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幽霊教

「幽霊は世界を救う、だから君も幽霊を崇め祈りなさい。」

その言葉を耳にした瞬間、私は不気味な寒気を感じた。
教室の隅で囁かれたその教義は、まるで人間の常識を嘲笑うかのように響いた。
発言の主は同級生のアキラだったが、その目には奇妙な輝きが宿っていた。冷たい笑顔を浮かべながら、彼は話を続けた。
「お前、本気でそれ言ってんのか?」私は問い返した。
アキラは一瞬だけ目を伏せ、静かに頷いた。
「神様は怖いんだ。言うことを聞かない奴を罰するんだよ。でもね、幽霊は違う。もとは人だから、僕らの味方なんだ。」

彼の言葉は狂気じみていたが、それでも彼は確信に満ちた表情を崩さなかった。
私たちは幼い頃から先祖を拝んで育ってきた。

だが、アキラが語る幽霊教は、それを遥かに超えたものだった。

「先祖を祀り、祈る。するとどうだい、成仏するんだ。そして、守護霊となって僕らを守ってくれる。」
彼の語る守護霊の存在は、どこか不安を覚えさせた。
神様に祈っても願いが叶うことは稀だが、幽霊に祈れば願いが叶うという。アキラはこう続けた。
「幽霊はね、人間だから、生きてた時と同じようにえこひいきもするし、同情もする。家族や好きな人には甘いんだ。だから、お願い次第で願いが叶うんだよ。」
私はその理屈が腑に落ちず、彼に問いただした。
「それっておかしくないか?亡くなった人間に頼るなんて、普通じゃないだろ?」
「全然おかしくないさ」とアキラは笑ったが、その笑顔はどこか冷たく、目が笑っていないことに気づいた。
彼の説明では、幽霊教はただ先祖を敬うものであり、恐れるべきものではないという。
しかし、生霊――つまりまだ生きている者の霊は異なる存在だと語った。

「生霊はご先祖様じゃないんだ。いわば本人そのものだから、好きにしたらいいんじゃないかな。
お祓いができるかって?君、幽霊にお祓いを頼むなんておかしいと思わないの?」
「でも、ご先祖様次第ではお祓いが可能なんだ」
と彼は不穏な微笑みを浮かべた。
「まずは、ご先祖様と仲良くなることだね。それが一番の近道なんだよ。」
アキラは続けた。
「まずは君がご先祖様に護ってもらえるかを試そう。毎日しっかり供養を続ければ、絆が生まれるものなんだ。中にはそれができない人もいるけど、問題ない。結婚や養子縁組で、無理やりにでも繋がりを作ることができるさ。もちろん、お布施次第だけどね。」

アキラの言葉は、次第に現実離れしたものになっていった。
彼の幽霊教では、霊魂を単なる道具として利用し、浄霊や成仏は手間と費用がかかるため避けるべきだと考えていた。

「幽霊はとても便利なんだ」と彼は言った。
「動物は言葉が通じないし、神様は気まぐれすぎる。
でも幽霊なら、相談に応じてくれるし、交渉もできるんだ。」
私はその話を聞いているうちに、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

アキラの幽霊教は、人間の恐怖と欲望を巧みに操るものであり、そこには人間の善意や神聖な信仰は存在しなかった。
ただ、幽霊を操り、自分の欲望を満たすための手段として彼らを利用するだけだった。
その日の夜、私はアキラの言葉が頭から離れず、なかなか眠れなかった。
幽霊教の教義がどれほど危険なものであるかを理解したとき、彼がどれほど深い闇に取り憑かれているのかが見えてきた。

翌朝、学校に行くと、アキラは姿を消していた。
彼の机の上には、古びたお札が一枚だけ置かれていた。
そのお札には、何かの文字が書かれていたが、私には解読できなかった。

その日以来、私はアキラの幽霊教が単なる妄想ではなく、実在する恐怖であることを確信するようになった。
そして、彼の言葉通り、夜になると、誰かが私の耳元で囁くような感覚が続いた。
「幽霊は、君を見ている。君が次の信者になるのを待っているんだ。」
私は恐怖に駆られながらも、アキラの姿が見えない日々が続く中で、彼が幽霊教を広めるために消え去ったのだと考えるようになった。

幽霊教がどこまで広がり、どれほどの人々を巻き込んでいくのか、その答えを知るのはもう遅すぎたのかもしれない。

もし、亡くなった家族が見守るだけでなく、願い迄叶えてくれるとしたら
使えるものは親でも使えと良く言ったもんだ。

他の宗教よりも、わかり易い。
そして、信じることができる。
中には、親族に対して良い印象が無い人もいるだろう
だが、親の親、さらには親の親の親がいるだろう。
何も心配ない。

そう、伝えるアキラの眼は怪しく輝いていた。
それが、本当の家族の霊で無くてもても良いのさ
使えれば何でも良い、最後は、信じる者は救われる。
そう、最後に勝つのは、信じることが出来たものが勝つ。
そういう意味では、都合が良い。

幽霊を崇め、信仰することで、願いが叶う。

それが、幽霊教。

入会料は、一口1万円より、幾らでも可能です。

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