秋学期前半を振り返る(第1週~第6週)・英語編
▽英語が聞き取れない
イギリスの大学院に来て、英語が聞き取れない、うまくしゃべれないというのは、本当に悲しいことである。恥ずかしい気持ちや言いたいことが言えないフラストレーション、疎外感などにさいなまれる。私は第2週の後半あたりで心が折れそうになり、「来週モスクワに帰ろうかしら」と本気で検討した。学生寮のキッチンでフラットメイトのアナさん(20代・中国人)に相談すると、14歳でイギリスの中学に編入した彼女は明るく「分かる分かる。私も最初は全然聞き取れなくて、授業が理解できるようになるまで6カ月かかったよ。でもみりんは14歳の私よりもはるかに英語がしゃべれているし聞こえているから、1カ月半くらいで聞き取れるようになると思う。大事なのは、自信を持ち続けることだよ!」と励ましてくれた。
アナさんとの会話や、過去の留学経験者がどう対処していたのかを検索して気付いたのだが、大事なことは、英語をしゃべれない、聞き取れない自分を一回受け入れることである。大変残念ではあるが、英語が聞き取れないのは事実なのである。そしてさらに大事なことは、一回受け入れた(開き直った)後に、英語力を伸ばすために何をすればいいか考えることだ。私は、大学の語学センターに日常英会話が練習できる機会はないかと相談し、第5週から始まる「英語の即興」(English improvisation)というプログラムを教えてもらった。これが転機となった。
▽英語上達の秘訣は「リラックス」
「英語の即興」は、1930~1940年代に俳優のヴィオラ・スポリン(注1)が低所得層の子どもたちや移民との演劇ワークショップで取り入れた「遊び」の手法を踏襲した英会話クラスである。即興芝居やゲームをしながら、つまり、遊びながら英語の瞬発力を鍛えていく。担当のアグネス先生は「なぜ遊びが大事かというと、笑うとリラックスするでしょう。考えたり、覚えたりした英語を話すのではなく、リラックスして出てきた言葉をしゃべりましょう」と説明する。
リラックスして英語を話すなんて、ロンドンに来てから考えもしなかったアイデアに私はわくわくした。クラスには、私と同じ悩みを持ったインドや中国、トルコやスペインなど、さまざまな国から来た留学生が集まっていた。それだけでも心が軽くなるのに、自己紹介はなんと、輪になってキャッチボールをしながらするのだという。投げる人は「こんにちは! 私の名前はみりんです!」と言って誰かにボールを投げる。もらった人は「ありがとう、みりん! 私の名前は〇〇です!」と言って、ほかの誰かにボールを投げる。次の人も「ありがとう、〇〇! 私の名前は……」と言って次の人にボールを投げる。そのやりとりを全員でやっていくのだが、先生によると、大事なことは、体を動かしながら英語を話すことなのだという。そうすることで、頭で考えず、反射的に英語をしゃべるようにしていく。そして何より、教室でのキャッチボールはシンプルに楽しく、みんな、自然と笑みが漏れてしまう。
このプログラムはほかにも、教室内を歩き回りながら、そこにある物(イスやテーブルなど)の名前をひたすら英語で言ったり、短いスピーチの途中にくじを引き、その紙に書いてある単語をスピーチに忍ばせながらしゃべり続けたりするゲームをして、英語の瞬発力を鍛えていった。遊びはどれも、くだらなくて笑ってしまうものなのだが、これが私にとっては効果てきめんで、週2回通い、受講3回目を迎えるころには、肩の力を抜いて英語をしゃべることができるようになっていた。このポジティブな変化は勉強面にも波及し、講義の復習は日本語に翻訳せず、全て英語でやってみようという自信が生まれた。
▽English for Academic Purpose
さらに私は、語学センターが提供するEnglish for Academic Purpose(イングリッシュ・フォー・アカデミック・パーパス、以下EAP)講座にも通っている。EAPとは、つまり英語で学術論文を読んだり書いたり、議論したりする技術のことである。私は、英語論文の書き方、議論の方法、プレゼンテーションのコツを教えてもらうため、3つの講座に登録した。ここで強調したいことは、これらも全て「無料」で受講できるということだ。
なぜ強調したいのかというと、海外の大学院は、秋学期が始まる前にEAPの有料プログラムを設けていて、これは主に、大学が要求する英語スコア(IELTSなど)に届いていない人が受講して、プログラムの中で英語力を認定されればそのまま入学の道が開けるというシステムと解釈されているのだが、大学が要求する英語スコアに到達している人も受講が可能なのだ。私も一度、受講を検討したが、費用が信じられないほど高いうえ、ビザなどの手続きが煩雑だったため、あきらめた経緯がある。しかしあの時の自分に言いたいことは「大丈夫、学期が始まったら無料でEAPを受けられるから心配するな」ということである。
ほかにも、学内ではさまざまな部門がさまざまな学習サポートを通年実施している。それにしても、さすが「Inclusive」(インクルーシブ、包摂の意味)を掲げているだけあって、「誰一人として落ちこぼれを出さない」といったLSEの本気が伝わってくる充実度である。
(注1)
参照:Viola Spolin.org (https://www.violaspolin.org/bio)