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あけました【短編小説】

※本文は1,772字。

 自宅近くの寺社に一人で参拝していたら、大学時代の友人であるアキラと偶然に会った。会ったと言うか、遭遇だから遭ったと言うほうが正しいか。
 アキラは4人の子供を引き連れていた。2人は自分の実子で、残り2人は嫁さんの連れ子なのだという。独り者の俺とは大違いだ。
 「明けましておめでとうございます!」
 両親と妹夫婦子がごった返す実家は久しぶりに賑やかだった。父は孫の顔を眺めては嬉しそうな表情を見せる。私はそんな嬉しそうな表情を見て少し幸せな気分になった。
 母が作った雑煮を食べていたら、見知らぬ番号から着信が入っていた。なぜだか、急に悪寒が走った。甥っ子へお年玉を渡そうと机に手を伸ばす。やっぱり着信が気になり、一旦席を外す。アキラからだった。
 「あっ、マサル?これってお前の番号だよな」アキラは必要以上に訊いてきた。
 「さっきはどうも。あぁ、そうだけど」
 「マサルってさあ、今日時間ある?」
 アキラの4人の子供の顔が浮かぶ。
 「悪い。妹夫婦と甥っ子が来てるから・・・」
 会うことを躊躇したのか、マサルの複雑な家庭環境を慮ったのか。とにかく、俺はアキラを傷つけないように優しい嘘を考えていた。
 断ったにも関わらず、アキラはなおも食い下がる。
 「アキラと久しぶりに酒が飲みたいんよ」
 飲みたいんよ、ってどこの方言だろう。親友だったアキラは今は普段何を考えているのだろう。ひたすらアキラのことを考えると、同情の気持ちすら湧いてきた。
 「アキラ、子供達の面倒は?奥さんは大丈夫なのか?」突然アキラの親か何かの気分になった。
 「妻?あぁ、まぁな・・・」
 突然アキラは口数が少なくなった。
 「・・・色々、お前に聴いて欲しいんだよ」
 「なんだよ、その上から目線〜」
 少しだけ、アキラが可哀想になった。
 「じゃあ、色々訊いてやるよ!」
 俺はアキラと飲むことにした。

 その日の夕方に指定されたのは二人が大学時代によく行った小さな居酒屋『邂逅(かいこう)』だった。
 古びた居酒屋は20年前と殆ど変わっていなかった。高齢の店主は数年前に亡くなったと聞いていたが、お店に入ったのは久しぶりだった。
 「じゃ、久しぶりの再会に乾杯〜!」
 俺が威勢よく声を上げると、アキラは違う違うと言わんばかりの表情をした。
 「新しい一年に乾杯〜!いや、明けましておめでとう!」
 アキラは酔っぱらっているのかと疑うぐらいテンションが高かった。
 「マサル久しぶりだな」
 アキラはやたらと気遣いの出来る人間になっていた。昔は、自分勝手でだらしないいい加減な奴だったのに。
 「アキラ、家庭はどうよ?子供4人って大変?」
 俺は勢いよくビールを口に含んだ。
 「子供?いや4人共女の子で可愛いの何のって」
 昔は「子供が出来たらプロ野球選手にしたい」と言っていたアキラからは考えられない発言だ。人間、家庭を持つと変わるものだ。俺は、急にアキラを尊敬の眼差しで見つめる。
 「ところでアキラ」
 「うーん?」
 「奥様とは上手くいってるのか?」
 アキラの表情が曇った。
 「・・・」
 「いや、まあな」アキラは苦笑いをした。
 「アキラ、まあなって。羨ましいな」
 「俺、バツ3なんだ」
 「はあ?」こう言った俺はすぐさま謝った。
 「いやいや、そんなことも含めて親友のお前に聞いて欲しいって思ったから」
 「アキラ、色々あったんだな」
 「まあな」こう言った彼は頭を掻いた。
 「結婚なんか、簡単にするもんじゃない」
 アキラはこう言うと、店員を呼び「焼酎、お湯割で・・・」と寂しく言った。先ほどまでの勢いはどこに行ったのか。
 「しんみりするのも何だから、腹に溜まるものでも注文しよう」
 「マサル、でも子供は可愛いぞ!」
 アキラは遥か遠くを見る目をした。
 「お前、彼女はいるのか?」言葉通り、アキラは今日一番の上から目線風の顔を向けた。
 俺は酒の勢いを借りて勢いよく言う。
 「俺は、まだ女性経験がないからな!」
 今日二度目の沈黙が流れた。隙間風のみたくスーっとしたものでは無く、チーンと耳鳴りのような寂寥感があった。
 アキラは突然大笑いをした。
 「こりゃあ、マサルに全部持って行かれたな〜」
 「俺を馬鹿にするなよ〜」それを見た俺も、半ば自虐的に笑い返した。
 中年二人の大きな初笑いは、狭い居酒屋内に響き渡って、やがて野太い高笑いになっていた。

 【了】

上記作品は、花澤薫さんの以下の個人文芸賞に応募させて頂きます。


花澤薫さんの著作プレスリリースは以下のURLになります。

https://presswalker.jp/press/20259  




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