぁ

子育て真っ只中の時には、これが永遠に続くような気がして気が遠くなっていました。しかし、いざ一緒に住まなくなってみると、最初は心底ホッとして、やっと解放されたー!と喜んでいたのですが、日に日に話題のなさ、食事の用意のしがいのなさ、洗濯物も週一回すれば良いのでやることのなさ、など、ナイナイづくしでつまらない人生が始まったなーと感じていました。 今回の帰省で、子供がいるだけで、地元の友達の近況から学校の話題まで、さまざまな話題を提供していただき、食事の用意や洗濯のしがいをあらため

    • バカンスで帰省 子供のいる生活は楽しいな!

      今日は、フランス全土で2週間の万聖節バカンスの最終日です。パリで勉強している娘がこの休み中帰省していました。 娘は親の作った料理を食べ、洗濯をしてもらい、磨かれた風呂に浸かり、地元の友達やお世話になった方に会ったり、随分とリフレッシュしたようです。 自炊生活を通じて、実家では座っているだけで食事が出てくること、洗濯物が知らない間に洗って乾かされて畳まれているのは、自分以外の誰かが労働した結果だということを実感したそうです。 やっとわかったか!自炊させてみるものですね。

      • パリは生活するところじゃない、勉強するところなんだな

        ああ疲れた。 手を念入りに洗い、脱いだ服を洗濯かごにぶち込んで、全身を洗った。 今年に入ってから、やたらとパリに行くことが多くなった地方住みの私。 今週末は泊まりで出掛けてきました。勉強するにはよさそうだ、と子供の様子がよくわかったのはいいけれど、今回もまた感じる疲労感と違和感。 人の多さ、地域によっては住人のカオスっぷり、あちこちでただよう異臭、オーバーツーリズム 写真で見るような綺麗な風景はほんの一角だけ。どこもかしこも汚いのだ。 地下鉄を利用する庶民である限

        • あまりにも暇すぎるのでパリに行ってみることにした

          娘をパリに送り出して子育て終了して1ヶ月。夫は長期で出張中なので、一人暮らしを満喫したいのですが、なかなかそうもいかず。 今の状態は、忙しかった会社を退職した後と似ています。 責任もあり忙しかったのが急に暇になって、暇なのに頭はフル回転、何か重要なことを忘れているような気がして落ち着かない。 ゆっくりできるはずなのに、全然ゆっくりできない。 変な感じだ。。。 友達をお茶に誘うにしても、友達たちはまだ子育ての最中だから頻繁にはお誘いできない。 というわけで、とりあえ

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        • 私の音楽遍歴
          32本

        記事

          娘とビデオ会話してみたら、、、

          進学で家を出て行った娘と電話で話をした。先週末は、新しくできた友達と一緒にパリ観光をしたとのこと。料理が楽しい、とも言っていました。 途中でビデオに切り替えると。。。顔を見て安心もしたのだけど、たまたま学校の中にいたので、あー、こういう感じなんだ、と納得したというか、安心したというか、今まで味わったことのない感情が湧いてきたのでした。 あー、ちゃんと学校通っているんだ。健康そうでよかった。 お母さんは、あらためて満足しましたよ。来月パリで会うのが楽しみです。

          娘とビデオ会話してみたら、、、

          感謝せずにはいられないフランス人もいる

          フランスという国のことは好きになれなかったけれど、個人レベルとなると話は違ってくる。 まず、子供が最初にお世話になった弦楽器の先生。しばらく連絡を取り合ってはいなかったが、娘が進学してパリに行ったことを聞きつけて、連絡をくださった。 思い返してみると、子供の面倒をよく見てくれて、子供もとても懐いていた。 この先生とは、子供がコンセルバトワールに入るまでお世話になった。 コンセルバトワールに入ってからも良い先生に恵まれて、良い関係を築けたと思う。生徒として、様々な経験も

          感謝せずにはいられないフランス人もいる

          フランスの良いところ 1

          逆説的ではあるが、フランスで長く生活したことによって、日本の良さに気づくことができた。 日本にいた時の私は、かなりの日本嫌いであった。 子連れでフランスに来てみると、まず、子連れの私に人々が親切なことに驚いた。 バスや地下鉄に乗るとき、さっと空間を開けてくれた時には、本当に驚いた。 これが毎回のように続くので、フランスって超良い国!日本は酷いわー!と唸っていた。 スーパーのレジで並んでいると、子連れだからといって譲ってくれるお客さんもいた。 子連れには本当親切な人

          フランスの良いところ 1

          結局、フランスという国を好きになれなかった

          結局、10年以上住んでも、子供をフランスで育てても「フランスのために貢献しよう」とは思えなかった。いつ日本に引き揚げようか?と考える理由は、これに尽きる。 最初の2年は良かった。日本とフランスの違う面(特にフランスの方がいい面)ばかりが目につき、日本のああいうところが悪い、だから日本はダメなんだ!と批判的態度がより強くなった。 3年を過ぎると、「おや?この国やばいんじゃないか?」と思うことが多くなってくる。徐々に目につくようになってくる。 5年を過ぎると、ますますその思

          結局、フランスという国を好きになれなかった

          パリでの移動はUber一択かな

          パリでタクシーに乗ると、嫌な気分になることが多い。だから、私はUberを利用することにしている。 しかし、パリのターミナル駅からとか空港からとか、Uberの入構が規制されている場所から乗る時には、タクシー乗り場からタクシーに乗るしかない。駅とか空港から離れればUberを呼ぶことはできるが、たいていそういう時には大きな荷物を持っているので、それは面倒だ。 先日も、娘の引っ越しを手伝った時のこと。パンパンにものを詰めたスーツケース二つを持ってパリに到着した。駅からはタクシーに

          パリでの移動はUber一択かな

          パリの物価はフランス地方都市の1.4倍くらいな感じ

          娘がパリに引っ越すのを手伝ったついでに、日用品を近所のカルフールシティーに買いに行った。 いやー、自宅の近所でのカルフールシティーで同じ商品を見慣れているので、パリの同じスーパーの値段が高いのが目についてしかたなかった。 しかも、学生が多く住む地域だからか、トイレットペーパーもキッチンペーパーも箱ティッシュも、高いのしか残ってない!安いものは全部売れてしまっている。 私でもこんな高いのは買わないなー、と思うけど、その日から生活が始まるわけだから買わないわけにもいかず、一

          パリの物価はフランス地方都市の1.4倍くらいな感じ

          さて、海外での子育て終了後に何をしようか?問題

          周りの友達からは、 「娘ちゃんパリ行っちゃて寂しくなったでしょー」 とか、 「私は息子が進学で家を出て行った後、しばらくからの巣状態になったわよ!」 「何か新しく始めた方がいいわよ」 「子供の食事作らなくていい、ってなったら、作るの面倒くさくなって食べなくなっちゃうんじゃないの?」 など、さまざまに心配されている。 しかし、私としては、空の巣なんてとんでもなくて、戦いの日々が終わって心底ホッとして安堵しているのだ。 子供?まあなんとかやっていけるでしょう。スマホもあるし

          さて、海外での子育て終了後に何をしようか?問題

          子育てほぼ終了 娘をパリに送り出した話

          フランスは新学期を迎えました。 娘がパリのグランゼコールに進学して引っ越して行ったので、子育てがほぼ終わりました。 フランスに来て十数年。戦いの日々がやっと終わった、と心底ホッとしています。 毎日毎日戦ってきました。役所や学校や、店で何か買うときや、道を歩いているときや 音楽やっている時も、いつでもどこでも戦わないと生きていけなかったです。 髪の毛振り乱して子育てするって言いますけど、髪の毛振り乱して戦いながら生活する、って感じでした。 親の私も大変だったけれど、現

          子育てほぼ終了 娘をパリに送り出した話

          32ビックバンド部の思い出 ジャズ理論を勉強するも耳コピに頼る

          普通の大学に入学後、ジャズのビックバンド部に所属した私は、ジャズピアノを弾くためにジャズ理論を勉強し始めた。 音楽理論自体は、エレクトーンを習っていた時代に松田昌さんが書いた理論書で勉強したことがあった。こんな古い本を今でもAmazonで入手できるとは。表紙をみるだけで懐かしい。 新たにジャズ理論の教本を買って勉強してみると、モードというのが出てきて難しそうに感じたのだが、書いてあることは理解できた。 コードについても、エレクトーンで弾いていた時のコードよりもテンション

          32ビックバンド部の思い出 ジャズ理論を勉強するも耳コピに頼る

          大聖堂のパイプオルガンコンサートに行ってきた

          昨晩は、隣町までオルガンコンサートを聴きに行ってきた。文化遺産となっている大聖堂があって、立派に修復されたパイプオルガンが設置されている。 夏のシーズン中に何度かコンサートがあるので、子供や夫と何度か足を運んだことがある。昨晩は、子供は友達とバカンスに行っていて留守、夫は出張中で留守、ということで、一人で行ってきた。 高い位置に設置されているパイプオルガンは、客席から見えない位置に演奏席がある。しかし、親切にも客席の前方にスクリーンで奏者を写しだす形式のコンサートが多い。

          大聖堂のパイプオルガンコンサートに行ってきた

          31ビックバンド部の思い出 ジャズを聴きまくる幸せ

          音大ではなく普通の大学に進学してすぐにジャズのビックバンド部に入部した私は、体育会系独特の上下関係に困惑しつつも、ジャズのCDを聞いたり、ライブに行ったりすることに幸せを見出していた。 エレクトーンのT先生がジャズ好きであったし、井上先生もスタンダードジャズのアレンジ譜を多く書いていたので、かなりの曲数のジャズの名曲を弾いたことはあった。こういうの好きだなー、とずっと思っていた。 しかし、自分の身の回りでジャズを積極的に聞いている人はいなかったので、CDを持っていなかった

          31ビックバンド部の思い出 ジャズを聴きまくる幸せ

          30ビックバンド部の思い出 房総半島での新歓合宿での入部儀式

          大学入学してすぐにビックバンド部に入った私は、ゴールデンウィークの頃に千葉の内房のとある田舎までビックバンド部の新歓合宿に出かけた。 チェー年(1年生のこと)は10人近くいたと記憶している。合宿場には、宿泊施設と合同練習場がある、民宿風の宿であった。施設が整っているのでおそらく、他の音楽系団体も合宿に使っていると思う。 音楽系の部活に初めて加入した私は、ワクワクして参加した。都心からJRに乗って内房の片田舎までは、とても遠かった。チェー年同士で親睦を深めつつ、昼は練習、夜

          30ビックバンド部の思い出 房総半島での新歓合宿での入部儀式