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筋書きのないストーリー【ショートストーリー】_第五回私立古賀裕人文学賞投稿作品

 「いいですか、みなさん。今日の宿題は、家族全員分の座右の銘ですからね」
 教室中の皆が一斉に無口になり、状態が引き潮と化した。教師よ、どうしてくれるこの空気。
 家族間のコミュニケーション不足が昨今の問題とはいえ、座右の銘を家族全員から聞き出すなんてあまりにも野暮過ぎないか。世知辛さを通り過ぎて、もう笑うしかない。
 帰宅した後は自室に一人こもった。誰か話しかけてくれないかな、と考えてみてもすぐに切り出せる内容では無いから心は益々閉塞感で覆われる。
 「マサノリ、ご飯の用意が出来たから一階にいらっしゃい」
 母の声がいつもより甲高く聴こえた。僕を呼んでいるだけなのに、怒られているみたいだった。
 「マサノリくーん。早く降りておいで」しびれをきらした母の声が今度は逆に優しく聞こえた。母は苦しい思いをして僕を産んでくれたんだ。何より愛が深くなくては子供なんぞ産めないはず。母の名前が『愛』だけに、母の座右の銘は『愛』にでもしようか。いや、待て、念のために訊いてからにしよう。訊くというより、確かめてみるべきか。愛だけに。
 父はどうだろう。名前が『誠』というだけあって仕事に対しては実直で真面目に行っているだろう。一流商社の役員にまで登り詰めたぐらいだから、堅物を絵に描いたような人間なのだろう。そのままだけど、父の座右の銘は『誠』にしておこうか。
 いや、母に最後訊いてみてからにするか。今まで浮気があるか、ないか。
 夕食後に父と母に恐る恐る訊いてみることにした。
 「何か悩みでもあるの?」
 「ザ、ざっ、座右の銘ってありますか?」
 「はぁ?」
 父と母は漫画のように両目を寄せた。
 「そんなの訊いてどうすんの?」
 「これ・・・今日の宿題」僕はこう言って、【座右の銘:父は誠、母は愛】と薄く綴った跡をなぞった紙をズボンのポケットから取りだしチラ見をした。決して二人の眼には映らないように。
 「何か恥ずかしいな」父と母は、鼻で笑いながも一様に恥ずかしそうな表情を見せた。父は恋侍で、母は乙女娘みたく。

 父と母はお互いに目を合わせた。
 僕はそれを見て幸せな気分になった。
 家族って、ふとした瞬間に想い合えるんだ。

 「マサノリ、マサノリ」
 「あっ、えっ」
 摩訶不思議さに浸っていた僕は自らの世界でしばらく目を閉じていた。母の声で醒めた。

 翌日、僕はひどく緊張していた。
 「じゃあ、皆さん昨日の宿題を発表してもらいます」
 「古賀君、座右の銘を発表してください」
 「はい」
 教室中が異様な静けさに包まれた。
 「『愛と誠』です!」
 引き潮は今日も絶好調だった。

 【了】

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