地球最後の日は きっと燃えている【掌編小説】
※本文2,857字。
今日が地球最後の日らしい。ウストラダムスという昔の偉い人が予言した。地球が無くなる、人類が滅亡する。考えただけで何も身動き出来なくなるほどの地獄絵図だ。そう予想を全世界に発表したウストラさんは最初に何を思ったのだろうか。
僕は、朝3時に目が覚めた。目が覚めた瞬間、バチっと衝撃音が耳に聞こえて身体全体が激しく震えた。鼓膜が破れた音では無く、昨夜から付けっぱなしだったテレビの画面が消えた音だった。まず最初に恋人のユリに電話をかけた。なぜか手が震えている。
「地球最後のおはよう・・・」
掛けた自分で言うのも変だが、なぜかというかユリは電話に出た。
「しかも、日曜日だね!」
彼女はテンションが高かった。
もう、いつ死んでも後悔しないように明るく振る舞っているのか。単純に、女は強いのか。
【日曜日】というキーワードはやたらと僕の脳内でウロウロとしていた。日曜日という、本来一週間頑張った人間に与えられる褒美のはずが天罰のように感じるなんて。......どうしてこうなった。
「俺たち、まだ付き合って一週間だけど結局何も無かったな・・・」僕はこう言うと、涙がボロボロこぼれてきた。
「そんなことないよ。私、アキラと出逢えて良かったよ」
ユリは気丈だった。僕は幸せに出来なかったことを嘆いているのに、何とも思っていないようだった。
「ユリ、でも俺の前に好きだった人がいたって言っていたじゃん」僕は不謹慎にもユリの過去を聞きだそうと、なぜか躍起になっていた。
「ああ、アレ? 私が一方的に好きだっただけだよー」ユリはあっけらかんと答えた。しかも僕の勘違いで、単純な片想いだった。
「私、誰とも付き合ったことないし・・・」
ユリは何の躊躇もなく、自らの恋愛遍歴についてポツリとつぶやくように言った。
会って話すような事柄を電話で話せるのも地球最後の日がもたらした功罪なのだろうか。少し変なことを聞いても良いのかもしれない。
「俺って、性の対象?」
後悔しつつも、勇気を振り搾って僕は訊いた。
「いや、まだ分からない」ユリはどこまでも冷静だった。いや、淡白だった。
「・・・でも、一緒にいて楽しいかな、って思ってはいるよ!」
僕は、彼女の一言に歓喜した。でも、まだ性的な目では見れないらしい。まだ、付き合って一週間だもんな。付き合って初めての日曜日だしな。
「でも、ユリと日曜日のデートとかもっと行きたかったよ!」
「うん。私も。もう、恋人同士だしね!」
僕たちは意気投合して、恋人というよりも永年連れ添った同士みたいになった気がした。
「日曜日は月曜日の影がチラつく不穏な日だけどユリとならハッピーな一日が過ごせそうだったんだけど」僕はそう言ったきり言葉が出なかった。
「アキラは哲学者みたいだなぁ。そんなことより、今日会う?」
まるで、肝心なことを忘れていたような言い草でユリは訊いてきた。地球最後の日は両親に会おうと思っていたのだった。
「いや、色々と身辺整理でもしようかな。と。あと、親の顔を最後に見たいと思って」
「それなら残念。まだもう少しだけアキラと話したいと思って・・・」
ユリは身体の奥底から湧き上がったような低音でポツリと言った。地球最後の日を誰よりも恋人と過ごそうと思っていたのはユリだったのかもしれない。29歳にして天涯孤独なユリに親族について話したことを悔悟した。
そんなことを考えていると、母から携帯電話に着信が入った。僕は悪寒がした。
「ちょっと待って。すぐに折り返す!」
「アキラ。落ち着いて聴いてね・・・お父さん縊死した」
父が?
僕は意味が分からず、さらには何が起こったのか理解出来ない状況だった。
発作的に母へ頭に浮かんだ言葉をぶつけていた。父との思い出が自分でも信じられないくらいに幾万の星々みたく蘇っていた。
僕は泣くことすら出来ないくらいに現実を受け入れられずにいた。なんて悲しく淋しいんだ、人が死ぬということは。人類が滅亡したらこんな悲しみなど比にならないのだろうか。同じ県内にある実家へ向かう道すがらそんなことを考えていた。
実家に到着したら、母が泣き崩れていた。母にとっては一番身近で最愛の人だからそうなるのは当然なのだろう。
父は寝室のベッドに横たわっていた。目は閉じられていて、口元が少し赤くなっていた。恐らく血が流れたのを母が拭き取ったのだろう。首を閉められた時に、歯を食いしばったのか口が半開きになっていた。よほど苦しかったのだろうか。
父に寄り添って呆然自失の僕に母が遠くから声を掛けてきた。
「お父さんねえ、昨日アキラのことばかり話していたんだよ」
何だろう。何か父に悪いことでもしたのだろうか。少し怪訝な表情で母のほうを振り返った。
「アキラの嫁さん見たい、見たいって・・・」
母はそう言うと声を上げて泣いていた。母の前ではまだ泣かないつもりだった僕も子供のように泣きはじめた。
父からは、いつも説教しかされた思い出がない。だから父のような大人にはなるまい、と決めた節があった。定職に就かずギャンブルと酒に溺れて、母に暴力を振るう大人にだけはなりたくなかったのだ。家庭内暴力から逃げるように一人暮らしを始めて、愛が欲しくなった頃にユリに出逢った。愛に飢えた僕が掴んだ幸せを父に見せるつもりは毛頭なかった。
父のことは反面教師的な見方でしか見れなかったことを今は悔やんだ。父は父なりに懊悩していたのか。今はもう知る術を失っていた。
「お父さんね、65歳を越えた去年あたりから仕事には就いていたの」
母から思わぬ一言を聞いた。
驚いた。涙を拭うのを止めて、母にエッと聞き返す。
「でも、土方の仕事で頭領さんと合わないと毎日言っていた」
父は真面目に生きていたのだ。父なりに一生懸命にもがいて足掻いて世の中を渡っていた。
「でね、お金貯めてアキラの結婚資金を出すんだって」母はそう言うとまた泣き崩れた。
少し信じられなかったが、父は息子の未来を楽しみにしていたことが分かった。心が痛いと思うばかりに。
そっか、とつぶやいた僕は急にユリに甘えたくなった。ユリは今、何をしているのだろう。今は人のことを考える心の余裕はなかったが、頭の中が急に安倍百合のことを考え始めた。こんなに今は悲しいのに。いや、ユリを一目でも父に見てもらいたかったと心が叫んでいたのだろう。気がつけば、今日が地球最後の日だということを忘れていた。
庭に出て一本煙草を吸った。吐く煙の中に父がうっすらと見えたような気がした。外は赤く燃え盛るように大きな太陽が顔を覗かせていた。太陽が燃えているように赤々としていた。今日は大晦日なのに、熱射が激しく真夏のようだった。太陽は本当に燃えているのか、よく小説や漫画で見たような光景が眼前に現れていた。直視すればするほど、まるでこちら側へ近づいて来ているようにも見えた。
僕は少し生きることが怖くなった。臆病になっているように思った。気がつけば、ユリの名前を何度も太陽に向かって呼び叫んでいた。
【了】