現代版轆轤首 「飛頭蛮の宿」―呪われた夜と首の物語―
あらすじ
現代の静岡県。
若い僧侶・深見了雲(みかみ りょううん)は、寺の生活に嫌気が差し、ある夜、観光地で出会った女性・藤田紗英(ふじた さえ)と駆け落ちをする。
しかし、生活が破綻し始めたころ、彼は山奥の断崖で紗英を突き落としてしまう。
全てを捨てて俗世に戻った了雲は「深見洋一」と名を改め、平凡な生活を手に入れる。
しかし数年後、偶然宿泊した民宿の娘・美香と恋に落ち、穏やかな生活が始まるかに見えたその夜、美香の首が異様に伸び始め、顔が紗英と化して怨念を吐く。
紗英の呪いと美香の秘密、そして浮かび上がる宿主の恐ろしい過去。
三者の因果が交錯する恐怖の物語。
登場人物
深見了雲(みかみ りょううん)
年齢:
28歳前後
体格:
身長は175cm程度でやや細身。僧侶としての修行から来る無駄のない体つきだが、筋肉質というより引き締まった印象。
緊張感を漂わせる立ち姿で、どこか頼りない影を持つ。
顔立ち:
面長で鼻筋の通った涼しげな顔立ち。人によっては「優男」と評されるタイプだが、目の下に疲れが見え隠れしている。
髪は黒の短髪だが、僧侶時代から伸ばし始めたため中途半端な長さで整っていない。どこか無精ひげが伸びていそうな印象も。
目は切れ長で瞳が濃い焦げ茶色。見つめられると冷静な印象を受けるが、どこか後ろめたさを隠しているようにも感じられる。
特徴:
普段の服装は質素で無難なカジュアルスタイル。ユニクロのようなシンプルなシャツやパンツを好む。
左手の親指に僅かな傷跡があり、それが仏具の手入れ中にできたものだと暗示する場面があってもよい。
笑うことがほとんどなく、時折見せる微笑もどこか影が差している。
性格とのリンク:
了雲の容姿は、その内面の罪悪感と負の感情を反映しています。清廉な僧侶としての過去と、罪を犯した後の人間らしい弱さの間に揺れる様子を見た目から感じ取れるよう設定しました。
藤田紗英(ふじた さえ)
年齢:
24~25歳前後
体格:
身長は160cm程度で、やや華奢。骨格は細めだが、芯の強さを感じさせるような姿勢が特徴的。
動きが滑らかで、表情や仕草に女性らしい柔らかさを漂わせている。
顔立ち:
端正でどこか憂いを帯びた顔立ち。長めの前髪が自然に流れ、目元に影を落としていることが多い。
鼻筋は小ぶりだが整い、薄い唇は微笑むと人を安心させるような印象を与える。
瞳は深い黒に近い暗い茶色。光が当たると琥珀のように輝く。
髪型:
長めのストレートヘア。腰ほどまで伸ばしているが、束ねたりはせず自然体。風が吹くとさらりと揺れる様子が印象的。
特徴:
素朴な美しさを持つが、どこか影がある。化粧っ気はなく、自然体でありながら目を引く魅力を持つ。
病に倒れてからは、肌が青白く、頬が痩せこけるように変化するが、目元の美しさは失われない。
性格とのリンク:
紗英の容姿は、彼女の悲劇的な運命と結びついています。その美しさは物語の鍵であり、また了雲を駆り立てた原因の一つでもあります。彼女の強さと弱さの両面を象徴する要素が、儚げな美しさの中に表現されています。
飛頭蛮の宿
――呪われた夜と首の物語――
第1章: 逃避行の果て
あの夜のことは、今でも思い出したくない。
けれど、忘れることも許されないらしい。
人を殺しておいて平穏な日々を夢見るなんて、おこがましい話だ。
それでも、あの時の俺は生きるためには仕方なかったと、そう思い込もうとしていた。
すべてを捨てた俺に残されたのは、罪悪感の重さだけだった。
名前を捨てたのは、あの山奥の崖の上だった。
俺は僧侶・深見了雲だったが、もうその名は俺には似つかわしくない。
紗英を、あの女を突き落とした瞬間、俺は僧侶をやめた。
――いや、やめざるを得なかったと言った方が正しい。
紗英と初めて会ったのは寺の門前だった。
年に一度の縁日で、祭りに訪れた人々の波が溢れかえっていた頃だ。
真っ赤な浴衣を着た彼女は、俺に微笑みかけた。
「仏様って、願いを叶えてくれるんですか?」
彼女のその問いに、俺は正直どう答えればいいのかわからなかった。
俺が紗英に与えられたのは、救いではなく絶望だったのだから。
駆け落ちを決めたのは、彼女と二度目に会った時だった。
「あなた、こんな寺で生きていて楽しいの?」
そう囁かれた時、俺の中で長年押し込めてきた感情が弾けた。
楽しいか――楽しいわけがない。ただ義務感で仏に仕えているだけだった。
そして、俺は彼女と逃げた。
寺を捨て、僧侶を捨て、人間としての最低限の倫理さえも捨てる覚悟で、俺たちは電車に飛び乗った。
向かった先は山奥の小さな宿場町。名前さえよく覚えていない。
しかし、現実は俺たちをそう甘くは迎えてくれなかった。
金はすぐに尽き、紗英は旅先の寒さが堪えたのか、ひどい熱を出して動けなくなった。
俺は焦った。僧侶だった頃には「人を救うこと」が仕事だったはずなのに、一人の女すら助けられない自分が嫌だった。
その日、紗英を背負いながら、山道を歩いていた時のことだ。
俺たちは崖の手前で立ち止まり、俺はそこでふと考えた。
――もし紗英がいなければ、俺は自由になれるんじゃないか、と。
思えばそれが全ての始まりだった。
俺は紗英を背負ったまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。
目の前には谷底が広がり、遥か下には木々の梢が黒々と揺れているのが見えた。
風が吹き抜けるたび、紗英の髪が俺の肩にまとわりつく。
彼女はひどく衰弱していて、浅い呼吸を繰り返すばかりだった。
「もう…無理だよね…。」紗英のか細い声が耳元で囁く。
俺はそれを聞いてギクリとした。
まるで俺の心を読まれているようだった。「何が?」と、俺は自然なふりをして答えた。
「全部、もう無理なんだよ。あんたも、あたしも…。」
紗英は一瞬だけ微笑んだように見えたが、すぐに目を閉じた。
俺は動けなかった。
罪悪感と憎悪の入り混じった感情が渦を巻いていた。
俺がここまで落ちぶれたのは、紗英のせいなんじゃないのか。
いや、それとも俺自身の弱さなのか。
自問自答の果てに、俺は最悪の選択をすることに決めた。
「すまない…」
その言葉が口をついて出た時、俺の手はすでに紗英を崖の縁から突き落としていた。
彼女の体は何の抵抗もなく、闇の中へと吸い込まれていった。
その瞬間、耳をつんざくような声が響いた。
風の音とも彼女の叫び声とも区別がつかない不気味な音だったが、それが紗英の最後の言葉であったことは確かだ。
第2章: 静寂の仮面
数年後、俺は静岡の地方都市で「深見洋一」と名乗り、小さな会社の事務員として働いていた。
新しい名前、新しい仕事、新しい生活――すべてを手に入れたはずだったが、夜になると必ず紗英の顔が脳裏に浮かぶ。
彼女の微笑み、崖の縁から見た暗い谷底。そして、あの声。
そんなある日、仕事で山間の観光地を訪れることになった。
宿泊先に指定されたのは、古びた民宿だった。
今にも倒れそうな外観だったが、妙に温かみのある場所で、俺は少しだけ安心した。
宿の主人は六十代くらいの温厚そうな男だった。
俺が挨拶をすると、彼は気さくに笑いながら出迎えてくれた。
「ゆっくりしていってくださいね。ここは何もない田舎ですが、静かな夜を楽しんでもらえると思いますよ。」
部屋に案内され、荷物を置いた後、ふと振り返ると、宿の一人娘らしき女性が立っていた。
彼女の名前は美香(みか)だった。肩までの黒髪と人懐っこい笑顔が印象的で、俺は少し心が安らいだ。
美香は夕食の配膳を手伝ってくれたり、地元の観光地の話をしてくれたりした。彼女と話しているうちに、俺の中で長年沈んでいた暗い感情が少しだけ薄れていくような気がした。
「泊まりに来てくれるお客さんって少ないんです。だから、今日は嬉しいです。」
そう言って微笑む彼女の姿に、俺は一瞬、紗英の面影を見た気がした。
しかし、それはすぐにかき消えた。紗英は死んだ。俺が殺したのだ。
その夜、俺は美香とふとしたきっかけで近づき、夜が更けるまで話し込んだ。
彼女の笑顔や仕草に、次第に惹かれていく自分がいた。
だが、その夜、俺は初めて見る夢に魘された。
夢の中で、俺はあの谷底に立っていた。
木々の隙間から覗く紗英の顔が俺をじっと見上げている。
彼女の目は赤く、口が何かを動かしているが、何を言っているのかわからない。
そして突然、彼女の首が伸び、俺の顔に迫ってきた。
俺はその夢から飛び起きた。
汗で全身が濡れている。
だが、俺の目の前には、それ以上の恐怖が待っていた。
部屋の隅に立つ人影。
美香だ。
だが、彼女の首は異様に長く伸び、床に這いつくばった俺を見下ろしていた。
「どうして…どうして、捨てたの?」
その声は、紗英だった。
俺は、目の前で首を伸ばした美香の姿を直視できなかった。
いや、美香ではない。
「紗英」だ――その顔は、あの谷底に突き落とした紗英そのものだった。
「どうして…どうして私を殺したの?」
その声は静かだったが、心の奥を抉るような響きがあった。俺は背中を壁に押し付け、なんとか声を絞り出した。
「紗英…なのか?」
返事はなかった。ただ、美香――いや、紗英――は俺を見下ろしている。
その目は赤く燃えるようで、口元は不自然に歪んでいた。俺は思わず目を逸らした。
「謝る…謝るよ。俺が悪かった…でも…。」
言い訳を口にしようとした瞬間、彼女の顔が急に俺の目の前まで迫ってきた。
首が伸びるという言葉では表せない速さで、その異形の顔が俺を睨みつける。
「言い訳は聞きたくない。お前も、奴も、みんな同じだ。」
奴?誰のことだ?その言葉の意味を考える間もなく、俺は恐怖に呑まれていた。
次の瞬間、彼女の顔がフッと消え、部屋には静寂だけが戻った。
第3章: 宿の秘密
翌朝、俺は宿の主人――美香の父である藤田さんに昨夜の出来事を話そうとした。
しかし、何をどう説明すればいいのかわからない。
結局、俺はこう切り出した。
「昨夜、不思議な夢を見たんです。それが、美香さんに関係しているような気がして…。」
藤田さんは少し顔を曇らせたが、静かに頷いた。
「ここはね、たまにそういう話があるんだ。夢なのか、本当なのか…人の心が何かを呼び寄せるのかもしれないな。」
その曖昧な言葉に、俺は違和感を覚えた。
しかし、それ以上問い詰めることはできなかった。
美香はというと、昨夜のことを何一つ覚えていない様子で、普段通りに笑顔を見せていた。それがかえって俺を不安にさせた。
昼間、宿の周りを散策していると、小さな祠を見つけた。
苔むした石でできた簡素な祠だが、その雰囲気は異様だった。
まるでそこだけ空気が淀んでいるような感覚があった。
近づくと、中には名前が書かれていない墓標のようなものが見えた。
「ああ、それはこの宿ができる前からあった祠だよ。」
藤田さんが背後から声をかけてきた。
驚いた俺が振り返ると、彼は穏やかに笑っていたが、その目にはどこか影があった。
「昔、この辺りで女の人が死んだって話がある。名前もわからない人だ。ただ、その後、変なことが起きるようになってね。それで祠を建てたんだ。」
俺は心臓が凍りついたように感じた。
それは紗英のことではないのか?いや、それを証明する術はない。しかし、彼の話を聞きながら、俺の罪がこの土地にしみついているような錯覚に囚われた。
第4章: 呪いの正体
その夜も、俺はまた紗英の夢を見た。
夢の中で、俺は再び谷底に立っていた。
崖の上から覗き込むと、下には紗英が立っている。
今度は首は伸びていない。ただ、彼女はじっと俺を見上げていた。
「すべて終わらせて。」
その一言が、俺の耳に届いた瞬間、目が覚めた。
部屋の中は真っ暗で、時計を見ると深夜の2時だった。
隣の部屋では藤田さんがいびきをかいている音が聞こえる。
しかし、その静寂を破るように、廊下から音がした。
何かが床を這うような音。
俺は恐る恐る襖を開け、廊下に顔を出した。
そこには、誰もいなかった。
「終わらせて…」
耳元で再び声がした。
振り向くと、そこには美香が立っていた。だが、
その首は再び異様に伸び、壁の上の方に張り付くような格好で俺を見下ろしていた。
「紗英を返してあげて…。」
返す――それはつまり、俺が命を差し出せということなのか。
俺は逃げるように部屋に戻り、布団を頭までかぶった。
美香が再び「紗英」となって目の前に現れたあの夜、俺は震えながら朝を待った。
朝の光が部屋に差し込んでも、その恐怖は消えなかった。
布団を跳ねのけた俺は決意した。
これ以上、この宿にいては命が危ない。何かがおかしい。俺はすぐに荷物をまとめ、藤田さんに帰ることを告げた。
「急にどうしたんだい?」
藤田さんの問いかけに答えようとしたが、何を言っても信じてもらえないだろうと思った。だから曖昧に微笑んでこう言った。
「急に仕事が入ったんです。」
藤田さんはそれ以上は何も言わなかった。
俺はそのまま宿を出ることにした。
だが、玄関で振り向いた時、美香がこちらをじっと見ているのに気づいた。
彼女の視線には、昨夜の恐ろしい姿を連想させるものがあった。
「また来てくださいね。」
彼女のその言葉が背後から聞こえた時、俺は震える手でドアを閉めた。
第5章: 祠の秘密
山道を歩きながら、俺は一つの結論に達していた。
このまま逃げても、紗英の呪いは終わらないだろう。
俺の罪が紗英をこの世に縛りつけ、俺自身を追い詰めている。
だが、どう償えばいいのか、その方法がわからなかった。
ふと、あの祠のことを思い出した。
あそこに紗英の魂が囚われているのではないか。そう思うと足が自然にその方向へ向かっていた。
祠に到着すると、俺はその前にひざまずいた。
そして手を合わせ、紗英に向かって心の中で謝罪した。
「紗英…許してくれ。俺はお前を愛していた。でも、弱かった。お前を守るどころか、殺してしまった。」
すると、祠の中から微かな声が聞こえた気がした。
それは紗英の声だった。「真実を知って…。」
俺はハッとして祠を調べ始めた。
奥の石板を動かすと、そこには古びた手帳のようなものが隠されていた。ページを開くと、そこには藤田さんの名前が書かれていた。
第6章: 因果の糸
手帳には、驚くべきことが書かれていた。
藤田さんが若い頃、この山で木こりをしていた時のことだった。
彼は谷底で女の遺体を見つけ、その女が金品を所持しているのを確認すると、女が息を吹き返す前に手にかけて殺した。
そして奪った金を元手に宿を開いたというのだ。
「紗英…。」俺は口に出さずにはいられなかった。
その女こそ、紗英だったのだ。
だが手帳の最後のページにはこう書かれていた。
「この宿に生まれた娘は、私の罪を背負ってしまった。美香がろくろ首として現れるのはその因果のせいだ。もし、私が死ぬ日が来たら、全てを話して終わらせよう。」
俺は急いで宿に戻った。
藤田さんにこの手帳を突きつけ、真実を問いただした。彼は最初は否定しようとしたが、やがて小さく頷いた。
「その通りだよ…美香は何も悪くない。俺の罪だ。でも、どうしても償えなかった。」
彼は泣き崩れた。
その後ろで、美香が再び現れた。彼女の首は異様に長く伸び、俺たちを見下ろしていた。
「終わらせて…。」
美香の声は、もはや紗英のものだった。
そして彼女の体はその場に崩れ落ち、動かなくなった。
第7章: 償い
藤田さんと俺は、紗英のための供養を行うことを決意した。
祠の場所に戻り、彼女の名前を刻んだ新しい石碑を建てた。
その後、藤田さんは自ら命を絶ち、美香の呪いを終わらせるために全てを清算した。
俺は紗英の墓の前で手を合わせ、最後の謝罪をした。そして再び仏門に戻る決意を固めた。
「紗英…どうか、もう安らかに…。」
墓石に刻まれた名前を見つめながら、俺は初めて肩の荷が軽くなったような気がした。
エピローグ: 新たな伝説
数年後、その宿は「ろくろ首の宿」として地元で語り継がれるようになった。
俺は今でもあの山を訪れ、紗英の墓前で手を合わせることがある。
呪いが完全に解けたのか、それともまだ何かが残っているのか――それは誰にもわからない。
ただ一つだけ確かなのは、俺が紗英を愛していたということ。
どれほど罪深い形であったとしても、その感情だけは本物だった。
人は弱く、過ちを犯す。
だが、その過ちを認め、償うことができれば、何かが変わるのかもしれない。俺はそう信じたい。
完