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〈ネガティブな過去を語ること〉
今日は少し過去の愚痴を言わせてください。
みなさん学生時代は体育祭派でしたか?
それとも文化祭派でしたか?
そんな私は学生時代、
私の通う学校は文化祭は一斉一大のお祭りでした。
そもそも、この力を入れた文化祭の為に
他校からも訪れる日がいるほどに
朝からはじまり
昼は演劇、縁日で食べ物を売る
音楽、ダンスのライブ、チア
出し物、お化け屋敷、コスプレ、
もう盛りだくさんな訳です。
私は球技中心の体育祭は苦手であったため
もっぱら応援に力を注ぐ派でした。
その頃少し、環境が変わったことがあり
私の中には徐々に空虚感に苛まれておりました。
この空虚感を埋めるためにですね
いまでは考えられませんが、
予定を隙間なく埋めつくしました。
学校→アルバイト→自宅
学校→部活→自宅
の中に、まずはやったこと。
⚪︎クラスの文化祭実行委員
⚪︎学年全体の文化祭実行委員
⚪︎部活のかけもち(部活内で2つの事柄に取り組む)
⚪︎生徒会役員(1年生から)
⚪︎ダンス部、バトン部の公演の際の照明担当
⚪︎ファッションショー
⚪︎クラスの出し物演劇の練習
⚪︎学校近隣住宅街への、文化祭花火打ち上げの承諾及び挨拶周り
気持ち悪いですが、羅列させてください。
(とくクラスの出し物の演劇の中、殺陣の練習は才能がなく上達しなかった)
ひとつひとつは細かく書くと面倒なので省きますが
とにかくとにかく私は予定でぱんぱぱぱんにしたかったんです.
勿論アルバイトも並行して行っていました。
恐らくその頃の私の脳内は
これだけ頑張れば、誰かの役にたつだろうと...
(ちなみに勉強には手をつけていません笑)
まず、救いは部活が文化部でゆるかったことでした。
激しい朝練や昼練がある運動部と違い
時間比較的余裕があったんですね.
ただ部内では掛け持ちはしていたので
人より練習量は倍でした、、、
家に帰るとひたすらに筋トレと練習をする。
ご飯だよーと呼ばれてもひたすらに練習。
そして実行委員の方ではクラスの意見をまとめて
学年全体へのアウトプットを行い
そこでよりよいものを作る為に意見を出し合うこと。
皆「これした〜い」「あれした〜い」が多い学校でした。
これらは全て授業内ではなく、休み時間や昼休み放課後に行われたので、日程が近づくと物理的にやりたい事やスケジュールの関係できついと感じることもありましたが、心のどこかで「やり切ってやる!」
という想いもたしかにあったの思います。
文化祭をいいものに仕上げたい!
そう熱い、まるで松岡修造氏のようなマグマのように燃える熱い想いが心のどこかにありました、、🔥🔥
◇
そして迎えた
文化祭1週間前。皆ソワソワしている🐥🐥
キラキラと光りはじめる校舎、
汗水を垂らして練習したクラスの演劇。
えーやーはー部活動に励む運動部の練習の声が響いていました。
(クラス、各々が題材を自由に選び各自で脚本と監督を決め演劇をすることが決まりでした♪)
苦手な朝も野球部くんの次くらいに学校に登校し(6時半とか)
生徒会室で企画立案を行い、本番へ向けて入念に下準備。
空いている時間や放課後は、クラスの演劇の練習。
(剣道部の子に教えてくれる殺陣が全く上達しなかったな...)
休日は、部活の自己練、そしてグループでの練習を繰り返し。自分のクラスの演劇の殺陣を練習。
そしてファッションショーの準備。
ダンス部とバトン部の館内放送及び照明の最終確認及びリハーサル。
えっ仕事ですか?
でも素直にたのしかったんです。
少しばかりのやり甲斐も感じていました。
当日はというと、濃密なスケジュールが出来上がっていましたがひとつひとつこなしていくこと、
やり終えたあと心は充実感に満たされていました。
それなりに楽しくも過ごせたし、
忙しかったけれど中々に成功したんじゃない?って。
◇◇
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最後は校庭から花火が打ち上がり、
「わぁ〜綺麗だね」と歓声が上がる。
皆が盛り上がっていて
私も「ほっ良かった」
生徒会の皆で決めた「学校のイメージキャラクターのオブジェ」も他校生徒に大人気でした。
他校生徒に携帯で写真を撮られる自校のオブジェ..を見つめては
はぁ頑張って考えた甲斐が良かった。と思えたのです。
◇◇◇
するとその後、
いつも通り学校からアルバイトへ行く途中
無性に虚しくなったのです。
私なにやってるんだろうと
果たして本当に人の役に立つ事は出来たのだろうかと
一種の燃え尽き症候群のような感覚でした。
アルバイト先は1年の頃から勤めていた歯医者で、
主に雑用係を、任されておりました。
出勤すれば今日の患者の予約内容やカルテの整理をし、
そこからは清掃へうつり石膏を流したり、院内掃除、
殺菌滅菌をした器具を片付けたりと、そんな感じです。予約が一番混み合う夕方になると受付の補助に入り、ひと段落落ち着けば、
歯科衛生士さんの助手を行うルーティンでした。
高校生ながらにちゃんとした時給もいただいていました。
この学校の勉強とも部活とも違う
淡々とと流れていく時間が好きで、気づけば高校1年生のなりはじめに始めたアルバイトは
3年近く経とうとしていました。
◇
文化祭も終わり、私ももうすぐこのアルバイトも終わる。
するとある日、混み合う時間が終わり
徐々に患者さんが減る中に
ゴム手袋を、した手で器具を滅菌するために
カチャカチャと音を洗っていると涙が出そうになりました。
私何のためにに頑張ってたんだろうと
沢山の役割を受けた割にそれ程役に立ってなかったのではないのかと
自分の存在がミジンコのように感じてきて
そういう虚しい気持ちが込み上げてきたのを覚えています。幸いなことに歯医者の治療の音と器具が鳴らすカチャカチャという音のお陰で
私の心の波は次第に誰にも気付かないところで
落ち着いていきました。
ただ、そのアルバイトの帰り道
外はもう冬空で真っ黒の中で
家に向かう並木道の途中で空を見上げたら
涙が止まらなくなりました。
住宅街で誰も通らないのをいいことに
私はipodを取り出して
浜崎あゆみさんの大好きな「HANABI」を耳に流しました。
あのやりきった後夜祭の後にみた校庭での花火...
綺麗に彩られた空間に
湧き上がる声援
冬の寒い夜空が凍てつきはじめた季節。
心もいつの間にか限界が来ていました。
浜崎あゆみさんの「HANABI」を
青く光る夜空を見上げて聴くと
するっと大粒の涙が身体の液体が出ました。
いつの間にか、少し晴れやかな気持ちになっていました。
まだ泣きたい気分ではあったけれど、
家の玄関に着く前には涙は拭いて
家族にはいつも通りの笑顔で
「ただいま」と明るい声で扉を開けようと誓いました。
ただどこかでわたし泣いてたのかな?
なんてね。
おわり.
浜崎あゆみさんの『HANABI』。
同世代の方は聴いたことがあると思います。
もし知らないという方がいらっしゃれば、
再生ボタン、是非ぽちっと押してみてください。
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