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幽霊収集家・黙阿弥加恋の献立帖2「お地蔵様の甘いケーキとお饅頭」

「お地蔵様の甘いケーキとお饅頭」

あらすじ


黙阿弥加恋(もくあみ かれん)は、古書店「黙夜堂」の店主であり、世間からは「幽霊の収集家」として知られている。
彼女は幽霊に取り憑かれた食事を探し出し、自らの不気味な**「幽霊の献立帖」**に記録することを生涯の使命とする。
幽霊の食事を献立帖に閉じ込めることで、幽霊たちの苦しみを鎮める力があると信じているが、その過程で自身もまた幽霊に近づきすぎ、徐々に魂が蝕まれていく。

ある日、加恋のもとに奇妙な依頼が舞い込む。
とある田舎町の古びたお地蔵さまに30代の男の霊が取り憑いているという。

その霊は、甘いもの—特に饅頭やケーキ—を食べることに執着しており、供え物を強要するばかりか、咀嚼音で成仏しようとする異常な存在だった。加恋はその霊の異常性に引かれ、町を訪れる。
しかし、お地蔵さまの霊は単なる甘党の幽霊ではなかった。
彼は長い間お地蔵さまに憑りつき、人々を操り、その動きを楽しんでいたのだ。
供えられる饅頭やケーキの背後に潜む狂気は、徐々に加恋を蝕んでいく。

加恋は、霊が人々を操り続ける理由、そしてその執着が生まれた背景を解き明かすため、お地蔵さまの供養に挑む。
しかし、供え物と霊の欲望が交錯する中で、彼女自身がその献立帖に何を記録すべきかを迷い始める。
母を亡くした過去の傷が深く影響する中、加恋は果たしてその霊を成仏させ、同時に自身の魂を守ることができるのか?幽霊の献立帖に封じられる最後の一皿とは、何なのか?

この物語は、食と死者の異様な関係、そしてそれに囚われた人々の心の闇を描く、ダークホラーである。

登場人物

主人公プロフィール: 黙阿弥加恋(もくあみ かれん)

  • 年齢: 32歳

  • 職業: 古書店「黙夜堂(もくやどう)」の店主 / 幽霊の収集家

  • 外見:黒髪をいつもきちんと結い上げ、無表情ながらも知的な雰囲気を醸し出す。背は平均的だが、やや細身。黒のシンプルなワンピースや和風の着物を愛用し、常に冷静で無駄のない動きが特徴。彼女の瞳には、何かを探し求めているかのような強い意思が宿っている。顔には過去の痛みを映し出すかのような薄い微笑みが時折浮かぶ。

  • 性格:冷静沈着で理知的だが、心の奥底には亡き母への深い悲しみが隠れている。彼女は過去に幽霊に取り憑かれ、食べ物と死者に関する強迫観念を抱くようになった。表面上はクールだが、内心では幽霊の苦しみを深く理解し、その存在を静かに鎮めようとする優しさを持つ。しかしその優しさは自分を犠牲にする形で現れる。自分が幽霊に近づきすぎていることに気づきながらも、幽霊たちを献立帖に閉じ込めることが自らの使命だと信じている。

  • 背景:幼い頃に母を亡くし、その時に母が作った最後の夕食が彼女の人生を大きく変える。亡き母の霊が加恋に現れたことをきっかけに、食と死者の関係に執着を持ち始め、幽霊にまつわる食事を集めることを目的とするようになる。母が死ぬ直前に残した献立帖を偶然見つけ、それを拠り所に幽霊たちの料理を記録し始めた。彼女の献立帖は、まるで生きているかのように常に新たな怪異を求め、加恋を導いていく。

第一章 - 依頼

古書店「黙夜堂」の扉を開けると、かすかなベルの音が店内に響いた。
無数の古書の香りに包まれたこの場所は、私にとって唯一落ち着ける場所だ。
だが今日は、何かが違った。冷えた空気が、いつも以上に肌にまとわりついている。

「加恋さん、また誰かが来てますよ」
声をかけてきたのは、私の唯一の助手、霊媒師の秋月美咲だ。
彼女は本棚の陰から姿を現し、少し不安そうな顔をしていた。

「ええ、感じています」
私もまた、すでにその存在に気づいていた。
店の奥、普段はお客様が立ち入らない禁書の棚のあたりに、どこからか漂う甘い匂い。まるで、ケーキが焼ける前のほんのりとした香り。
「今度は何者かしらね」
私は無表情を保ちながらも、心の中で少し微笑んでいた。

この世に迷い込んだ幽霊たちは、しばしば私の店にやってくる。彼らは食べ物に執着し、特に甘いものに惹かれることが多い。今日の依頼も、そんな類のものだろう。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
無音の空間に向けて私はそう声をかけた。

すると、部屋の中でひそかに物音がした。おそらく依頼主だ。
「…助けてください…」
その声は、あまりに弱々しく、そして甘美だった。私の心に届くかのようなその声。だが、私はすでにそれが何を意味するか、察していた。

「甘いものを食べたいのでしょう?饅頭やケーキが好きだと言って」
返答はない。だが、その沈黙こそが彼らの答えだ。

お地蔵様に取り憑いていた幽霊が、今まさに私の前に現れたのだ。

おそらく、何か甘いものを求めて現世に留まっている存在。

第二章‐ 霊の異常性

加恋は、町の住人たちから話を聞くうちに、
その霊がただ甘党の幽霊ではないことに気づいていく。
彼は、供えられる饅頭やケーキを食べるだけでなく、人々にその供え物を強制し、その咀嚼音に耳を傾けることに異常な喜びを見出していた。

「お地蔵さまに供えるのは、昔からの習慣だったんです。でも、あの霊が憑りついてから、何かがおかしくなりました。」
町の住人たちは恐怖に怯えながらも、供え物を続けていた。
彼らはまるで、霊に操られるかのように行動していたのだ。

加恋は、その異様な光景に言葉を失いながらも、すぐに霊の目的がただの甘いものへの欲望ではないことを察した。

霊が甘いものを通じて、人々の心を操り、楽しんでいる――その真相が明らかになるにつれて、加恋はその狂気に巻き込まれ始める。


第三章 - 甘味処「茶屋さと」の饅頭

私は美咲と共に、町の甘味処「茶屋さと」へと足を運んだ。
この店の饅頭が、最近お地蔵様に供えられているという話を聞いていた。
甘い香りが漂う店内に入ると、店主の佐藤奈々美が私たちを迎えてくれた。彼女の顔には、どこか影が差している。

「佐藤さん、あなたが作る饅頭に何か心当たりはありませんか?」
私の問いかけに、彼女は震える声で応えた。

「最近、作るたびに不思議なことが起こるんです。饅頭が消えるだけでなく、まるで生き物みたいに…そして、誰かが囁いてくるんです…」
「囁いてくる?」
「…『もっと供えよ…甘いものをもっと…』と…」
彼女は怯えながら言葉を続けた。

どうやら、この饅頭が幽霊に憑りつかれている可能性が高い。私は彼女から饅頭のレシピを聞き出すことにした。

「材料は普通のものです。小麦粉、餡、そして…隠し味に少しだけ、母が使っていた古い砂糖を使っています。その砂糖が…母が亡くなった後に見つけたもので…」
そうだ、幽霊の存在を感じたのはこの砂糖だろう。
亡き母の思い出が、この饅頭に取り憑いているに違いない。

では、私が、そのお饅頭とケーキを再現致しましょう。

私はまず、今回のお饅頭とケーキの材料を選定することから始めた。

黙阿弥加恋の手記によれば、「亡霊のお菓子」には以下の食材が使われるとされていた。

  • もち米粉:柔らかさと甘味の基礎となる食材で、亡霊の存在を感じ取るために欠かせない。

  • 黒糖:濃厚な甘みで、亡者の過去の思い出を封じ込める力を持つ。

  • 小豆:小豆には、亡霊たちの哀しみが染み込むとされ、魂との交感に重要な役割を果たす。

これらを手に入れ、さらにケーキには、抹茶や栗のクリームを加えて秋の雰囲気を出すことにした。
全ての材料を揃え、私調理を開始した。

調理開始
まずは、もち米粉と黒糖を丁寧に練り上げ、生地を作り始めた。
もち米粉の柔らかさが手に馴染む感触は、まるで亡者たちの魂に触れているかのように感じた。
生地を成形し、小豆を包み込むと、次第に形が整っていく。
もち米の香りが漂い始め、黒糖の甘い香りが心に染み渡る。

次に、ケーキの準備に取りかかった。

抹茶をふんだんに使ったスポンジ生地を焼き上げ、その中に栗のクリームをたっぷりと詰めた。
焼き上がりのケーキからは、ほんのりとした抹茶の苦みと、栗の甘さが絶妙に香り立つ。

お菓子の完成
ケーキとお饅頭が揃った瞬間、私はその美しさに息を呑んだ。
淡い緑色のケーキと、小豆が透けるかのようなふんわりとしたお饅頭が並ぶその姿は、まるで亡者たちの思いが形を成したかのようだ。

「これが…亡霊のお菓子か。」
その瞬間、私の胸に不思議な感覚が走った。
まるでお菓子から亡者たちの囁きが聞こえてくるかのような錯覚に陥った。

蒸し器からふわりと蒸気が立ち上り、お饅頭が完成した。
ケーキも綺麗に焼き上がり、台所には甘い香りが広がっていた。
その美しさに、私は一瞬息を呑んだ。お饅頭の柔らかな白さと、ケーキの淡い緑色が絶妙に調和し、まるでお地蔵様に捧げられる供物のようだ。

「これで…浄化が進むはず。」
私は静かにお饅頭を一つ手に取り、それを食べ始めた。
その瞬間、まるでお地蔵様に憑りついた幽霊たちの思いが口の中に広がるかのようだった。

甘さの中に哀しみがあり、けれどもそれはどこか懐かしく、安らぎを感じさせる。

第四章‐男の霊の正体


その反面、加恋は霊の過去にたどり着く。
男は生前、孤独な人生を送っていた。

甘いものだけが彼の唯一の慰めであり、彼はそれに執着していた。
やがて、彼は事故に遭い命を落とすが、甘いものへの執着心が彼をお地蔵さまに縛りつけたのだ。

しかし、彼の執着は単なる欲望ではなかった。
甘いものを通じて人々を操り、自分の孤独を他者に押し付けることで、彼はその空虚な心を埋めようとしていたのだ。

彼が饅頭やケーキを食べるたびに、彼の孤独が和らぐ。
しかし、その咀嚼音は、彼の魂が完全に満たされることのない証だった。

献立帖への記録
私がそれぞれのお菓子を口に運ぶたびに、彼らの過去が鮮明に浮かび上がる。悲しみや喜び、憎しみが一つ一つの味に織り交ぜられているかのようだ。
私の手元の献立帖がゆっくりと開き、まるで自らの意志を持つかのようにページがめくれていく。
ペンが自然に動き出し、亡者たちの思いが一文字ずつ刻まれていった。

  • 亡霊のお饅頭

    • 材料:

      • もち米粉、黒糖、小豆

    • 調理法:

      • もち米粉を黒糖で練り、生地を整える。

      • 小豆を包み、静かに蒸し上げる。

      • 亡者の思いを込め、一つ一つに真心を添える。

  • 亡霊のケーキ

    • 材料:

      • 抹茶、栗のクリーム、バター

    • 調理法:

      • 抹茶を練り込み、ふんわりとしたスポンジ生地を焼き上げる。

      • 中に栗のクリームを詰め、緑の苦味と甘さの対比を楽しむ。

      • 最後に亡者の囁きを聞きながら、丁寧に盛り付ける。

ページが閉じられるとき、亡霊たちの思いは私の胸に深く刻まれていた。

ケーキを食べ終えると同時に、私は献立帖を開いた。
そこには、幽霊たちの思念が新たな献立として記されていく。
ケーキと饅頭が彼らの永遠の苦しみを封じ込める材料となり、献立帖に新たな一品が加わる瞬間だった。

「これで、また一つ救われたわね…」
私は静かに呟き、ページに刻まれた文字を見つめた。
献立帖は私にとって、単なる記録帳ではない。
それは私が背負う運命の一部であり、幽霊たちを鎮めるための唯一の手段だった。

しかし、同時にそれは私自身をも蝕んでいく。

「加恋さん…あなた、大丈夫?」
美咲の声が心配そうに響く。彼女は私が抱える苦悩を知っている。
幽霊たちを救うために食事を取り込み続ける私が、少しずつ彼らと同化しつつあることを。

「大丈夫よ、これが私の使命だから」

私は微笑みながら答えたが、その笑顔には決して安堵感はなかった。

彼女の心にはまだわずかな不安が残っていた。

その後、問題のあったお地蔵さまは、大人しくなり、安心してお供えをすることが出来ると、今まで以上にお供えが置かれ。
心なしかお地蔵様がふっくらしたように見えるのを見て、安心した加恋は古書店「黙夜堂」に戻り、一人明かりの無い部屋で、今日の出来事を思い出していた。
何て、美味しいスィーツ。
加恋はまた食べたいと言う欲求を感じ我に返る。

幽霊入りでないと食べたくない、普通の食事では満足出来ない。

加恋は、少しずつ摂食障害を抱えるようになる。

そして、自分為に、自らの亡霊のレシピを用意する時が来る。

確実に、夜の料理の献立帖の罠に落ちて行く。

続く。

第1話はこちら。


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