古文単語について考える回(1)~大学受験生応援コラム3月
テーマは「ほだし」。「すくせ」「ちぎり」とは違う
’** 0 はじめに ***
当コラムに目を留めていただき、ありがとうございます。大学受験国語の勉強に資する内容提供を目的として書いています。
世間ではそろそろ入試シーズンも終わり、4月以降の新年度に向けて動き出す時期になっています。受験参考書コーナーを覗くと、いるわいるわ、勉強のために本を買い求める受験生が。
参考書や問題集選びは悩み多きものですが、今回のテーマである単語集に関しては、現役時代に使っていたものをそのまま使う方がよいと思います。正直、どれも大同小異です。
自分が使っていた(それは大体、高校時代に学校で買わされたものでしょう)単語集では何か足りない気がする、のでしょう。しかし5秒だけ考えてみてもらいたい。「あなたは、その単語集に掲載されている単語や説明を、どのくらい身につけましたか?」。
では、始めます。
’** 1 古文単語「ほだし」 ***
「ほだし」という古文単語があります。「絆」という漢字が当てられており、辞書によれば「人を束縛するもの。何かをするのに支障となるもの」という意味です。私は先輩教師の説明を拝借して「人間関係の束縛」と説明しています。あくまで、現世における人間関係のことをこの語で表すのであって、前世からの因縁を表す「すくせ(宿世)」や「ちぎり(契り)」とは異なります(「ちぎり」は前世からの因縁だけを表すわけではないけれど)。
この語は大体、どの古文単語集にも掲載されているはずのものです。例えば、今手元にある『古文単語315三訂版』(桐原書店)では210頁に載っています。少し後ろの方のページではありますが、重要語という扱いです。ちなみに例文には、「恋人は出家の妨げ(これが『ほだし』)になる」という意味合いの和歌が採られています。
辞書の話に戻りますと、「ほだし」の後に「ほだす(絆す)」という動詞が掲載されています。「ほだし」の基になっている単語で、「情愛で束縛する」という意味です。先に挙げた単語集の例文と同じような意味合いです。
これが現代語になりますと、「ほだされる」という形で残っています。「束縛される(特に人情に)」という意味です。「情にほだされて」というやつですね。ちなみに、最近の10代にはこれはほぼ通じません。この辺りが、受験生の弱点「和語の弱さ」です。
以上をまとめますと、「ほだし」とは「何かをするのに支障となる人間関係の束縛、例えば情愛」とでもなるでしょうか。この「何か」とは何か? そして出題文中の「ほだし」が示す人間関係とは具体的に何か? を考えることがポイントになるように思います。
’** 2 91年度センター試験古文問1 ***
もう30年以上前ですが、91年度のセンター試験にこの「ほだし」が出題されました。問1の語句問題です。まずは問題と選択肢を以下に示します。
問題:「去りがたきほだし」の解釈として最も適当なものはどれ?
選択肢:① のがれられない束縛
② 避けられない運命
③ 身動きの取れない重み
⓸ 消し去ることのできない関係
⑤ 断ち切れない固い結びつき
先の説明によれば、答えは①になるでしょう。辞書の説明にもろに「束縛」と書いてありますから。
⓸の「関係」、⑤の「結びつき」。どちらも要は「関係」ですが、これだけでは束縛や支障にはなりません。また「ほだし」は語感としてネガティブなイメージを持つ単語ですので、⑤のようなどちらかと言えば肯定的な語感を持つ選択肢はアウトになります。
②ですが、先に動詞「ほだす」で書いたように、人がこの世で何かをするときに支障となるものを「ほだし」と表現します。例えば情愛のような、主に人間関係の束縛を指します。従って、この語には運命や宿命は関係ないことになります。③はもういいでしょう。
このように単語の意味を踏まえて、本文もなしで「はい、選んでください」となれば、ほぼ皆さん正解します(そりゃ、そうだ)。
ところが、私の見たところ、受験生が選ぶ最も多い答えは…なんだと思われますか? 実は②なのです。
次回はこの辺りの事情を、原文を見ながら考えていきます。