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現代版 縄筋「縄筋の村」―悪しき道が導く先―

あらすじ

香川県の山奥にひっそりと存在する村「深藪村(ふかやぶむら)」。

この村では古くから「縄筋」と呼ばれる悪魔や化け物の通り道を恐れ、家や道を建てる際にはその道筋を避ける風習があった。

しかし、近代化の波により、村の一部が再開発され、「縄筋」と重なる場所に道路が建設される。

その後、村では次々と怪奇現象や不可解な死が起き始める。

都市部から調査のために村を訪れた新聞記者の**高城遥(たかしろ はるか)**は、村の古い風習と「縄筋」に隠された恐怖の真実に迫ることになる……。

登場人物

主人公: 高城 遥(たかしろ はるか)

  • 性別: 女性

  • 年齢: 28歳

  • 職業: 新聞記者(オカルト記事専門)

  • 容姿:
    ・長い黒髪を後ろで束ねている。メガネをかけているが取ると少し幼い顔立ち。
    ・身長165cm、スリムな体型でいつもラフなパンツスタイルを好む。

  • 性格:
    ・冷静で現実主義者だが、オカルトや奇妙な出来事に強い興味を抱く。
    ・好奇心旺盛で、危険にも臆せず突っ込む一方、感情を表に出すのは苦手。

  • 口癖:
    「これはただの偶然じゃない。」
    「理屈じゃ説明できないことが世の中にはあるんですよ。」

  • 好きなモノ: コーヒー(ブラック)、古書店めぐり。

  • 嫌いなモノ: 虫(特に蜘蛛)、人の感情を押し付けるタイプ。


村の住人: 竹中 鉄雄(たけなか てつお)

  • 性別: 男性

  • 年齢: 65歳

  • 職業: 元村役場職員(現在は引退して隠居中)

  • 容姿:
    ・短く刈り込んだ白髪頭と、鋭い目つき。
    ・身長170cmで細身だが背筋がピンと伸びている。

  • 性格:
    ・伝統を重んじるが、縄筋の言い伝えを「迷信だ」と表向きは否定する。
    ・過去に何かを隠している様子で、どこか影がある。

  • 口癖:
    「あれは昔の話じゃ。」
    「知らないほうがいい。」

  • 好きなモノ: 煙草、将棋。

  • 嫌いなモノ: 村の歴史を掘り返そうとする「よそ者」。


村の住人: 辻本 早苗(つじもと さなえ)

  • 性別: 女性

  • 年齢: 38歳

  • 職業: 村の雑貨店経営者

  • 容姿:
    ・肩までの茶髪を三つ編みにしている。ややふっくらした体型。
    ・いつも割烹着を着ており、素朴な笑顔が特徴的。

  • 性格:
    ・面倒見が良く、遥に対しても最初から友好的。
    ・しかし、何かを知っているようで、核心的な話になると口を閉ざす。

  • 口癖:
    「あんた、気をつけんさいよ。」
    「村には村のやり方があるんじゃけぇ。」

  • 好きなモノ: 手作りの漬物、お祭り。

  • 嫌いなモノ: 村を悪く言う人。


外部の専門家: 橘 亮介(たちばな りょうすけ)

  • 性別: 男性

  • 年齢: 42歳

  • 職業: 民俗学者

  • 容姿:
    ・無造作な短髪で、丸眼鏡が印象的。いつも手帳とペンを持ち歩く。
    ・中肉中背だが、山歩きが得意で体力がある。

  • 性格:
    ・学問に対しては真摯だが、どこか軽い口調で人を安心させる雰囲気を持つ。
    ・危険な状況でも冷静に分析を試みる。

  • 口癖:
    「こういうのが本当に面白いんだよね。」
    「これ、フィールドワークの成果になりそうだ。」

  • 好きなモノ: 神社巡り、温泉。

  • 嫌いなモノ: デジタル機器、人工的な場所。

現代版 縄筋「縄筋の村」~悪しき道が導く先~

「縄筋の村」: 縄筋への招待

新聞記者なんてものを選んだのは、私自身が「現実」を追いかけたいからだと思っていた。

けれど、オカルト専門なんて妙な部署に押し込まれてからというもの、いつも思い知らされる。

世の中には理屈じゃ説明できないことがある――なんて、そんなロマンチックな言葉で片づけられるようなものじゃない。

今回もそうだ。
香川県の山奥にある「深藪村」で、奇怪な出来事が相次いでいる。
そう聞かされたのは、上司から雑に投げ渡された書類を開いたときだった。

「また地方ネタか……。」
独り言が口をついて出た。

ページに並ぶのは、家が全焼したというニュース記事と、不可解な死が続いているという村人の証言。
記事は記者の観点よりも、まるで伝聞で埋め尽くされた読みづらい内容だったが、そこに記された一言が気になった。

「縄筋の上に建てられた家は呪われる」
縄筋? 聞いたことのない言葉だ。

その場でスマホで検索してみても、出てくるのは散発的な民間伝承の断片だけ。
どうやら、古来から悪しきものの通り道とされてきた道のことらしい。家や道をその上に作ると、病気や事故が絶えないという。

私はファイルを閉じて頭を巡らせた。
偶然か、それともただの迷信か? 真偽を確かめるには行くしかない。
上司に取材許可を取ると、その日のうちに香川行きの切符を手配した。


深藪村への道

数日後、私は香川県の田舎道を車で走っていた。
取材用のレンタカーだ。道は徐々に細くなり、両側には草むらが迫ってくる。
山間を進むうちに、次第に舗装された道路は途切れ、代わりに砂利道が広がっていく。

「あんまり歓迎されてない感じね……。」

嫌な予感がした。地図アプリのナビゲーションも途中で途切れてしまい、唯一の道標は事前に印刷しておいた簡素な地図だけ。
車の速度を落としながら進むと、やがて視界の先にいくつかの古びた家々が見えてきた。

これが深藪村らしい。

村に到着したとき、真っ先に目に飛び込んできたのは、傾きかけた鳥居と、その背後に広がる鬱蒼とした森だった。
鳥居には注連縄が巻かれているが、その縄がどこか古びて、不自然に垂れ下がっている。
まるで、力尽きた誰かがそこに寄りかかっているようだった。

「ここが……。」
車を降り、鳥居を眺めていると、ふと背後に人の気配を感じた。
振り向くと、そこには一人の老人が立っていた。
小柄で、背中の曲がったその姿は村の風景と見事に溶け込んでいる。

「よそ者かね?」
低く、しわがれた声。
老人の目は鋭く、まるで私の心の中を覗き込もうとしているようだった。

「ええ、取材で来ました。東京からです。」
素直にそう告げると、老人は「ふん」と鼻を鳴らしただけで、何も言わずに歩き去っていった。

その態度に少し腹立たしさを感じつつ、私は村の中心へ向かった。


奇妙な村人たち

村の中心に着くと、さほど多くない家々がぽつりぽつりと並んでいた。
どの家も古びていて、どこか人の気配が薄い。
路地を歩いていると、雑貨店らしき建物が目に入った。

店の前には、三つ編みの髪をした中年の女性が立っている。
私が近づくと、彼女はすぐにこちらに気づき、にこりと笑った。
「こんにちは。どちらさんです?」
彼女の笑顔には、他の村人たちに感じた閉鎖的な雰囲気がなかった。
それが妙に心強く、私は彼女に取材の件を話した。

「高城と申します。東京から来ました。村の伝承について少しお話を伺いたくて……。」
彼女は驚いたように目を見開いたが、すぐに再び笑顔を浮かべた。

「まあ、珍しい。どうぞどうぞ、何か飲む? ここじゃあんまりお客さんも来ないからねぇ。」


奇妙な村人たち

「ありがとうございます。お邪魔します。」
私は促されるまま雑貨店に足を踏み入れた。

古い木製の棚には、保存食や日用品が整然と並べられている。
近代的なものはほとんどなく、まるで昭和の時代に迷い込んだかのようだった。

「何か探してるんですか?」
と女性は問う。

「いえ、実は『縄筋』について取材をしているんです。ご存じですか?」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の手がぴたりと止まった。

先ほどまでの柔らかな表情が曇り、しばらく沈黙が続く。やがて、ため息をついてから彼女はぽつりと言った。

「縄筋の話は、あんまりしないほうがいいですよ。」

「どうしてですか?」

「そういう話をすると、嫌なことが起こるって言われてるから。昔からね。」

その声には確かな怯えが含まれていた。
けれども、私は引き下がるつもりはなかった。

「でも、村では最近、怪しい出来事が続いているとか。何か関係があるんじゃないですか?」
私が食い下がると、彼女は困ったように目をそらし、戸棚の奥から湯呑みを取り出して湯を注ぎ始めた。

湯気が立ち上るその手元を眺めながら、私は意識的に質問を変えた。

「この村にはどのくらい住んでいらっしゃるんですか?」

「生まれたときからだから、38年くらいになるわね。」

「縄筋っていう言葉も小さいころから聞いてきたんですか?」

彼女は再び湯呑みを手にしたまま動きを止めた。
そして、低い声で言った。

「……縄筋は昔からあるもの。でも、それがどこにあるのか、誰も本当のことは教えてくれない。ただ、それを乱すと良くないことが起きるって。それだけはみんな知ってるのよ。」

その言葉を聞いて、私は核心に近づいている感覚を覚えた。
彼女の話し方から察するに、村の住人全員が縄筋の存在を知っていても、その詳細を語りたがらないのだろう。

もしかすると、無意識にその存在を避け、畏れ敬うことを習慣づけられているのかもしれない。

「何が起きるんですか?」
私はさらに踏み込む。彼女は躊躇している様子だったが、店の外をちらりと見て、誰もいないことを確かめてから低い声でささやいた。

「命を奪われるのよ。」
その瞬間、背筋に冷たいものが走った。

「命を奪われる?」
「道の上に家を建てたり、その場所を掘り返したりした人が、次々と……」
そこまで言ったところで、店の扉がガタンと音を立てて開いた。

振り向くと、先ほど鳥居の近くで見かけた老人が立っていた。その顔には険しい怒りが浮かんでいる。

「辻本、余計なことをしゃべるなと言っただろう。」
低く唸るような声に、辻本早苗――店の女性はしゅんと肩をすくめた。

「でも、よそ者が知りたがっているから……。」

「よそ者には関係ない話だ。」
老人は私に鋭い目を向ける。

「お嬢さん、これ以上首を突っ込むな。縄筋の話は村の者だけが知っていればいい。」

私は胸を押しつけられるような圧力を感じながらも、毅然として言い返した。

「村の中で起きていることが、村の外に関係ないとは言えません。私は真実を知りたいんです。」

老人はしばらく私をにらんだ後、「勝手にしろ」と吐き捨てて店を出て行った。その背中を見送りながら、辻本さんが小さくつぶやく。

「ごめんなさいね、あの人、昔は役場で偉かったから。」

「竹中さん……でしたっけ?」
彼女は頷く。竹中鉄雄。

村の歴史をよく知るというその老人から話を引き出す必要があるのは間違いなかった。

けれど、どう説得すればいいのか――私にはまだその方法が見つからなかった。


竹中鉄雄との再会

夕方になり、私は村の雑貨店を後にして、宿泊先として用意された古い民宿へ向かうことにした。

辻本さんが紹介してくれたその宿は、村の中心から少し離れた場所にひっそりと佇んでいた。

年季の入った木造の建物は、風が吹くたびにギシギシと音を立て、薄暗い廊下が奥へと続いている。

「お世辞にも居心地が良いとは言えないけど、まぁ仕事だし……。」

荷物を置き、早めに夕食を済ませると、私はまだ頭を整理できずにいた。この村で起きていること、縄筋と呼ばれる通り道の真実、そして竹中鉄雄の隠している何か。

それを知るには、彼と直接話をするしかないと考えていた。

――その時だった。廊下の向こうから、ゆっくりとした足音が響いてきた。
「誰かいるの?」

私は扉を開け、廊下を見渡した。
しかし、そこには誰の姿もなかった。
ただ、風が吹き抜けたかのように空気がひんやりとしているだけだ。

「……気のせい?」
扉を閉めて鍵をかけようとした瞬間、また音がした。
今度は廊下の奥から何かが転がるような音。私は心臓の鼓動が早まるのを感じながら、足音の方へと歩を進めた。

薄暗い廊下の突き当たりにあるガラス戸の向こうに、人影が立っている。

「……誰?」
恐る恐る声をかけると、影はゆっくりと振り向いた。
――竹中鉄雄だった。

「お嬢さん、まだここにいるのか。」

彼は無表情で私を見下ろしながら、低い声で続けた。
「少し話をしよう。外に出ろ。」


秘密の告白

竹中に連れられて、私は民宿の裏手にある小さな神社へと向かった。
そこには古びた鳥居と祠があり、その周囲には村の雑草が生い茂っている。月明かりが木々の間を照らし、不気味な静けさが辺りを支配していた。

「ここなら、誰にも聞かれん。」
竹中は振り返り、私に静かに言った。

「お嬢さん、縄筋のことを本当に知りたいのか?」

「ええ。それが村の出来事と関係しているのなら、知らなければいけません。」

竹中は一瞬、ため息をつき、それから低い声で語り始めた。

「縄筋とは、ただの道じゃない。この村には昔から、“通り道”として避けられてきた場所がいくつもある。その上に家を建てたり、道を造ったりすれば、必ず祟りが起きると言われている。」

「祟り……ですか?」

「そうだ。命を奪われる。それも一人や二人じゃない。村全体が呪われるような大きな災いが起きる。」

その言葉に、私はごくりと唾を飲み込んだ。

「でも、どうしてそんな場所があるんですか? 何が通るんです?」

竹中はしばらく黙った後、言葉を選ぶように答えた。
「悪しきもの、だ。」

「悪しきもの?」

「人じゃないもの、だよ。」
竹中の声には、隠しきれない怯えが混じっていた。
彼はふと祠の方へと目を向けた。

「この村の縄筋は、元々『封じられていた』ものだった。だが、近年の新道建設のとき、誰かがそれを乱したんだ。それで……あれが目覚めた。」

「それって、一体……?」

私が問い詰めようとすると、竹中はぴしゃりと口を閉じた。
それ以上語るつもりはないらしい。ただ、振り返ると私に短く告げた。

「帰れ。お嬢さんには、ここにいるべきじゃない。」


祠の謎

竹中の言葉に納得できないまま、私は祠の周囲を見回した。
そのとき、小さな石碑のようなものが目に留まった。

それには不自然に縄が巻かれ、古びた文字が刻まれている。
文字は風化して読みにくいが、何とか一部を読み取ることができた。

「……“封じる”……“祈り”……“魂”……?」
そのときだった。背後から冷たい風が吹き抜け、私は肩をすくめた。
そして微かに、遠くから聞こえる子どもの笑い声のような音に気づく。振り返ったが、そこには誰もいない。

「……気のせい?」
いや、そんなはずはない。

この村では何かが起きている。

それは明らかだった。


祠に響く声

祠の前で立ち尽くしていると、また背後から冷たい風が吹きつけた。
夜の闇が深まる中、木々がざわめき、どこかでカラスが鳴いたような気がした。
けれども、その音は妙に歪んでいて、人の笑い声に聞こえる瞬間があった。

私は無意識に体を縮こまらせた。頭の中では、竹中の言葉が何度も反響していた。

「悪しきもの、だ。」
理屈では説明できない恐怖が、私をじわじわと侵食していく。
しかし、記者としての性分が恐怖に飲み込まれるのを押し留めていた。

「何かが、ある。ここには……。」
祠に巻きつけられた縄に目をやる。

竹中が言っていた「封じられている。」
何か。それがこの中に眠っているのだろうか。

私は恐る恐る手を伸ばし、縄の端に触れた。その瞬間――背後から低い声が聞こえた。

「触るな……。」
振り返ると、竹中鉄雄が険しい表情で立っていた。
その瞳には怒りと恐怖が混じり、震えるような声で続けた。

「触れるな。その縄を乱せば、もう後戻りはできん。」

「でも……これは何を封じているんです? 本当のことを教えてください。」

竹中は険しい顔をしたまま、ため息をついた。
そして、まるで自分に言い聞かせるようにゆっくりと話し始めた。

「この祠は、昔から村を守るためのものだ。村に入ってくる“何か”をここに留め、封じてきた。けれど、何十年も経つうちに封印の力が弱まっている。新道が造られたとき、封じられていた縄筋が乱れた。それから村では怪異が相次いでいる。」

「新道の建設……その時、何があったんですか?」

竹中はしばらく黙り込んだ。

私がさらに問い詰めようとしたそのとき、突然、村の奥の方から鋭い叫び声が響いた。


村の惨劇

「何の声……?」
私は思わず竹中の顔を見たが、彼も明らかに動揺していた。

「嫌な予感がする。行くぞ。」
竹中の言葉に促され、私は彼のあとを追った。

叫び声のする方へ急ぐと、そこには縄筋沿いに建つ家があった。
家の周囲にはすでに数人の村人たちが集まっている。
皆、一様に不安げな表情を浮かべ、何事かを話し合っている。

「何があったんですか?」
私は村人の一人に尋ねた。彼は震える声で答えた。

「……家の中に、人が……。」
家の中に入り、竹中とともに奥へ進むと、そこには信じられない光景が広がっていた。

布団の上に横たわる中年の男性。だが、その顔には深い苦悶の表情が浮かび、胸のあたりには赤黒い痣のようなものが広がっていた。
まるで誰かに胸を押しつけられたかのような跡だ。

「これが……縄筋の呪い?」
思わず声に出してしまった私に、竹中が低い声で言った。

「そうだ。この家は縄筋の上に建っている。そして、これがその代償だ。」
彼の言葉には確信があった。
私は男性の遺体を見つめながら、次第に現実感を失いそうになる。
記者として多くの現場を見てきたが、これは明らかに異質だった。

「そんな……。」
そのとき、背後から村人たちのざわめきが聞こえた。
私は振り返り、竹中の袖を引いた。

「何かが起きています。」
竹中が外に出ると、村人たちが口々に騒いでいるのが目に入った。

その視線の先には――村の奥、縄筋の延長線上にある暗い森が広がっている。そこからかすかに赤い光が漏れているのが見えた。


赤い光の謎

「何だあれは……?」
村人の誰もが言葉を失っていた。

赤い光は揺らめくように森の奥へと消えていく。
私は一歩前に出たが、竹中が腕を掴んで止めた。
「やめろ。あれは人が近づくべきじゃない。」

「でも、あれは……。」
竹中の目には明らかな怯えが浮かんでいた。
それでも私は足を止めることができなかった。

記者としての好奇心、いや、それ以上に、この謎の中心に迫りたいという衝動が私を突き動かしていた。

「私は行きます。」
その言葉を聞いて、竹中は激しい口調で言い返した。

「愚か者! 縄筋に近づけばお前の命だって――!」

しかし、そのとき、不意に竹中の言葉が途切れた。
彼の視線の先には、赤い光が再び現れ、森の中からこちらをじっと見つめるように漂っている。

それは人の顔のような形をしていた。赤い口がゆっくりと開き、何かを囁くような音がかすかに聞こえた。

「……来い……。」

私は凍りついた。
音が私を呼んでいるように思えた。
そして、その音に抗うことができないような感覚が全身を支配した。


赤い光への追跡

私はその場で硬直していた。
赤い光が漂う先、闇の中から囁くような声――**「来い……」**というその言葉が頭から離れない。
気づけば、一歩ずつその光に向かって歩を進めていた。

「お嬢さん! 戻れ!」
竹中が後ろから叫ぶ。

しかし、その声すら耳に入らない。

足はまるで誰かに操られているかのように、森の中へと進んでいった。

冷たい空気が肌を刺し、草むらが足元に絡みついてくる。

背後のざわめきが遠ざかり、私は一人、赤い光を追っていた。


縄筋の道

森の奥へ進むと、明らかに空気が変わった。
冷たいというより、重たい。まるで水中にいるような圧迫感が全身を包み込んでいる。
光は細長い一本道を照らしながら、ゆっくりと進んでいく。

――これが縄筋なのか?

道の両側には苔むした石垣や倒れた木々が並び、その間を通る細い道が、まるで異界へと続いているかのように見えた。

足元の土は固く踏みしめられ、まるで何百年も人々がここを行き交ったかのようだった。

不意に赤い光が止まり、消えた。私は立ち止まり、周囲を見渡した。
辺りは完全な闇に包まれている。
ただ、奇妙な気配だけが私を取り囲んでいた。

「……誰かいるの?」
私は震える声で問いかけた。

返事はなかった。ただ、風に混じるかすかな笑い声が聞こえる。

次の瞬間、背後から冷たい手が私の肩を掴んだ。


異形の姿

「――っ!」
振り返ると、そこには人の形をした何かが立っていた。
黒い影のような存在で、その顔には目も鼻もない。
ただ、口だけが異様に赤く裂けており、まるで笑っているようだった

「お前も……ここに来たのか。」

その声は低く、不快なほど耳に残る。私は後ずさるが、足が何かに絡みついて動けない。影が一歩、また一歩と近づいてくる。

「待って……来ないで!」
私は叫びながら後退しようとした。

しかし、足元を見下ろして愕然とする。
土から無数の手のようなものが伸び、私の足をしっかりと掴んでいた。まるでこの道そのものが、生きているかのように動いている。

「ここは、縄筋……お前も取り込まれるんだよ。」
赤い口がさらに裂け、影が笑い声を上げる。

その声に耐えきれず、私は両手で耳を塞いだ。

それでも音は頭の中に直接響いてくる。


竹中の救出

「離れろ!」
突然、頭上から鋭い声が響き、同時に光が私を照らした。

竹中鉄雄だった。
手に持った松明を振りかざし、影に向かって突きつける。

「戻れ! ここはまだお前の場所じゃない!」
影はしばらく竹中をにらむようにしていたが、やがてゆっくりと後退し、再び闇の中へと消えていった。

それと同時に、私の足を掴んでいた土の手も静かに地面に戻っていく。
「立てるか?」
竹中が私の腕を引き上げた。
私は膝の震えを抑えながら立ち上がったが、声を出す余裕はなかった。

「何をしていたんだ! あそこまで行くのは愚か者だけだ。」
竹中の怒鳴り声が、現実に引き戻してくれたようだった。

「……あれは、何ですか?」
竹中はしばらく沈黙してから、低い声で答えた。

「あれが、この村の縄筋に潜むものだ。かつて村人たちが封じた悪しき存在だよ。」

「悪しき存在って、一体……?」

「それは……怨念だ。」


封じられた怨念

竹中の話によると、縄筋はかつてこの村で犠牲となった人々の怨念が通る道だという。
数百年前、この土地では疫病や飢饉が続き、多くの人が命を落とした。生き残った村人たちは、犠牲者の霊を鎮めるために道筋を祠で封じ、村の平和を保ってきた。

「だが、新道の建設でその封印が破られた。そして、あれが目を覚ました。」
竹中の声には、深い後悔と恐怖が滲んでいた。

「新道を作るなんて、村人の誰もが反対していたんだ。
だが、外から来た連中にはそんな伝承はただの迷信にしか見えなかった。」

「だから、村の人たちが今……こんなことに巻き込まれているんですね。」
竹中は頷いた。

「お嬢さん、まだ戻れるなら戻るんだ。これ以上深入りすれば、お前もあれに取り込まれる。」

しかし、私はもう引き返す気にはなれなかった。
この村で起きていることを放置するわけにはいかない。それに、私自身がこの謎に魅入られてしまったのだ。

「私にはやらなければいけないことがあります。」

竹中は深く息を吐き、疲れたように首を振った。

「ならば、自分の命を覚悟するんだな。」


村の深い闇

竹中と共に村へ戻ると、すでに夜は更け、辺りは静まり返っていた。
けれども私の中では、不安と恐怖が膨れ上がっていた。
先ほど見た赤い口の化け物、縄筋に渦巻く怨念――そして竹中が語った村の過去。すべてが噛み合わず、霧がかかったままだ。

竹中は一言も喋らず、静かに歩き続けている。その背中を見つめながら、私は意を決して声をかけた。
「竹中さん、教えてください。この村で本当は何があったんですか?」

竹中は立ち止まり、振り返った。その顔には深い疲れがにじみ出ている。
「……お前は、本当に知りたいのか?」

「ええ。」

彼はしばらく私を見つめた後、深いため息をつき、静かに語り始めた。


竹中が語る真実

「この村が今の形になる前、ここには別の集落があった。その名を『上深藪』と言う。」

「上深藪……?」

「そうだ。だが、あの集落は消えた。いや、消されたと言った方が正しいだろう。」

竹中の声は低く、重かった。私は息を飲みながら続きを促した。

「村人たちは、疫病や飢饉に苦しんでいた。食料が底をつき、生き残るためには何かを犠牲にするしかなかったんだ。」

「犠牲って……まさか。」

「そうだ。上深藪の村人たちは、自分たちの村を切り捨て、そこに住む者たちを“神に捧げる”名目で見捨てた。そして、新たにここに村を作り直した。それが今の深藪村だ。」
私は息を呑んだ。

村の住民たちは生き延びるために自分たちの仲間を犠牲にした――そして、その行いが怨念を生み出したのだ。

「上深藪の人々は縄筋に縛られた。そしてその怨念が村を呪うようになった。」

竹中の言葉が頭の中でこだまする。

縄筋とはただの通り道ではなく、この村が抱える罪の象徴だったのだ。


封印の鍵

「竹中さん、その怨念を止める方法はないんですか?」
私が問い詰めると、彼は眉をひそめた。

「怨念を完全に鎮める方法は一つだけだ。」

「それは?」

「封印を再び行うこと。そして……“贄”を捧げることだ。」

「贄……って、人ですか?」

竹中は何も答えなかったが、その沈黙がすべてを物語っていた。
私は血の気が引くのを感じながら、それでも次の言葉を搾り出した。

「そんな……そんなこと、できるわけない。」
「村人たちはそれを知っている。

だからこそ、お前のようなよそ者を歓迎しないのだ。外の人間を巻き込めば、村の平穏は守れるからな。」

私は言葉を失った。

この村に来たとき、村人たちの冷たい態度に違和感を覚えていたが、それは私を“生贄”にする計画だったからなのだ。


辻本早苗の告白

その夜、私は宿に戻らず、辻本早苗の店を訪ねた。
彼女だけは唯一、私に友好的な態度を見せていたからだ。
店はすでに閉まっていたが、私が扉を叩くと、やや警戒した様子で彼女が顔を出した。

「こんな時間にどうしたの?」
私は辻本さんに、竹中から聞いた話をぶつけた。
すると、彼女の顔色がみるみる青ざめていった。

「……あの人、そこまで話したのね。」

「辻本さん、教えてください。この村で何が起きているのか。私は村の呪いを解きたいんです。」
彼女は震える声で答えた。

「……あなたには関係ないことよ。でも……」

「でも?」

「村の神殿に行けば、本当のことがわかるわ。」

「神殿?」
「村外れの森の奥にある。そこがすべての始まりの場所。もし行くなら、命を落とす覚悟で行って。」

辻本さんの目には涙が浮かんでいた。

その言葉が彼女の本心であることは明らかだった。


次の朝、神殿へ

翌朝、私は竹中を説得し、神殿へ向かう決意を固めた。
怨念を解き放つのか、再び封印するのか――その判断をするには真実を知る必要があった。

竹中は渋々ながらも同行を承諾し、二人で村外れの森を目指した。
途中で辻本さんからもらったお守りを手に握りしめながら、私は深い森の中に一歩を踏み出した。

「ここが……神殿。」
竹中が指さした先には、苔むした石造りの建物があった。
その入り口には、何重にも巻かれた縄が朽ち果てた状態で垂れ下がっている。私はその場で立ち尽くした。

「お嬢さん、行くなら最後まで覚悟しろ。」

竹中の声が低く響いた。私は深呼吸し、震える足で一歩を踏み出した。


神殿の奥へ

竹中の言葉に背中を押されながら、私は神殿の入口へと向かった。
縄で封じられていた扉は崩れかけており、そこからはひんやりとした空気が流れ出ている。中は真っ暗で、何があるのか全く見えない。

「気をつけろ。ここには、かつて封じられていた“もの”がいる。」
竹中の言葉が妙に現実感を帯びて響いた。

私は懐中電灯を取り出し、震える手でスイッチを入れた。ぼんやりとした光が神殿の中を照らす。

入口をくぐると、そこは広い空間だった。
石造りの床には古い文様が刻まれており、壁には奇妙な絵や文字が描かれている。
よく見ると、それらは人々が何かから逃げ惑う様子を表しているようだった。

「これは……?」

竹中が私の横で低い声で言った。

「怨念を封じる儀式の記録だ。」


儀式の記録

壁画には、村人たちが縄筋を囲むように祈りを捧げる場面が描かれていた。その中心には巨大な赤い口の化け物が描かれている。
裂けた口の中からは無数の手が伸び、村人たちを引きずり込もうとしている。

「この赤い口……まさか。」

「そうだ。お前が見た化け物だ。」

竹中は険しい表情で壁画を指した。

「これが怨念の正体だ。犠牲にされた上深藪の村人たちが作り出した集合的な怨念。その怒りと悲しみが化け物となり、この村を呪っている。」

私は壁画を見つめ、胸が締めつけられるような思いを感じていた。

「でも、どうして怨念がこんな形に……?」

「生き残った村人たちが、恐怖と罪悪感からこの存在を“神”として祭り上げたからだ。
そして神として祀ることで、怨念を封じ込めようとした。

それがこの神殿の役割だ。」

竹中の言葉が終わると同時に、奥から何かが動く音がした。

私は思わず懐中電灯を向ける。


怨念との遭遇

神殿の奥に、巨大な影が蠢いているのが見えた。
それは壁画に描かれた赤い口の化け物とそっくりだった。
裂けた口がゆっくりと開き、中から低い声が漏れてくる。

「……また来たのか……。」

その声は、無数の人の声が混ざり合ったような異質な響きだった。
私は震える足で後ずさり、竹中の方を振り向いた。

「これが……本当に怨念……?」

「そうだ。そして、こいつを再び封じるには儀式が必要だ。」

竹中は手に持っていた古い巻物を開き、中に書かれた呪文のような文字を指差した。

「祈りを捧げ、贄を差し出す。それがこの村を救う唯一の方法だ。」

「でも、贄って……それは人を犠牲にすることですよね? 他に方法はないんですか?」

竹中は目を伏せ、苦い顔をした。

「これ以外の方法は、封印が完全に崩れることを意味する。

そうなれば、この村だけじゃない。外の世界までこいつの呪いが広がるだろう。」
竹中の言葉が現実感を持ちすぎていて、私は言葉を失った。

しかし、怨念の巨大な影がこちらに向かって動き出したことで、考える余裕もなくなった。


儀式の開始

「時間がない! 祈りを始めるぞ!」
竹中は巻物を広げ、低い声で呪文のような言葉を唱え始めた。

その声が響くと、神殿全体が振動し始めた。
私はその場に立ち尽くし、祈りの声を聞きながら周囲を見渡した。

「贄……。」
その言葉が頭をよぎる。

私は心の中で葛藤していた。

この村を救うために、誰かを犠牲にするべきなのか――それとも、他に方法があるのか。


決断の時

怨念の赤い口がさらに大きく開き、神殿全体を飲み込むような気配を放っている。
その姿を見た瞬間、私は決意を固めた。

「竹中さん……私がやります。」
竹中が驚いたように私を振り返る。

「お前、何を言っているんだ!」

「この村の呪いを終わらせるためなら、私の命でも使ってください。」

竹中は巻物を握りしめ、苦悶の表情を浮かべた。

しかし、怨念の影がさらに近づいてくると、彼は静かに頷いた。

「……分かった。その覚悟、無駄にはしない。」



贄の儀式

竹中が巻物を握り直し、儀式の言葉を唱え始めた。

神殿全体が低い振動音に包まれ、足元の石床がまるで心臓の鼓動のように脈打ち始めた。

「お嬢さん、本当に後戻りはできんぞ。」

竹中の言葉は厳かだったが、その目には迷いと悲しみが浮かんでいた。私は大きく息を吸い込み、震える体を抑えながら言った。

「覚悟はできています。これ以上、この村が呪われるのを見たくありません。」

私は神殿の中央に歩み寄り、そこで両膝をついて座った。竹中が懐から小さな刃物を取り出すのが見えた。

それは古びた儀式用の短刀だった。
「この短刀で、自分の血を贄として捧げるんだ。」

私は震える手で短刀を受け取り、竹中の指示通りに構えた。
目の前には赤い口の化け物が大きく裂け、私をじっと見つめている。
その瞳のない顔からは、無数の囁き声が響いてくる。

「来い……お前の魂を……。」

「これで本当に封印できるんですか?」

私は竹中を見上げた。彼は固い表情のまま頷いた。

「封印を完成させるには、贄の血と祈りが必要だ。お前が覚悟を決めてくれれば、それで終わりだ。」

「……わかりました。」

短刀を握りしめる手に力を込めたその瞬間――何かが私を止めた。


真実の囁き

頭の中に、もう一つの声が響いてきた。それは竹中や怨念のものではない、もっと柔らかく、それでいて悲しみに満ちた声だった。

「待って……あなたが贄になる必要はない……。」

「……誰?」
私は声を上げた。

しかし、竹中には聞こえていないようで、彼は儀式を急かすように声を張り上げた。

「何をしている! 時間がないぞ!」

その柔らかな声は続けて言った。

「贄を必要としているのは、怨念ではない……それは村の罪を覆い隠すための方便……。」

「村の罪を覆い隠す……?」

頭の中に一瞬、竹中が語った話が蘇った。

上深藪の村人たちを犠牲にして作られたこの村。

その真実を隠し続けるために、贄という仕組みを維持してきたのではないか――そんな疑念が浮かんだ。

「竹中さん……この儀式は本当に必要なんですか?」

私は問いかけた。竹中は焦った様子で言い返す。

「何を言っているんだ! これが唯一の方法だ!」

「でも、どうして村人たちは代わりに贄になろうとしなかったんですか? なぜよそ者ばかりが犠牲になるんです?」

竹中は言葉を失った。私は続けた。

「贄が必要なのは、村の怨念を封じるためじゃない。村人たちの罪を代償にしてきたからじゃないんですか?」

その瞬間、赤い口が大きく裂け、異様な笑い声を上げた。

「よくぞ気づいた……よくぞ気づいた……!」


怨念の語り

「そうだ……私たちは、贄など望んでいない。ただ、真実を知ってほしいだけだ……!」

赤い口の化け物の声が神殿に響き渡る。

竹中は後ずさり、驚愕の表情を浮かべた。

「何を言っている……? お前たちは封印を望んでいたはずだ!」
怨念は笑い声をやめ、低い声で語り始めた。

「封印など望んだことはない。ただ、私たちの苦しみを知ってほしいだけだった。だが、お前たちはそれを“神”として祀り、都合のいい伝説を作り上げた……すべてを忘れるためにな。」

竹中は愕然とした表情で怨念を見つめた。

「そんなはずは……。私はずっと村を守るために……!」

「お前たちが守ってきたのは村ではない。己の罪だ!」

怨念の声は怒りで震えていた。そして、再び私に向かって囁いた。

「ここを離れろ。真実を伝えろ。私たちはお前を贄とはしない……。」


村を離れる決断

私は短刀を地面に置き、竹中を見つめた。

「竹中さん、私はもうこの儀式に加担できません。この村の罪を知った以上、それを覆い隠す手伝いはできません。」

竹中は立ち尽くし、何も言わなかった。

ただ、その背中は小さく震えていた。

赤い口の化け物は最後に一言だけ残した。

「伝えよ……すべてを……。」
その声とともに、神殿全体が揺れ始めた。

私は竹中を引き、神殿の外へと駆け出した。


村の夜明け

神殿を後にした私は、村を後にする準備を整えた。
竹中や辻本早苗と再び話す機会があったが、村の住人たちは私の決断に口を閉ざしたままだった。

彼らもまた、罪の重さを受け止める準備ができていないのだろう。

私は村を後にし、すべてを記事にして伝えることを心に誓った。


エピローグ

それから数週間後、私が書いた記事は多くの反響を呼んだ。

だが、真実を知ることで村が救われたのか、あるいは呪いが再び広がったのか――その答えは今も分からない。

ただ一つだけ確かなのは、あの赤い口の化け物の声が、今も私の耳に残っていることだ。

「伝えよ……すべてを……。」

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