食事は本性が出る

 家族や友人とのランチ、職場の同僚たちと飲み会。結婚式などの改まった場面でだれかと一緒になにかを食べることを食事と言う。
 食事とは、気づかないうちに相手から格付けされてしまう重要な儀式だと痛感した。いや、させられた。

 とある職場の飲み会に参加したら食い尽くし系の男性社員が参加していた。 たしかその年の新入社員と中途入社の歓迎会だったと思う。

 上司の挨拶とカンパイの音頭が終わってみんながグラスやジョッキをテーブルに置いた瞬間、その食い尽くし系の男性は自分の近くにあった肉料理の大皿を、両手ですばやく取り上げて自分の前に置いた。取り分けてくれるのだろうと思って見ていると、いきなり大皿に自分の箸を直接突っ込み、誰にも取り分けせずに猛然と一人でたいらげてしまったのだ。
 空になった皿をテーブルに置いた男性は、口に押し込んだ料理をモグモグしながら大きな目でテーブルを見回した。
 男性の席から遠く離れたところに、今食べたものと同じ肉料理の大皿が置かれているのを見つけた男性は、わざわざ立ちあがってその場所まで歩いていった。その大皿はカンパイの音頭をとった一番偉い上司の前に置いてあったが、男性は何も言わずに両手で取り上げるとそのまま自分の席まで戻ってきてさっきと同じように食べ始めた。

 あの瞬間はいまでも忘れない。賑やかなはずの飲み会がシーンとなって、男性の咀嚼音だけが会場に響いているのだ。あの場にいた全員の目がその男性を見つめながらも、誰も何も言えずにただひたすら唖然としていた。

 これを食べ盛りの中学生、高校生がやるならまだ分かる。あるいは自宅で家族がやるならまだ許せる。
 外で、公の場で、職場の飲み会で、40代後半の社会人がやっちゃぁダメでしょう。

 このあとパートのおばちゃんたちに怒られた男性は、中途入社したばかりだったにもかかわらず3週間後に退職していった。

 
 あの飲み会のあと、パートのおばちゃんたちは職場の未婚の女の子たちに耳にタコができるほど何度も言うようになった。
「あんたたち、結婚するなら顔やスタイルよりも食生活と食べることへの価値観が合う男を選びなさいよ。こないだの飲み会のような男性と結婚したら甘い新婚生活なんて地獄の底まで吹っ飛ぶからね。」
「まったくその通りよ。顔やスタイルは多少悪くても見慣れてくるけど、食の好みや価値観が違うとほんとうに大変だからね。」
「食べ方には両親のしつけとその人の性格や家庭環境がはっきりと出るもんだ。食事のマナーができてない人間はどんなに顔が良くても結婚相手にゃ、やめといたほうが良い。車の運転と同じだよ。ハンドルを握ったとたん人が変わったようになる人間と同じだ。」

 う~ん。ちょっとストレートに言い過ぎな気がするけど。まぁ、言ってることは間違ってないと思う。

 わたしが婚活相手と食事をするとき、最初の頃はガストやサイゼリヤなどの後払い制のレストランで会っていた。しかし後払いだと、食事の後に相手からもう一軒お茶しに行こうと強引にさそわれたり、食事は奢ったんだからお茶代はおまえが奢ってくれて当然だよなと言わんばかりにワインやビールをガバガバ飲まれて、食事代の2~3倍近い料金を払わねばならないときもあった。
 それと明らかに相性が合わないとわかる相手から奢られると、食事の後にもう一軒誘われたとき、断りにくいのだ。
 婚活で紹介された相手と食事にいったとき、食事中ずっと相手の自慢話を聞かされ続けて疲れてしまったことがあった。その相手からレストランを出た直後に、いまから映画に行きませんかと誘われたのでその場で断った。
すると
「他人のサイフでタダ飯を食べられてよかったですねぇ。まだ20代なのに、こんな乞食まがいの女だから売れ残っているんだってこと、良く分かりましたよ。他人の金で食べるご飯はおいしかったですか?」
と、明らかに周囲に聞かせるための大きな声で言われた。

 大声で嫌味を言われた時、まさかそんな嫌味を言われるとは思わなかったのでびっくりして固まってしまった。
 相手は何も言い返してこない私を見て、図星を突かれたから何も言い返せないのだと思ったらしく、鼻の穴をふくらませて満足そうな顔になってから
「こんな乞食まがいなことをやってると永遠に結婚できないよ。」
と言って、立ち去った。

 相手が立ち去ったあと、全く悔しいとは感じなかった。むしろ、あの場でハッキリ断って、かえって良かったと心の底から安堵した。

 そんなとき先述の飲み会での食い尽くし系を経験したので、それ以来必ず別会計で支払いができる前払い制のバイキングレストランを選ぶようにした。自分の分は自分で先に払った方がトラブルになりにくいし、奢る奢られるのメンドクサイやり取りをしなくて済むからだ。
 実際に前払い制のバイキングのレストランの方が、相手のさまざまな面が見えるようになったので相性が合うか合わないかが、より確実にハッキリと分かるようになった。

 婚活相手の食事に対するマナーや価値観をみる方法のひとつとして、実際にやっていたことがある。バイキング料理からレモン1切れ、カラアゲ5個乗せた皿を持ってきて自分たちのテーブルの真ん中に置き、一緒に食べましょうと声をかけて相手がそれをどのように扱うかを観察するのだ。

① カラアゲに添えてあるレモンをカラアゲにかけて良いか私に尋ねる。

② 食べたい個数をさきに私に取らせてから、残りを自分で食べる。

③ 私が、「食べたい分をお先にどうぞ。」
と、勧めても私が取り分けてくれるのをずっと待ち続けている。そして
「女の人なのに取り分けてあげようと思わないんですかぁ?」と言った。

④ 何も言わずに皿を自分の方へ引き寄せて、テーブルに備え付けの醤油をカラアゲ全体にかけてから自分だけで全部食べる。

⑤ 自分の分だけ白飯を単品で持ってきて、白飯の上にカラアゲを5個全部乗せて、カラアゲが見えなくなるぐらいマヨネーズを大量にかける。さらにその上に七味唐辛子を振りかけてから、箸でグチャグチャにかきまぜて全体になじませる。そして茶碗を口元へ持っていき、一気に掻き込んだ。

 肉料理とは、男性の理性を吹き飛ばす何かがあるのだろうか?
①~⑤の行動はすべてわたしが実際に経験したもので①と②の男性の行動は理解できるけど、③~⑤の男性に唖然とさせられたのでその日のうちにお断りした。

 あれから20年以上たった今、バイキングレストランで相性を見極めようと奮闘したことは間違っていなかったと、胸を張って断言できる。

                         おわり

 




 

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