創作都市伝説 紫の鏡 Dr桐生麗は呪いを支配する。
あらすじ
日本各地で、20歳の誕生日直前に奇怪な死を遂げる若者が続出。
その現場では、必ず紫色に塗られた手鏡が見つかるという不可解な共通点が存在した。
この事件を都市伝説「紫の鏡」の呪いとして恐れる世間の動揺を受け、政府は対策を講じるために若きNLP(神経言語プログラミング)の専門家、Dr.桐生麗に協力を依頼する。
麗は、自らの過去のトラウマと向き合いながら、呪いの謎とその背後に隠された真実を解き明かすため、未曾有の闘いに挑む。
呪いの原因は本当に超自然現象なのか、それとも人間の心理に潜む恐怖心が招いたものなのか――。
主な登場人物
主人公
Dr.桐生麗(きりゅう うらら)
年齢: 27歳
職業: NLP(神経言語プログラミング)研究者・大学准教授
容姿:
身長138cmと小柄だが、引き締まった体格。
黒髪ロングヘアをポニーテールにまとめている。
童顔で人形のような整った顔立ち。普段は白衣の下に黒のタートルネックとデニムを着用し、研究者らしい簡素なスタイル。
性格:
冷静沈着で、論理的。
好奇心旺盛で、未知の現象にも臆することなく立ち向かう。
幼少期のトラウマから幽霊や都市伝説に特別な関心を持つが、それを隠している。
好きなもの: 読書(心理学や哲学)、クラシック音楽、紅茶、猫
嫌いなもの: 無駄話、嘘、高所
特有の仕草: 考え事をするときに髪を耳にかける癖。目が輝くときは何かを閃いたサイン。
口癖:
「ふふっ、面白いですね。」
「人間の心は、本当に不思議です。」
「さあ、始めましょうか。」
登場人物
1. 小野寺信吾(おのでら しんご)
役割: 内閣官房の危機管理担当官。桐生麗を政府対策チームにスカウトした人物。
年齢: 35歳
職業: 内閣官房・危機管理部門リーダー
容姿:
身長182cm、がっしりとした体格。
短めの黒髪に眼鏡をかけ、スーツ姿が基本。
表情は常に真剣で、威圧感を持つが笑うと親しみやすい。
性格:
責任感が強く、理知的で実務能力に優れる。
感情表現が苦手で、しばしば「冷たい」と誤解されるが、内面は人情深い。
好きなもの: 渓流釣り、日本酒、歴史書
嫌いなもの: 無計画な行動、不確実なデータ
特有の仕草: 話をするときに手で顎を触る癖。重要な話題では声が少し低くなる。
口癖: 「現実的に考えましょう。」
2. 佐伯奈央(さえき なお)
役割: SNSやネット上で「紫の鏡」を調査するITジャーナリスト。桐生麗の協力者。
年齢: 30歳
職業: フリーランスのジャーナリスト
容姿:
身長165cm、スレンダーな体型。
髪はボブカットで明るい茶色。カジュアルな服装が多いが、調査時は動きやすい格好を意識。
メガネをかけ、スマートな印象。
性格:
明るく社交的で、情報収集能力が高い。
危険を恐れず突っ込む大胆さを持つが、慎重さに欠ける面もある。
好きなもの: ミステリー映画、コーヒー、アプリゲーム
嫌いなもの: 嘘つき、機械のトラブル、虫
特有の仕草: ノートパソコンを開いて膝の上で作業するのが癖。目を細めてスマホをじっと見つめることが多い。
口癖:
「これ、SNSで炎上しそうだね。」
「ちょっと調べればわかることだよ!」
3. 緒方泰明(おがた やすあき)
役割: 紫の鏡の製造元に関与していた科学者。事件のカギを握る謎の人物。
年齢: 60歳
職業: 元軍事研究者・心理戦兵器開発者
容姿:
身長170cm、痩せた体型で老けた印象を与える。
白髪混じりの髪を整えず、無精髭を生やしている。
ボロボロのコートと古びた鞄を愛用。
性格:
隠遁生活を送る謎めいた人物で、人嫌いだが根は誠実。
過去の行いに強い罪悪感を抱えている。
好きなもの: 研究データ、囲碁、ビターチョコ
嫌いなもの: マスメディア、軍事関連の話題、暴力
特有の仕草: メモ帳を手に持ち、つねに何かを書きつけている。
口癖: 「科学は、使い方次第でどこまでも愚かになれる。」
4. 宮島詩織(みやじま しおり)
役割: 紫の鏡の呪いに巻き込まれた被害者の生存者。麗に重要な情報を提供する人物。
年齢: 19歳
職業: 大学生(文学部)
容姿:
身長150cmで華奢な体型。
長い黒髪をいつもストレートにしている。
儚げな雰囲気を持つが、瞳の奥には強い意志を感じさせる。
性格:
内向的で控えめだが、芯が強く好奇心旺盛。
紫の鏡事件を通じて成長していく。
好きなもの: 読書(特に民俗学や怪談)、抹茶、夜空
嫌いなもの: 大声、孤独、虫
特有の仕草: 話すときに手を服の袖に入れる癖がある。
口癖: 「私、まだ忘れたくないんです……。」
創作都市伝説「紫の鏡」 Dr桐生麗は呪いを支配する。
~記憶の呪縛~プロローグ
私は昔から、心の奥に小さな影を抱えていた。
それは、どこから来たのかもわからない恐怖心のようなものだ。
幽霊でも怪談でもない。
ただ、私の心を掴んで離さない、一種の暗い囁きのようなものだった。
だから、あの都市伝説――「紫の鏡」のことを初めて耳にしたとき、私は自然と背筋を冷たいものが走るのを感じた。
「20歳の誕生日までに『紫の鏡』という言葉を覚えていると、不幸が訪れる」。
そんな話がどうしてここまで広まったのか、私には正確にはわからない。
けれど、この都市伝説には独特の引力があった。
大学生のころ、友人の間で何度か「紫の鏡」の話題が出た。
誰かが怖いもの見たさでその名前を口にし、みんなで薄暗い部屋で身震いしながら、まるで儀式のように恐怖を共有する。
そのとき、私は決まって話を聞く側に回った。話に深入りするのが怖かったからだ。
あれから10年以上が経ち、私は「人間の心の不思議」を解明する研究者になった。
皮肉なものだと思う。
過去の恐怖を乗り越えたいと思って選んだ道が、いつしか仕事そのものになっていたのだから。
そんな私が、あの事件と対峙することになるとは――。
最初にその話を聞いたのは、あるニュース番組だった。
テレビ画面に映るアナウンサーが、眉間にしわを寄せながら深刻な声で話していた。
「全国で、若者が20歳の誕生日を迎える直前に相次いで亡くなるという奇怪な現象が報告されています。この事件の現場では必ず紫色に塗られた手鏡が見つかっており、ネット上では『紫の鏡』と呼ばれる都市伝説との関連性が取り沙汰されています……。」
思わず手にしていたカップをテーブルに置いた。
紫の鏡――。
そんな偶然があるものだろうか? 画面越しに見せられた鏡は、よくある手鏡の形をしていた。
ただ、それが「紫」という色だけで、得体の知れない存在感を放っているように見えるのは、私がその名前に囚われているからなのかもしれない。
それから間もなく、内閣官房の小野寺信吾氏から連絡が来た。
「国が調査を進めている奇妙な事件に協力してほしい」というのが彼の言い分だった。
私は、その依頼を受けることに少しも迷いはなかった。
調査は、最初から不気味なものだった。
事件の犠牲者の一人である大学生の部屋を訪れた私は、そこで初めて問題の鏡を目にした。
それは、他の手鏡と変わらない形状だったが、塗られた紫色のペンキがどこか不自然だった。
ペンキの表面は細かいひび割れを起こしていて、古びているのに不気味なほど強烈な印象を残した。
「この鏡を見た人は、何か共通点があったりするんでしょうか?」
私は同行していた捜査員に尋ねた。
「ええ、呪いを知っていた人ばかりだそうです。死因はバラバラですが、必ず鏡が現場に残っている。しかも……。」
彼の言葉が途切れる。
その代わりに指差した鏡の表面を、私はじっと見つめた。
鏡に映る私の姿。その後ろに、ほんの一瞬だけ誰かの影が見えた気がした。
「紫の鏡」本編 - 第一章: 不穏な影
あの日、私は確かに鏡の中に影を見た。
だが、それが錯覚であると自分に言い聞かせるまで、数秒以上を要した。
気を取り直しながら私は再度、事件の現場に目を向けた。
部屋には生活感が残る。
亡くなった被害者――19歳の女子大学生の遺品がまだそのまま置かれていた。
「紫の鏡」について調べているうちに分かったことがある。
この事件は、全国各地でバラバラに発生しているにもかかわらず、共通点があまりに多いということだ。
20歳の誕生日を迎える直前、必ず紫色の手鏡が郵便で届けられ、それを受け取った若者が短期間のうちに死亡する。
「郵便の差出人は分からないんですか?」
私は捜査員の一人に尋ねた。
「調べてみたところ、全て架空の住所を使っていました。郵便局内でも管理の抜け穴を使われている可能性が高いです。」
「そんなことが……」
理屈では説明できない不可解な現象。
それは、心理学者としての私の好奇心を掻き立てると同時に、背筋をひやりとさせるものだった。
この鏡は単なる道具ではない。
そこには、人の心に触れる何かがある。
部屋を後にした私たちは、次に鏡を分析するために大学の研究室に戻った。
被害者の家族の許可を得て持ち帰ったその鏡を、机の上に置く。ライトに照らされると、紫色の塗料が妙に艶やかに光って見えた。
「さて……どこから始めましょうか。」
私はポニーテールを直しながら、分析装置を手に取った。
心理学だけではなく、鏡そのものの成分や化学的な特性を調べる必要がある。
すると、突然研究室のドアがノックされた。
「失礼します。」
現れたのは、内閣官房の危機管理担当、小野寺信吾だった。
スーツ姿で立っているその佇まいには、どこか冷徹な印象を受ける。
「結果がどうであれ、急いでほしい。明日も新たな被害者が出る可能性があります。」
「ええ、わかっています。」
私は短く返事をしたものの、その目の奥には不安が見え隠れしていた。
鏡に触れるたびに心がざわつく。
これはただの化学的な問題や単純な犯罪ではないかもしれない――そう直感していた。
第二章: 呪いの痕跡
翌日、私は「紫の鏡」についてもっと情報を集めるため、協力者のジャーナリスト、佐伯奈央に連絡を取った。
彼女は都市伝説やネット上の噂に詳しく、この事件に関心を持っている数少ない人物だ。
「桐生さん、例の鏡について、SNSでちょっとした話題になっていますよ。
特に投稿の中で目立つのが、『鏡に触ると幻覚を見た』とか、『自分の姿が歪んで映る』という報告ですね。」
「幻覚……?」私は考え込んだ。
被害者の中には、死亡直前に「異常な視覚体験」を訴える者が少なくなかった。その多くが恐怖心を煽られる内容だったという。
「ねえ、桐生さん、これってやっぱり心理的なものなんですかね?」
「可能性は高いけど、鏡そのものの構造や塗料も何かしら関係しているはずよ。」
佐伯の手元のスマートフォン画面には、「紫の鏡」についての無数の投稿が並んでいた。
「呪いの解除法」や「鏡を見てはいけない」などのアドバイスも書かれている。
だが、それらが実際に効果があるのかどうかはわからない。
その夜、私は自室に戻り、研究のデータを整理していた。
ふと、机の隅に置いていた「紫の鏡」に目が留まる。
紫色の塗料に覆われたその表面は、ライトの光を受けて不気味に鈍く光っていた。
「これが、どうして人を殺す……?」
思わず独り言を呟く。
すると――鏡の表面がわずかに揺れたように見えた。
「……!」
一瞬、息を呑む。
幻覚だと自分に言い聞かせるが、鏡に映る自分の姿の向こうに、何かがいるような感覚が消えない。
「面白いですね……。」
いつもの口癖を無意識に口にしたとき、私は決意した。
この鏡の正体を暴く。たとえ、それがどれほど恐ろしい結果を伴うものだとしても。
「紫の鏡」本編 – 第二章: 呪いの痕跡
鏡の中に感じた奇妙な違和感を抱えたまま、私は翌朝を迎えた。
研究室に戻ると、昨日持ち帰った鏡をさらに詳しく調査するための準備を始める。
紫色の塗料の成分を調べるため、顕微鏡と分析装置を動かしながら考え込んだ。
「この塗料に、何か特別な性質があるはず……。」
すると、研究室の扉が不意にノックされる。
来訪者は、小野寺信吾ともう一人――見知らぬ老人だった。
「紹介します。緒方泰明さん。今回の事件の鍵を握る人物です。」
小野寺の隣に立つその男は、ボロボロのコートをまとい、鋭い目で鏡を見つめていた。
「緒方さんは戦時中、心理戦兵器の研究に関わっていました。この鏡と似たような装置について、何か知っているかもしれません。」
心理戦兵器――その言葉に思わず息を呑んだ。
「私は昔、この鏡のような装置を作る研究をしていたことがある。」
緒方は低い声で語り始めた。
「ただし、これほどまでに個人を狙い撃ちする仕組みは当時完成していなかった……もしこれが人為的に作られたものなら、誰かが私たちの研究を引き継ぎ、さらに発展させたのだろう。」
「発展させた?」
私は彼の言葉に疑問を投げかけた。
「恐怖心を増幅させ、無意識に働きかける技術だ。
人間は強い恐怖を感じると、身体の自律神経が暴走し、心臓や脳に大きな負担をかける。場合によっては死に至ることもある。」
緒方の説明は、この鏡が単なるオカルトではなく、科学と心理の悪夢的な結晶である可能性を示唆していた。
私は直感的に、これがただの都市伝説ではなく、人為的な陰謀の産物であると感じ始めていた。
「緒方さん、鏡を利用した心理操作の研究が、戦時中にどの程度まで進んでいたのか教えていただけますか?」
緒方は一瞬目を伏せ、深い溜息をついた。
「戦時中、私たちは兵士の士気を崩壊させるための手段として、鏡や光を使った心理戦術を研究していた。鏡の表面を特殊な塗料でコーティングし、それを見るだけで精神的に不安定になるように作り出す技術だ。」
私はその説明を聞いて、鏡の塗料に関する仮説を確認する必要があると感じた。
第三章: 真実の片鱗
緒方の話を聞いた後、私は「紫の鏡」の塗料の成分解析に全力を注いだ。
研究室の分析装置が紫色の塗料の成分を分解し、データを画面に映し出す。そのデータを見た瞬間、私は言葉を失った。
「……これ、本当に塗料なの?」
画面に表示されている成分には、通常の顔料に含まれる化学物質だけでなく、微細な生体反応を引き起こす特殊な合成物質が含まれていた。
それは、人間の神経伝達物質に干渉する特性を持つ成分だった。
「これが原因かもしれない……。」
その時、佐伯奈央から電話がかかってきた。
「桐生さん、ちょっと聞いてほしいことがあるんですけど!」
「どうしたの?」
「鏡を受け取った人のうち、生存者が数人いるんです。彼らに共通してるのは、呪いのことを知らなかったか、あるいは誰かに対処法を教えられていたってことです。」
「対処法……?」
「ええ、『鏡を受け取ったらすぐに処分しろ』とか、『特定の呪文を唱えればいい』とか。
信じる信じないは別として、それを実践していた人たちは生き残ってるみたいなんです。」
呪いの解除法――それは心理的な効果にすぎない可能性がある。
それでも、私は一つの仮説を立てた。
この「呪い」は、恐怖心を利用して増幅されるタイプのものだ。
解除法という「安全な思考」が生存率に寄与しているなら、それを検証する価値はある。
第三章: 呪いの正体
「紫の鏡」は単なる道具ではない。
その構造と塗料には、恐怖を増幅し、人間を極限状態に追い込む仕組みが隠されている。
だが、それを作った目的は何か? 誰が何のために作り、送り付けているのか?
その夜、私は再び鏡を観察していた。ライトに照らされるその紫色の塗料の表面が、微妙に光を吸い込むように見える。
「この鏡は……見る者を選んでいる……?」
ふと、鏡の中に映る自分の顔が歪むような錯覚を覚えた。
呼吸が乱れる。
「違う……これは錯覚じゃない……。」
鏡の表面に映った「何か」がこちらをじっと見つめているように感じた瞬間、私は鏡を手放した。
ガチャン――床に落ちた音が、静かな部屋に響き渡る。
その夜、私は一睡もできなかった。
「紫の鏡」本編 – 第四章: NLPを用いた解決への布石
「この事件の鍵は恐怖心の増幅です。」
私は政府対策チームのメンバーが集まった会議室で、自分の仮説を述べた。
机の上には「紫の鏡」と、その成分解析結果が表示されたタブレットが置かれている。
「鏡に含まれる特殊な成分が、視覚や心理に作用し、恐怖心を極限まで引き上げる仕組みを持っています。しかし、それだけでは呪いが発動する説明がつきません。」
「それはどういうことですか?」
小野寺信吾が眉をひそめて尋ねる。
「重要なのは、『紫の鏡』の存在を知っていること、そしてその呪いを信じることです。心理的な要素がなければ、この鏡はただの物体にすぎません。」
私はスライドを進めた。そこには、恐怖心の連鎖を示した図が表示されている。
「紫の鏡」の情報を知る(都市伝説の拡散)
呪いの内容を信じ、不安を抱く(心理的な暗示)
鏡を見ることで恐怖心が増幅され、生理的影響を及ぼす(自律神経の暴走、心臓や脳への負担)
死亡
「つまり、この呪いは恐怖そのものがトリガーとなっており、それが生理的に命を脅かすまでに至る現象だと考えられます。」
「では、どうやってその恐怖心を断ち切るんですか?」
佐伯奈央が身を乗り出して聞いてきた。
私は一息つき、NLPのテクニックを説明し始めた。
1. ミルトンモデルを用いた恐怖心の緩和
恐怖心を抱いている対象者へのアプローチは慎重を要する。
私はまず、「紫の鏡」の被害者となったが生き残った人物、宮島詩織へのセッションを行うことにした。
彼女は呪いの解除方法を試して生還した数少ない事例の一つだ。
「宮島さん、少しリラックスして、この質問に答えてください。」
私は穏やかな声で彼女に語りかける。
ミルトンモデルでは、言葉の曖昧さや暗示を活用して、無意識に変化を促すことが重要だ。
「紫の鏡を見たとき、どんな感情が湧き上がりましたか? その感情が、今のあなたにどんな影響を与えていますか?」
「……怖かったです。今も思い出すと心臓が早くなって……でも、解除方法を唱えたら、少し落ち着きました。」
「そのとき唱えた言葉を覚えていますか?」
「ええ……『白い水晶』でした。」
私は頷きながら彼女の答えを受け止めた。
「白い水晶」という言葉は、彼女の心にとって安全を象徴するものだった。
それを利用して、恐怖心を緩和する新たな暗示を作り出す。
「その言葉を思い出すと、安心感が湧いてきますよね。いいですね。その感覚を少しずつ広げていきましょう。」
彼女の顔から次第に緊張がほぐれていくのを感じた。
恐怖心を抑え込む暗示を、彼女自身の無意識に働きかけることで植え付けた。
2. ビジュアル・スカッシュで心理の統合
次に私は、被害者の一人が抱える「恐怖」と「希望」を統合するためのビジュアル・スカッシュを試みた。
「あなたの右手に、紫の鏡にまつわる恐怖を思い浮かべてください。それはどんな形をしていますか?」
「……紫色の濃い煙のような感じです。」
「素晴らしいです。では、左手には、それに対抗できる力――例えば、あなたが感じる安心感や強さを思い浮かべてください。それはどんな形ですか?」
「白い光のような……柔らかくて温かい感じです。」
「とてもいいですね。では、両手をゆっくりと近づけて、その二つを融合させてみてください。それが一つになったとき、どんなイメージが浮かびますか?」
「……柔らかい紫色の光が見えます。怖くないです……なんだか、優しい感じです。」
「その感覚を胸の中で大切に抱きしめてください。そして、紫の鏡を見たとしても、その光があなたを守ってくれると信じてください。」
彼女の顔は安堵の表情に変わった。恐怖と希望を統合することで、呪いに対抗する力を心理的に作り上げたのだ。
3. アウトカムを用いた行動計画の策定
被害者たちへのアプローチと同時に、私は政府対策チームに向けて「紫の鏡」を封じ込めるためのアウトカム(目標設定と行動計画)を提案した。
「私たちは、まず恐怖の拡散を防ぎ、次に鏡の流通を断つ必要があります。」
スライドには3つの目標が書かれている。
呪いの拡散を食い止める
SNSやワイドショーでの情報発信を制御し、恐怖心を煽る誤情報を防ぐ。
「紫の鏡を恐れなくてもいい」という認識を広めるキャンペーンを展開する。
解除法を広める
呪いを解除するための「安全策」として、「白い水晶」の使用法や心を落ち着ける方法を周知。
流通ルートを特定し、遮断する
鏡を送り付けている黒幕の追跡を強化。心理的影響を及ぼす道具そのものを消去する。
「恐怖心の増幅を断てば、この呪いは自然に収束します。それまでに一人でも多くの命を救うため、この計画を進める必要があります。」
「紫の鏡」本編 – 第五章: 黒幕への道筋
1. 流通ルートの解明
アウトカムを元にした行動計画が始動した。
まず、紫の鏡がどのように被害者たちの手元に届けられているのか、そのルートを追跡することにした。
鏡の郵送は架空の住所を使っていたが、流通のどこかに痕跡が残っているはずだ。
私は、小野寺信吾とともに郵便局の内部記録の調査に乗り出した。
「紫の鏡が送られた被害者の住所一覧です。」
小野寺が手渡してきたファイルには、全国各地の住所がびっしりと書かれている。
「この膨大な数……全国規模ですね。」
「そうだ。ただ、この配送が全て同じ倉庫を経由していることがわかった。」
その倉庫は東京郊外の廃工場を利用した物流センターだった。
私たちはすぐに現地に向かった。
工場は薄暗く、静まり返っていた。
中に入ると、ホコリが舞い上がる古びた空間の隅に、無造作に積み上げられた段ボール箱があった。
「これが……紫の鏡を詰めた箱だ。」
捜査員が一つの箱を開けると、紫色の手鏡が十数個詰められていた。
鏡は包装されておらず、誰かが手作業で準備したものに見えた。
「ここで加工して発送されていたんですね。」
私は鏡を慎重に手に取った。
ふと、鏡の裏面に微かな刻印を発見する。
「この印……」
その刻印には「K.T.」という文字が彫られていた。
私の脳裏に過去の研究資料がよぎる。緒方泰明が話していた、
戦時中の心理兵器開発プロジェクトの中に「K.T.」の名前が出てきたのだ。
それは、緒方のかつての同僚であり、心理兵器研究の責任者であった**神崎徹(かんざき とおる)**のイニシャルだった。
「神崎徹……」私はその名を呟いた。
2. 神崎徹の痕跡
神崎徹――彼は戦後、研究所を去り行方不明となった人物だ。
その彼が今も生きており、この鏡の背後で糸を引いているのだとしたら?
私はすぐに緒方泰明に連絡を取った。
「神崎徹という名前を覚えていますか?」
電話越しに緒方の声が微かに震えるのがわかった。
「忘れることなどできない。彼は私たちの中でも突出した頭脳を持っていた。しかし……彼の考えは危険だった。彼は人の恐怖を操る技術を完成させ、兵器として使うことを夢見ていた。」
「彼が紫の鏡を作った可能性はありますか?」
緒方は一瞬の沈黙の後、低い声で答えた。
「可能性は高い。だが、神崎は死んだはずだ。30年前、事故で亡くなったと聞いている。」
「本当に亡くなっているんでしょうか?」
私はその言葉に疑念を抱かざるを得なかった。
3. NLPで恐怖の連鎖を断つ
神崎徹を探す手がかりを追いながらも、私は被害者たちへの心理的ケアを継続していた。
紫の鏡の恐怖が広がる中、NLPを使って恐怖の連鎖を断つ試みを続ける必要があった。
次の対象者は、鏡を手にしたが幸運にも無事だった少年だった。
彼は紫の鏡を手にした瞬間に恐怖に襲われたものの、家族がすぐにそれを破壊したことで助かったという。
「僕……見たんです。鏡の中に誰かがいるのを。」
少年の声は震えていた。私はゆっくりと彼に語りかけた。
「その恐怖を感じたとき、あなたの中で何が起きていましたか? 心に湧き上がる感覚を思い出してみてください。」
「すごく怖くて、胸が苦しくなって……でも、お母さんが鏡を叩き割ったとき、急に安心しました。」
「そうですね。では、その安心感をもう一度思い出してみましょう。鏡の恐怖は過去のものです。そして今、あなたは安全な場所にいる。その安心感があなたを守っています。」
私は彼の反応を見ながら、ビジュアル・スカッシュを試みた。
少年の中の「恐怖」と「安心」を統合し、未来に向けて強さを取り戻すプロセスを進めた。
少年の表情が徐々に和らいでいくのを見て、私は小さな手応えを感じた。
4. 神崎との対峙
いよいよ、私たちは神崎徹の居場所を突き止めることに成功した。
彼は都市部から離れた山奥の施設で、静かに暮らしていた。
小野寺信吾、佐伯奈央、そして私の3人でその場所に向かった。
施設は簡素なコンクリート建物で、周囲を深い森に囲まれていた。
中に入ると、そこには紫の鏡と同じものが無数に並んでいた。
「ようこそ。」背後から低い声が響いた。
振り向くと、そこには白髪の男が立っていた。
「神崎徹……」
彼は私たちをじっと見つめ、静かに言った。
「恐怖とは、最大の力を引き出すための原動力だ。私はそれを利用して、人間の心を解放しようとしているだけだよ。」
私は冷静に応じた。
「人間の心を操作することで得られるのは、自由ではなく束縛です。それがあなたの目的ですか?」
神崎は微笑み、鏡を一枚持ち上げた。
「この鏡が真の恐怖を教えてくれる。だが、それを理解する勇気が君にあるのか?」
「紫の鏡」本編 – 第六章: 心理戦
目の前に立つ神崎徹の姿は、どこか影のようだった。白髪と深い皺が刻まれた顔からは、生きた人間というより、存在そのものが呪いじみて見える。
手に持つ紫の鏡が、微かに光を反射していた。
「君は、心理学の専門家だったな?」神崎が静かに言葉を発する。
「桐生麗だ。心理学だけでなく、NLP――神経言語プログラミングの研究もしている。」
「ふふ……NLP。興味深い技術だ。だが、恐怖という感情はそんな手法で消えるほど単純なものではない。」
神崎の言葉には確信があった。
それが彼の経験と信念に基づくものだとしても、私は怯まなかった。
「恐怖は強力だ。しかし、それを増幅させるのも減衰させるのも、結局は人間の心だ。」
「では、試してみるか?」
神崎は鏡をこちらに向けて掲げた。
紫色の表面が私を捉えると、頭の中に突然、不気味な感覚が広がった。
1. 鏡の心理的影響
鏡の中に映る自分の顔――しかしそれは、次第に歪み、形が崩れていくように感じられた。
背後に誰かの気配を感じ、目を背けたくなる衝動に駆られる。
「……これは……。」
「恐怖の投影だ。」
神崎の声が頭の中に直接響くようだった。
「鏡を見る者は、無意識の中で最も強く恐れているものを引き出される。そして、それに囚われる。」
私は深呼吸をし、冷静さを取り戻そうとした。
NLPの「ミルトンモデル」を思い出し、自分自身に言い聞かせる。
「これは暗示だ。鏡はただの物体で、私はその影響を受けない。」
「君の恐怖が何か、言い当ててみようか?」神崎が微笑む。
私は言葉を選んだ。恐怖を彼に利用されるわけにはいかない。
「恐怖は単なる感情。私の選択次第で、それを克服することもできる。」
2. NLPの応用: 心理戦への挑戦
私は目を閉じたまま、自分の中に湧き上がる恐怖の感覚を意識した。
「恐怖は強力だけど、それには私自身の思考が必要だ。」
私は手のひらを開き、自分の感情を整理する「ビジュアル・スカッシュ」を心の中で実践した。
片手に「恐怖」を、もう片手に「希望」をイメージする。
そしてそれらをゆっくりと近づけ、統合していく。
「お前は何をしている?」神崎の声が苛立ちを含んだものに変わる。
「恐怖を克服している。」
私は目を開けた。鏡に映る自分の顔が正常に戻っているのを確認する。
「鏡に映るものは私自身の心。それが真実だ。」
3. 神崎との対峙
「興味深い。」
神崎は鏡を下ろし、私を値踏みするような視線を向けた。
「恐怖を克服する者は確かに存在する。だが、ほとんどの人間はそうではない。人々が恐怖に囚われ、支配されるその瞬間こそ、私は新たな人間の可能性を見出せるのだ。」
「それはただの破壊だ。人間の可能性を引き出すのは、恐怖ではなく希望だ。」
私が一歩前に進むと、背後から小野寺信吾の声が響いた。
「神崎徹、あなたを拘束する!」
複数の捜査員が施設に突入し、神崎を取り囲む。
彼は抵抗しなかった。静かに鏡を床に置き、手を上げた。
「鏡を持ち去ったところで、この恐怖の連鎖は終わらない。」
そう呟いた彼の言葉が、私の胸に奇妙な違和感を残した。
4. 恐怖の根絶を目指して
神崎が拘束された後、私は紫の鏡が並ぶ施設内を調査した。
それらを全て回収し、政府の管理下で保管することが決定されたが、私はそれだけでは解決にならないことを知っていた。
「この恐怖を終わらせるには、ただ鏡を封じるだけでは足りない。鏡が象徴する恐怖そのものを、人々の心から消し去る必要がある。」
アウトカムの実践: 全国的な対策
私は再びNLPを応用し、「紫の鏡」に対する恐怖心を社会全体で軽減するキャンペーンを提案した。
メディアを通じた再定義:紫の鏡を「単なる都市伝説」として再定義し、人々に冷静な視点を与える。
解除法の普及:「白い水晶」「心を落ち着ける儀式」などの対策法を積極的に広めることで、恐怖心を緩和する。
教育的アプローチ:学校や地域で「恐怖に打ち勝つ心の訓練」を行う。NLPを取り入れたワークショップを実施し、恐怖の克服法を教える。
最終章: 恐怖の残響
数ヶ月後、紫の鏡の事件は沈静化しつつあった。
鏡の製造元は閉鎖され、神崎徹も拘束された。
しかし、私の胸の中には依然として問いが残っていた。
恐怖とは何か? 私たちの心に生まれるその感情を完全に克服することなど、本当に可能なのだろうか?
ある夜、私は机の上に置かれた白い水晶を見つめながら、静かに呟いた。
「恐怖を知ることで、人間は成長できる……そのはずよね。」
窓の外には満月が輝いていた。
完