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狐狗狸博士の呪縛


俺の名前は安喰工平(あじき こうへい)。

霊的な事件や不可解な現象に挑む自称「霊的探偵」、別名「狐狗狸博士」だ。子供の頃から俺は、こっくりさんに強い興味を持っていた。

多くの者にとってはただの占い遊び、あるいはちょっとした怖い儀式に過ぎないだろうが、俺にとってはそれ以上のものだ。

こっくりさんは、遊び半分で手を出すにはあまりにも危険な儀式だ。
多くの人はそれに気づかないし、気づいたとしても手遅れだ。

俺が初めてこっくりさんを目の当たりにしたのは、幼少期のある夏の日、祖母の家だった。

彼女はこの儀式に詳しい人だったが、その時俺はまだ幼く、何も理解していなかった。

それから年月が経ち、俺はこの世界の深みに足を踏み入れることになった。

いくつかの事件を解決していく中で、俺の名は徐々に広まり、奇妙な事件が起きるたびに俺の元に依頼が舞い込むようになった。

今日は、そんな依頼のひとつが俺の元に届く日だった。


その日、事務所に入ると、すでに依頼人が待っていた。
彼女は若い女性だった。
俺がドアを開けると、立ち上がり、少し緊張した表情でこちらを見た。

「北条麗子です。突然のご連絡を失礼しました。」

「まあ、気にしなくていい。依頼の内容は大体聞いているが、改めて詳しく話を聞かせてもらおうか。」

俺は彼女を座らせ、自分も向かいに腰を下ろした。
コーヒーを淹れながら、彼女が手元の資料を取り出すのを待った。

「実は、私の弟が…最近不可解な事故で亡くなったんです。それもこっくりさんが関係している可能性が高いんです。」

「こっくりさん、ね。」
俺は思わず眉を上げた。

最近はこっくりさんの儀式が絡む事件が増えているように感じていた。

だが、それは遊びや噂が引き起こす軽いものではなかった。

「弟さんはこっくりさんをしていたのか?」
「はい。弟は仲間内でこっくりさんをしていて、最初はただの遊びだったようです。
でも…何かがおかしくなり始めたんです。

弟は次第に不眠症に苦しむようになり、最後には…。警察は事故死として片付けましたが、私はそれが信じられません。

何か、もっと霊的な力が働いていたんじゃないかと。」

「それで俺に調査を頼みたいと。」
彼女は無言でうなずいた。

その表情からは強い不安が読み取れた。

「分かった。まずは弟さんが行ったこっくりさんの内容や、誰が一緒に参加していたのかを詳しく教えてもらおう。」


北条麗子の話を聞くうちに、俺は事件の核心に迫りつつあることを感じた。彼女の弟、北条拓也は高校で友人たちと共にこっくりさんを行い、その後不審な行動を取り始めた。

そして数週間後、事故死。警察の見解は、事故による転落死というものだったが、麗子はそうは思っていなかった。

こっくりさんに関連する事件の多くは、表面上は単なる事故や自殺として処理される。
しかし、実際には霊的な影響が絡んでいる場合が多い。
俺は、過去に多くのこっくりさんの儀式を目の当たりにし、それが引き起こす力の恐ろしさをよく知っている。

「弟さんがこっくりさんを行った場所は?」

「学校の旧校舎です。使用されていない古い教室で、夜遅くまで友人たちと遊んでいたみたいです。」

「ふむ。友人たちは?」
「皆、弟の死後、口を閉ざしています。

でも、一人だけ、ある時期から学校に来なくなった子がいます。」
「その友人についても調べてみよう。
まずは、こっくりさんが行われた現場を確認しなければな。」


その夜、俺は北条麗子と共に高校の旧校舎に向かった。

廃墟のような校舎は、もう何年も使われていない様子で、窓は割れ、草が建物の周囲に生い茂っていた。

まるで、この場所が人々の記憶から消え去ろうとしているかのようだった。
「ここが、こっくりさんが行われた場所です。」
麗子が指差す部屋は、静かに佇んでいた。

扉を開けると、カビ臭い空気が鼻をついた。俺は部屋に足を踏み入れ、注意深く周囲を観察した。

部屋の中央には、まだこっくりさんの道具が置かれていた。古びた木製のこっくりさんの盤と、使い込まれた硬貨。

それに、何本かのろうそくの跡が床に残っていた。

「妙だな。普通、こっくりさんをする時は、これほど準備に手間をかけるものじゃない。何か、もっと意図的な儀式だった可能性がある。」
俺は呟きながら、こっくりさんの盤を手に取った。

その瞬間、冷たい風が部屋を通り抜けたような感覚がし、俺は無意識に身震いした。

「こっくりさんを始めたのは、弟さんの友人たちの中で誰だか分かるか?」
「たぶん…その欠席している子、佐藤真司だと思います。彼が一番興味を持っていたみたいです。」

「佐藤真司…。その子にも会わなければならないな。」


その晩、俺は旧校舎での調査を終え、北条麗子を家に送った後、自分の事務所に戻った。

今回の事件は、普通のこっくりさんの儀式を超えた何かが潜んでいる。

儀式が行われた場所の空気が異様だったことや、未解決の謎がまだ多く残っていることが、俺の探偵魂を刺激していた。

だが、俺の胸にはひとつの不安が膨らんでいた。
こっくりさんは、ただの儀式ではない。その力を軽んじると、どんな霊でも呼び出されかねない。

今回の事件で呼び出されたものが何であれ、それを解き放ってしまったのは事実だ。

そして、それを解き明かすのは、俺の役目だ。



その夜、俺は資料を調べ、過去のこっくりさんに関連する事件や儀式についての情報を整理していた。

こっくりさんという儀式は日本全国に広がっているが、特に昭和初期には多くの怪奇事件を引き起こしている。

霊的な影響力が非常に強い儀式だが、正しく行わない場合や、悪霊を呼び出すリスクが高い。

だが、今回の事件は通常のこっくりさんとは違う。何かもっと大きな力が働いている気がした。

「佐藤真司…彼に直接会わなければならない。」
翌朝、俺は麗子に連絡を取り、佐藤真司の家を調べてもらった。

彼女の調査によれば、佐藤は数週間前から家に引きこもっているとのことだった。学校にも顔を出さず、連絡も絶えているらしい。


俺は佐藤の家へ向かい、門を叩いた。長い沈黙の後、やっと中から声が聞こえてきた。

「誰だ?」
「安喰工平だ。お前に話を聞きに来た。」
玄関のドアがぎしぎしと音を立てて開き、薄暗い中から現れたのは、やつれた表情の若者だった。

彼が佐藤真司だ。

眼窩が深く落ちくぼみ、その顔は不安と恐怖に支配されていた。

「こっくりさんのことを話したい。」
俺の言葉に、彼は一瞬怯んだように見えたが、すぐに頭をうなだれた。

「入れよ…。」中に通されると、部屋は散らかっていて、カーテンは閉め切られ、まるで外界から遮断されたかのような雰囲気だった。

佐藤は重い足取りでソファに腰を下ろし、俺に向かいもせず、暗い声で話し始めた。

「俺たちは…こっくりさんをしたんだ。ただの遊びのつもりだった。最初は笑ってた。でも、だんだんおかしくなってきたんだ。」

「何が起きた?」

「拓也…北条が、質問をしていると、こっくりさんの針が妙な動きをし始めた。何かが答えているかのようだった。でも、それが…誰かが動かしているのとは違う、不自然な動きだった。」
俺は無言で彼の話を聞いた。

こっくりさんは、霊的な力を呼び寄せることがある。

そして、その答えが悪霊であった場合、恐ろしい結果を招くことになる。
「それから何が起きた?」

「拓也が何度も質問をして、答えを受け取っていたんだ。
でも、ある時、こっくりさんが急に10円玉を止めて…全く動かなくなった。

その瞬間、部屋が暗くなり、冷たい風が吹き込んだような気がした。

全員が息を飲んだ。そして次の日、拓也が…死んだ。」
彼の話は断片的だったが、重要な点が浮かび上がってきた。
彼らが呼び出したものは、ただの霊ではなかった。強力な存在――あるいは悪霊――が何かを企んでいる。

「他の参加者はどうしている?」

「皆、怖がって何も話さない。誰もあの夜のことを思い出したくないんだ。俺も…」
彼の声が震え、言葉を失ってしまった。

その時、俺は感じた。何かが、この部屋の中に潜んでいる。

「お前は、何かを隠しているな。」
俺は問い詰めた。佐藤の目が大きく見開かれ、俺に対して恐怖の表情を浮かべた。

「俺は…拓也が死んだ後、何かが俺を見ている気がして、怖くなったんだ。あの時…拓也が死んだのは、こっくりさんが原因じゃない。俺たちが呼び出した存在が原因だ。」

「その存在は今もお前を見ているのか?」

「わからない。だけど、俺はその後、何度も夢の中で…拓也が現れて、俺に警告してくるんだ。」


佐藤の話を聞き終えた後、俺は立ち上がり、静かに部屋を出た。
こっくりさんの儀式で、彼らが呼び出したものは確実にこの世のものではない。

そして、それが今も彼らに取り憑いていることは間違いない。
俺は、これ以上の犠牲者を出させないために、何としてでもその存在を封じ込める必要があった。

俺はまず、儀式が行われた場所に戻り、そこで痕跡を探し続けた。

周囲に漂う不穏な気配が、何か異常なことがまだここに存在していることを示していた。
ここに残された霊的なエネルギーが、事件の核心に迫る手掛かりを提供してくれるだろう。

俺は床に残されたこっくりさんの道具に再び近づいた。

床には依然として硬貨と盤が置かれており、まるで時間が止まったかのようだった。俺は慎重に硬貨を手に取り、盤の上に乗せた。

その瞬間、突然、何かが俺の体を突き抜けるような感覚が走った。冷たい風が背筋を凍らせ、目の前が暗くなった。

まるで部屋そのものが、異次元に引きずり込まれたかのようだった。

「くっ…」
俺は身震いしながら、周囲を見回した。

何かが、俺を見ている。

いや、俺に触れている感覚だった。それが「こっくりさん」が引き起こした力の影響か、それとも佐藤が言っていた存在なのかは分からない。


事件の真相は徐々に明らかになりつつあったが、俺には時間がない。

こっくりさんの儀式で呼び出された存在が、俺に何を訴えかけているのかを解明しなければならない。

それができなければ、俺はこのまま霊的な影響を受け続けるかもしれない。


冷たい風が再び俺の背中を撫でた。
その瞬間、俺の目の前に現れたのは、薄暗い影だった。
はっきりとした形は見えないが、無数の目がこちらを見つめているかのような感覚に襲われる。

心臓が激しく鼓動し、思わず硬貨を落とした。
「やめろ…誰だ!」
俺の叫び声が部屋に響き渡った。

すると、影は一瞬消え、再び視界の隅に現れた。
恐怖が込み上げ、俺の思考が鈍くなる。
しかし、逃げるわけにはいかない。

これは俺の探していた手掛かりだ。心の奥底から湧き上がる恐怖を抑え込み、俺は強く自分を叱咤した。

「何が欲しい?お前は誰なんだ?」
言葉が無駄だとわかりつつも、問いかけずにはいられなかった。
すると、その影が徐々に明確な形を持ち始め、ひとりの少年の姿に変わった。
白いシャツを着た少年、髪は乱れ、顔は青白い。まるで、何かに取り憑かれているかのような表情をしている。

「拓也…?」
その少年が声を発した。

目が合った瞬間、俺は理解した。

これは佐藤の友人、北条拓也だ。俺は強く息を飲み込み、彼に向かって言った。
「お前は…どうしてここにいる?」
「助けて…。」
拓也の声は弱々しく、どこか儚い響きを持っていた。

彼は俺に助けを求めている。

それが霊としての存在であろうと、彼の心の奥底からの叫びであろうと、俺はその呼びかけに応える必要がある。

「何が起きた?こっくりさんがどう関わっている?」
彼は沈黙し、目を伏せた。まるで答えを出すのをためらっているかのようだったが、次の瞬間、彼の表情が変わり、恐怖に満ちた声で叫んだ。

「来る、来る…!」
突然、周囲が暗くなり、背後から冷たい手が俺の肩に触れた。

振り返ると、薄暗い影がさらに多く集まり、俺を包囲している。
悪霊の集まりだ。彼らは、こっくりさんの儀式によって呼び出された存在なのか?

「逃げろ!」拓也が叫び、俺の手を掴んだが、彼の手は冷たく、触れることでその恐怖が増幅されていく。背後からの圧迫感が強まる中、俺は意を決して拓也に言った。

「お前の思いを教えてくれ。お前は何を求めている?」
拓也は一瞬目を閉じ、再び目を開いた。彼の目は真剣だった。

「俺は、もうこの世にいない。だけど、まだ仲間を守りたい。俺が死んだ理由を知りたいんだ。こっくりさんを通じて、悪霊を呼び出してしまったことを…。」

彼の言葉に、背後の影がさらに近づく。
まるで、彼の言葉に反応するかのように。それでも拓也は怯まなかった。

「彼らは俺を取り込もうとしている。俺の思いが強ければ、彼らは俺を助けることができる。

けれど、悪霊の影響が強くて…。」
俺は彼の言葉を理解した。

拓也の思いを通じて、悪霊を祓う方法を探る必要がある。
俺は彼の手をしっかりと握り、目を見据えた。

「なら、一緒に立ち向かおう。俺が助ける。お前の思いを伝えてくれ。」
拓也は頷き、目を閉じた。

その瞬間、周囲がざわめき始め、悪霊たちの声が聞こえてきた。彼らは、拓也の思いを阻止しようとしている。

俺は、心の底から拓也の思いを受け入れ、彼に寄り添った。

「お前の仲間を守りたいんだろ?その思いを強く伝えろ!」
拓也の心が響き渡り、悪霊たちの声がかき消されていく。

光が彼の体を包み込み、薄暗い影が後退し始めた。

「俺は、死んでいない。仲間を守るために、ここにいる!」
彼の声が響いた瞬間、周囲の空気が変わった。

悪霊たちがさらに遠ざかっていく。俺もその力を感じ取り、共鳴するように叫んだ。

「お前の思いは力だ!俺はお前を信じる!」
拓也の存在が光り輝き、悪霊たちの影が崩れ始めた。

そして、その瞬間、彼は一瞬の静寂の後、微笑みを浮かべた。
「ありがとう…。」
彼の言葉とともに、悪霊たちは完全に消え去り、光が再び部屋を包み込んだ。俺はその場で力尽きて、膝をついた。


目が覚めると、俺は床に倒れていた。
周囲は静まり返り、薄暗い中で俺は息を整えた。
まるで夢を見ていたかのような錯覚に襲われたが、現実は確かにそこにあった。こっくりさんの道具は、無傷のまま横たわっていた。

「拓也…。」
俺は、彼が無事であることを信じ、ゆっくりと立ち上がった。

これで事件は解決したのだろうか。それとも、何か新たな問題が待ち受けているのか。

俺は周囲を見回し、背後に誰かがいるのを感じた。

心臓が高鳴る。まるで、すべてが終わったわけではないかのように。
何か、未練が残っている。

「もう大丈夫だ、拓也は解放されたはず…。」
そう自分に言い聞かせ、外に出ようとしたとき、背後で声が聞こえた
。薄暗い影が、再び俺の前に立ちはだかる。

「お前、何をした…?」
その声は、悪霊ではなく、佐藤真司だった。

彼は混乱し、俺を見つめていた。何かが変わったのだろうか。
「お前が拓也を助けたのか?」
「そうだ。彼は仲間を守りたいという思いでここに来た。
彼の思いが力になった。」
佐藤は驚いた表情を浮かべた。

「じゃあ、拓也は…解放されたのか?」

「今はもう、彼は大丈夫だ。悪霊に取り込まれることはない。」
その瞬間、佐藤の目が曇り、涙を浮かべていた。

「よかった…俺も、ずっと彼のことが気になっていた。彼が助かるなら、俺も少しは救われる。」
その時、俺は佐藤の心の奥に潜む闇を見た。

拓也を失ったことに対する罪の意識、そして友人を助けられなかったことへの後悔。

こっくりさんの儀式が彼らに与えた影響は、単なる霊的な問題ではなく、友情や人間関係の深い部分にまで及んでいた。

「これからは、彼の思いを大切にして生きていくんだ。」
俺は彼に言った。佐藤は静かに頷き、目を閉じた。

「俺、これから変わるよ。拓也のために、彼の思いを受け継いで生きていく。」


その後、俺はこっくりさんの道具を持ち帰り、丁寧に供養することにした。

あの儀式がもたらした影響は、これからも人々の心に残ることだろう。

しかし、拓也の思いを知ることができたからこそ、彼は真の意味で解放されたのだ。

俺は、これからも彼らの思いを受け止める役割を果たしていくことを誓った。


この物語は、人々の思いがどれほど強力なものか、そしてそれが他者を救う力を持つことを示している。
影の中に潜む真実を見極めることが、時には自らを助けることに繋がるのかもしれない。

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