夢のような恋人【掌編小説】
※本編1,867字
本作品はフィクションです。
人は誰しも夢の中で昔の恋人と遭遇することがある。幸せな家庭を築いてフト後ろを振り返った時、子供は男の子が欲しかったのに三姉妹だった時、実の母が亡くなった時。心に空洞を作ってしまったら、昔の彼女にフト逢いたくなる。
だが、昌也はいずれにも該当せず、昔の彼女が突然亡くなったと知ったのだった。信じ難いが、『訃報。仲山知美・45才』とインターネットニュースに流れていたのだ。
同い年で10年前に別れた。小柄で小動物みたいに可愛いらしく愛嬌があった。昌也は両親、二人の妹達にも紹介しており周囲からは間違いなく結婚するものだと思われていた。
しかし、昌也は知美に内緒で1,000万円の借金をしていたことが発覚した。それが原因で彼女の母親が結婚に猛反対をし、二人は破談せざるを得なくなりやむなく別れた。
昌也は知美をキッパリ諦めて、すぐに三歳年上のユナと出会った。知美への腹いせとばかりに半年後にユナと電撃入籍した。ユナは年上であったせいか、昌也は知美といた時よりも気を遣わなかった。今年で結婚して丸10年。昌也は3人の子宝(二男一女)にも恵まれ今年45歳になった。そんな最中での昔の彼女の訃報だった。
知美は名字が変わっていなかったからおそらく生涯独身だったのだろう。別れた当初は知美に裏切られたような感覚だったが、なぜだか遠い親戚が突然亡くなったような気分に襲われていた。
「俺たち一生いっしょだよな?」
新宿の古びた喫茶店で将来のことばかり話していた。二人は間違いなく、本気で結婚を考えていた。
「昌也は子供は好き?」知美は氷の入った水出しコーヒーをストローでチビチビと吸い上げた。
彼は、もちろんとばかりに言い放ち知美の求める回答を数回満面の笑みで繰り返した。
知美は幼稚園教諭だったから、結婚相手は子供好きが絶対条件だった。昌也は知美が子供好きだと知っていたから無理に子供好きを公言していた。本当は子供があまり好きではないのに嘘をついていた。
「わたし、仮に今35才で子供を産むのだって決して若い年齢じゃないと思うの」
昌也は満面の笑みで知美の肩を触った。本当は励ますつもりなど毛頭なく、もう少し結婚時期をずらしてあわよくば出産適齢期を逃してやろうと思っていた。そもそも、知美の父は神奈川県でも有数の機械メーカーを経営しておりレアな製品を扱っていた。その為、昌也は仲山家の婿養子になって跡を継ぎたいと思っていた。ギャンブルで膨れ上がった借金1,000万円を返済することを目論んでいた。そもそも、そんなに知美のことが好きではなかった。
今日はいつもの店内とは何もかも様子が違う。いつもはニコニコと笑っている知美が鬼のような形相で昌也を見つめている。しかも、店員が妻のユナではないか。
「お待たせしまし・・・、あっ」
妻はこう言って、昌也のドリンクをテーブルに置くと思わず言葉を飲み込んだ。
(これは夢だから大丈夫だ)そう思った昌也はまだ余裕の笑みだ。
「あんた、ここで今何してんの?」
みるみるうちに妻が、知美の眼前で激怒しているではないか。
昌也は見たことのない血相に突然、我に返った。
「大変申し訳ございません」
両手のひらを地面につけて、土下座を始めた。それを見た知美は少し驚いた表情をした。昌也の土下座なんか見たことも考えたこともなかったからだ。
昌也の頭の中は現実と夢とがごちゃ混ぜになっており、区別がつかなくなっていた。
「ってか、ホント、このオンナ誰?」とユナ。
「昌也、このオバサン店員知り合い?」と知美。
両者とも一歩も引かず、昌也は二人に挟まれるような格好になった。
昌也は訳が分からなくなり、パニックになり更にはあまりの緊張にフフッと思わず声を出してしまった。
「この結婚詐欺師!」知美は何かを思い出したように叫んだ。
「はあ?」昌也はこう言い返しながら自らの1,000万円の借金が元で詐欺師扱いされたことを疑問に思った。
(これは夢だ)
ようやく気付いた昌也は自らの頬を強くつねった。
「はああああああああああ」
絶叫と共に昌也は目が覚めた。
「あんた、夜中じゅう凄くうなされていたよ」
妻のユナが心配そうな表情を浮かべた。先ほどの夢の中とはまるで別人のようだ。
「死ぬかと思った。夢の中で」
昌也はこのたった一言だけを呟くとユナを凝視した。全ては夢の中の出来事だったのだ。
明朝の日差しが強く差し込むように、知美がフト頭に浮かんだ。もう世の中にいないはずなのに。昌也は、知美が死んだことが夢だったらいいのにとただひたすら祈った。
【了】