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LSEのウェルカム・ウィークで胃を痛める(その1・学長のスピーチ)

 London School of Economics and Political Science(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカルサイエンス、以下LSE)は秋学期の授業が始まる前に、Welcome Week(ウェルカム・ウィーク)という気が遠くなるような情報量を消化しなければならない1週間を設けている。そこでは、大学・学部・学科・教員・施設・サービスなどの説明会や歓迎会・キャンパスツアーなどのイベント、正式な学生登録、科目登録と人気科目の選考までぎっしり詰め込んである。さらに、説明会やイベントで同席した学生と友達になるというミッションもある。全部つらい。日本語でやるならまだしも、英語である。イベントで司会が飛ばしたジョークの意味が分からなくて笑えなかったり、学生3、4人でちょっとした会話をする時にネイティブの発音が聞き取れず「ごめん、もう一回いい?」を繰り返したり、とにかくみじめな気持ちにさせられる。そして何よりも、LSEという空間で大渋滞を起こしている、世界中から集った「個性」を受け入れるのに、気力と体力をかなり消耗する。つまり、変わった人ばかりである(褒め言葉)。この1週間をなんとか乗り切った週末、へとへとになった私は、ついに逆流性食道炎になってしまった(日本から持参した太田胃散で治療中)。
 
▽学長のスピーチ
9月23日から始まったウェルカム・ウィークは、その前週に大学全体を対象としてオンラインで開催された「Welcome Presentation」(ウェルカム・プレゼンテーション)で事実上、幕を開けた。プレゼンテーションの目玉は今年4月から学長を務めるLarry Kramer(ラリー・クレイマー)教授(注1)のスピーチである。

ラリーさんは冒頭、「LSEコミュニティーに皆さんをお迎えできることをうれしく思います」と笑顔であいさつし、卒業生が23万人いるという大学のコミュニティーについて「支援的で、親切で、協力的で、そして皆さんと同じように、素晴らしい創造性と革新性を持つ人々で構成されています」と誇らしげに紹介した。その一員となる新入生に「おめでとうございます」とお祝いの言葉を述べた後、社会科学の分野で世界をリードするという教員や学部のプログラム、講演会などのイベントに触れ、「世界中のどの大学でも味わえない知的饗宴」に積極的に参加するよう促した。

ラリーさんのスピーチで印象に残ったのは、約150か国から学生が集まるLSEが、彼らに身に付けてもらおうとする、とある「力」についてである。ちょっと長いけど引用する。
 
▽「礼節と敬意をもって対処を」
――この学校には、さまざまな多様性を持つ人々が集まっています。そして、あなたとは全く異なる文化や背景を持つ人々、また、あなたとは全く異なる意見や哲学を持つ人々にも出会うでしょう。大学では、合法的である限り、キャンパス内での言論の自由を尊重しています。正直に言うと、それは難しいことかもしれません。しかし、自分の考えや意見に疑問を投げかけるような考えや意見に出合うことは、このような場所に来ることの最大の利点のひとつです。そうなることを望むべきです。私たちは、間違いなくそれを望んでいます。

時には、間違っていると思うだけでなく、あなたを不快にさせたり、あなたのアイデンティティーを脅かすような考えに出合ったりすることもあるでしょう。しかし、そこから退いてはいけません。自分と同じ意見を持つ人だけに囲まれて、自分と異なる意見を持つ人々を非難したり、彼らを排除しようとしたり、彼らを遠ざけようとしたりしてはなりません。私たちは皆さんの身体的な安全を確保しますが、知的な面では、皆さんは追い詰められ、挑戦を受け、バランスを崩されることを覚悟すべきです。そうならないのであれば、私たちは重要な点で、皆さんの期待に応えられていないことになります。なぜなら、皆さんは人生の中でそうした経験をするからです。皆さんはここを去った後、そして人生を通じて、皆さんが動揺するような考えに遭遇するでしょう。私たちは、そうした考えに対処できる力を身に付けさせたいのです。では、それは何を意味するのでしょうか?

それは、礼節と敬意をもって、激しく反対する人々に対処できる力を身に付けるということです。また、相手が何を言っているのかを理解できない場合や、そこから恩恵を受けられる可能性がある場合に、それを聞く力を身に付けるということです。さらに、相手に自分の話を聞いてもらえるように手助けする力を身に付けるということです。そうすれば、あなたも相手に対して同じことができるようになるかもしれません。対立よりも対話を選択する方法を学ぶことは、必要なことを聞くためにも、また、卒業後にできるだけ効果的に働くためにも、教育の重要な一部となりうるし、そうなるべきです。
 
▽好感度爆上がり……しかし
オンラインセッションの時間制限もあるためか、スピーチは5分程度で終わった。こんな簡潔で中身の濃い話を、昼下がりにパジャマでコーヒーを飲みながらパソコンで聞けるなんて、LSEに対する好感度が爆上がりである。わざわざ月曜の朝から校庭に呼び出されて、校長先生が風呂の栓を抜いて水の渦巻く方向を観察したら右回りだったことを発見したとかという話を延々と炎天下で聞かされた小学校時代とは大違いである。ただ、「素敵な大学だなぁ」などと現(うつつ)を抜かしていたのはここまでだった。翌週から始まるウェルカム・ウィークで、ラリーさんの言う大学の「多様性」に周りを囲まれた私は、心をもみくちゃにされ、激しい胃痛に襲われるのである。
 
※その2「LSEという獣」に続く
 
(注1)
ラリー・クレイマー教授の紹介はこちら。
https://www.lse.ac.uk/about-lse/meet-the-president
 
LSE公式YouTubeチャンネルはこちら。
https://www.youtube.com/channel/UCK08_B5SZwoEUk2hDPMOijQ

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