怪奇譚 もののけ屋敷の娘
あらすじ
「もののけ屋敷の娘」
物静かな古民家に暮らすかなは、家の中で奇妙な現象を目にする。
食器を洗うと聞こえる小豆を洗うような音、洗濯機の中で助けを求めるが、楽しそうに笑っている小さな存在。
ある日、かなは家の掃除や手入れが妖怪や付喪神たちによって行われていることに気づく。
彼らは古くからこの家を守り続けてきたが、何世代も受け継がれてきた古びた魔除けの札が何者かによって剥がされてしまう。
札が剥がされた夜、雷鳴とともに妖怪火車が現れ、家に隠された「あるもの」を狙って襲撃してくる。
それは仏間に密かに置かれていたかなの棺だった。自身の死を知り、恐怖に包まれるかなを守るため、妖怪たちは力を合わせて火車に立ち向かう。
火車との攻防が繰り広げられる中、かなは次第に自分がなぜ妖怪たちに愛され、この家を守られているのか、その秘密に気づき始めるのだった…。
登場人物たち
主人公
芥 仮名(あくた かな)女性
年齢: 20代後半
性格: 好奇心旺盛で親しみやすい性格だが、どこか不思議な雰囲気を持つ。幼いころから普通の人には見えないものを時々目にし、妖怪や付喪神たちとも自然に接することができる。
背景: 代々続く古い家に生まれ育ったが、長らく都会で暮らしていた。数年前、家に戻り一人暮らしを始めた。家の中に存在する霊的なものを感じることができ、その存在を面白がる一方で、密かに恐怖心も抱いている。徐々に妖怪や付喪神たちと交流し、家を守るために立ち向かう役割を担う。
敷地内に住みつく妖怪や付喪神
1. 小豆洗い(あずきあらい)
特徴: 小柄で小豆を手で洗う音を出す妖怪。気まぐれで人の生活にちょっかいを出すのが好き。
役割: 家の台所周りを担当。かなが家事をしているときに音を立てて遊び心で脅かすが、実は守護者の一人であり、他の妖怪や付喪神と協力して家の安全を見守る。
性格: 茶目っ気があり、かなと親しげに会話するが、少し人をからかう癖がある。
2. 垢嘗(あかなめ)
特徴: 人間の垢や汚れを舐めて取り除く、年老いた姿の妖怪。爪が長く、舌が異様に長い。
役割: 浴室の守護者で、掃除の手が行き届かない隅々まできれいにしている。垢嘗の存在のおかげで浴室は常に清潔に保たれている。
性格: 口数は少ないが誠実で律儀。時折仮名に「もっと丁寧に掃除するべき」と口やかましく指導する。
3. 小枝の小人(こえだのこびと)
特徴: 枝のように細長い体に小さな手足を持つ小さな妖怪。大黒柱について来たと自称する。
役割: 家のメンテナンスを担当し、大黒柱や梁の掃除や補修をしている。時々、かなに「人間はあまり手入れができんのう」と文句を言うが、内心かなに愛着がある。
性格: 古風で控えめな性格だが、ひょうきんでお調子者な一面もあり、仮名に見つかるとわざと人間の真似をして驚かせる。
4. 妖怪鯉太夫(こいたゆう)
特徴: 池の中に住む年老いた鯉の妖怪で、池を守る存在。時折、池から顔を出し、風格のある声でかなに話しかける。
役割: 敷地全体を見守り、家に近づく不吉な存在に気を張り巡らせる。火車の接近をいち早く察知し、かなに警告を発する。
性格: 落ち着きがあり、他の妖怪たちからも一目置かれる存在。人間のことも理解しており、かなに優しい忠告をする。
5. 痩せた地蔵(やせたじぞう)
特徴: ひもじそうな風貌の地蔵の付喪神。家の庭に突然現れ、かつての家人に奉納されていたが、今は放置され痩せ細っている。
役割: 主に家の霊的な守りを強化する役割を持つ。時折、かなに話しかけて「少しお供えをしてくれるかの」とお願いする。
性格: 穏やかで物静かな性格だが、時折かなに小言を言う。かつて奉納してくれた家人に強い感謝の念を抱いており、家を守り続けている。
物語の中核となる敵
火車(かしゃ)
特徴: 死者の魂や遺体を奪う凶悪な妖怪で、黒い炎を纏った姿で現れる。
目的: 家に隠されていたかなの棺を奪おうとするが、玄関に貼られていた魔除けの札が邪魔をしていた。札が剥がされたことを機に家を襲撃し、棺を持ち去ろうとする。
性格: 無慈悲で冷酷。人間の感情を持たず、目的を果たすためには手段を選ばない。家に住む妖怪や付喪神を嘲笑しつつ、次第にかなの存在に興味を持つ。
もののけ屋敷の娘
田舎にあるこの古びた家に一人で住むようになって、もう半年ほど経つ。
両親が残したこの家は、古いけれど、どこか温かい。そして、この家には不思議な気配が漂っているのだ。
台所に立って、今日も夕食後の食器を洗っていると、ふと耳を澄ましたくなる。ちょうど台所の隅から、微かに「カラカラ…カラカラ…」と、小豆を洗うような音が聞こえてきたのだ。
はじめて聞いたときはぞくりとしたけれど、もう慣れてしまった。
どこからか漂ってくるこの音に、今ではなぜか妙な安心感すら覚える。
「また、小豆を洗ってるの?」
誰もいない空間に、私はそう呟いた。
返事があるわけでもないけれど、心なしか音が少しだけ賑やかになった気がした。
まるで、見えない誰かがうれしそうに小豆を洗っているみたいだ。
洗い物が終わり、次は洗濯機に移る。
古い機械だけれど、まだまだしっかり働いてくれる。
しかし、問題はこの洗濯機からもたまに「助けてー」という小さな声が聞こえてくることだった。
透明な蓋越しに中を覗き込むと、何やら小さな人影が水の中で両手を振っている。
「えっ、やっぱりいるの?」
私は驚いて思わず洗濯機を止める。
水が引くと、中から木の枝のように細い手足を持った小人が、洗濯物の上によじ登ってきた。
そして、思い切り体を伸ばして屈伸運動をしながら、こちらに向かってにっこり笑う。
「おお、今日はもう終わりか、仕方がないのう。」とその小人が言う。
「あの、大丈夫ですか?」私は思わず声をかけた。
「うん、ああ問題ないよ。」と小人は平然と答えた。
「でも、助けてって言ってませんでした?」
「あれはな、ただの真似だよ。お主、儂らが見えるのか!」
小人の驚いた顔に、私も少し戸惑いながら頷いた。
家の中で繰り返し起こる不思議な現象にはずっと気付いていたけれど、それがこんな形で話しかけてくる日が来るとは思ってもみなかった。
彼はにやりと笑って、「こりゃ、驚いた。でも、かなちゃん、我等のことは他の人間には内緒だぞ。」と言う。
「どうして名前を知っているの?」と、私は思わず尋ねた。
小人はまるで秘密を暴露するような調子で言った。
「そりゃあ、かなちゃんが生まれる前から、この家に居るからよ。」
「そっか…私が生まれる前から…」
古びた柱に腰を掛けながら、家を包む不思議な気配がずっと私を見守ってくれていたのだと思うと、不思議と安心感が湧き上がってきた。
台所で鳴る小豆洗いの音も、洗濯機の中から聞こえる助けを求める声も、全てこの家に宿る“何か”たちの仕業だったのだ。
「この家って…もしかして、私が思っている以上に色々な“存在”が住んでるの?」
小人はまるで隠し事がばれたように照れくさそうにしながらも、誇らしげに頷いた。
「そうじゃよ。お前の家には、我ら妖怪や付喪神(つくもがみ)たちがたくさん住んでおる。わしはただの一つに過ぎぬ。」
家中の掃除を誰がしているのか、ずっと不思議に思っていた。
私は父が休日にこっそりやっているのだと思っていたし、母も気が利く方だから娘に頼んでいるのかと勝手に思い込んでいた。
でも、真相は全然違った。
「あの、もしかして…トイレとかお風呂の掃除も…?」
「そうとも!わしらがやっとるんじゃよ。」
そう言って、彼は自慢げに胸を張った。
もしかすると、あの垢嘗(あかなめ)という妖怪が本当にいるのかもしれない。
ふと、トイレや風呂場で感じていた視線や、なぜか埃ひとつ落ちていない床の謎が解けていくような気がした。
その日の夕方、私は庭の池に出てみた。
鯉に餌をやろうと思って手を差し出すと、池の中から不思議な声が聞こえてきた。
「かなちゃん、久しぶりだな。最近はめっきり来てくれなくて寂しかったぞ。」
驚いて池の中を覗き込むと、一番大きな鯉が前びれをまるで手を振るかのように動かし、渋い声で私に話しかけてきた。
その姿は堂々としていて、どこか威厳すら漂っている。
「お前も…妖怪なの?。」
「そうだとも。儂は鯉の妖怪、鯉太夫(こいたゆう)といってな、この池に住んでいる。儂だけではないぞ。見な、小鳥たちも皆この家に帰る場所を見つけたんだ。」
鯉太夫が言うと、庭に飛び交っている小鳥たちも一斉に私の方を見て、ちゅんちゅんと囀りながら挨拶をしてくれた。
彼らもまた妖怪の仲間なのかもしれない。そして、気がつけば私の家は、そんな妖怪や付喪神たちの隠れ家のような場所になっていたのだ。
日が沈みかけた頃、家の隅にあるお地蔵様がふと目に入った。
ずっと放置されていたようで、どこか寂しげに苔むしている。
それを見た瞬間、心の奥にくすぶっていた疑問がふと口を突いて出た。
「このお地蔵様も…もしかして、何か話せるの?」
すると、誰かが背後から囁くように教えてくれた。
「かなちゃん、そのお地蔵様はここに帰ってきたんじゃよ。」
その声の主は、木の枝のような手足を持つ小人だった。
彼は私の肩に飛び乗り、静かに説明を続けた。
「そのお地蔵様は昔、かなちゃんの家族の誰かが毎日拝んでいたんじゃ。しかし、他の人間たちは次第に忘れてしまい、お供えをしなくなってしまった。それでも、そのお地蔵様は最後まで拝んでくれた人を思って、ここに帰ってきたんじゃよ。」
「そうなんだ…私、知らなかった。」
何気なくそこにあると思っていたものが、実は大切にされていたのだと知ると、心が温かくなると同時に、少し切なくなった。
私は次の日から、お地蔵様に小さなお供えをすることを決めた。
ある夜、家の中がざわざわと騒がしくなった。
風が家中を吹き抜けるような感覚で、鯉太夫や小人たちが集まってきて何やら騒いでいる。
「どうしたの?」と尋ねると、鯉太夫が険しい顔で答えた。
「かな、我らの魔除けの札がなくなっておるのじゃ。」
「えっ、魔除けの札?」
「そうじゃ。隣のおばあさんが札を剥がすのを見た者もおる。彼女が何者かに憑りつかれているのかもしれぬ。いやな予感がする…。」
その瞬間、家のどこかからゴロゴロと不気味な音が響き、暗雲が一層厚くなるような気配が漂った。
私は不安に駆られたが、鯉太夫と妖怪たちが力を合わせて家を守る決意をしていることに気づく。
「誰が来るの?」
「火車(かしゃ)じゃよ…」鯉太夫の顔が一層険しくなった。「奴が欲しがっているのは、仏間にある棺じゃ。」
「火車…って何?」
「奴は死者を攫い、棺を持ち去ろうとする恐ろしい妖怪じゃ。今夜、この家を訪れるだろう…。」
鯉太夫の表情は険しく、家に満ちた妖怪たちの緊張感が伝わってくる。
私の家族は何も知らずに眠っているが、この静けさが逆に不安を募らせた。
「それじゃ、あの仏間の棺が狙われているってこと?」
「その通りじゃ。あの棺は昔、お前の祖父が遺してくれたもので、わしらがずっと見守ってきたものだ。それを奪われるわけにはいかん。」
鯉太夫の話を聞いているうちに、私は決心した。
家を守るため、そして私自身がこの家と共に生きていくために、この恐ろしい妖怪から棺を守らなければならないと。
「わかった。私も協力するよ!」
私の言葉に、小人や鯉太夫は少し驚いた表情を見せたが、すぐに頷いてくれた。
「お前がいるのは心強い…では、まず準備じゃ。」
夜が更けるにつれ、家全体がひんやりと冷たくなっていく。
私は小人と一緒に仏間へ向かい、棺の前で静かに立ち尽くした。
灯りを消してじっとしていると、かすかな音が聞こえ始めた。
それは不規則な足音と共に、低い唸り声のような音だった。
「かなちゃん、しっかりな。」
肩に乗った小人が小さな手で私の肩をぎゅっと握った。
その瞬間、部屋の奥で影が揺らめき、何か巨大な存在が姿を現した。
それはまるで人間の倍以上もある体躯に、長く伸びた毛むくじゃらの手足を持つ獣のような姿。
目は真っ赤に光り、まるで飢えた獣のように棺を見据えている。
「おい…それには…手を出させない…!」
私は恐怖に震えながらも、声を振り絞った。
しかし火車は不気味な笑みを浮かべながら、ゆっくりと棺に近づいていく。
その視線は鋭く、私の言葉などまるで意にも介さないようだ。
その時、私の背後で小豆洗いの音が鳴り響いた。
台所から聞こえるはずのその音が、仏間の空気を満たすように響き渡ると、火車はわずかに動きを止め、顔をしかめた。
「な、なんだ?誰がこの家を守っておるのか?」
すると今度は、家の隅々から小さな声が囁き合うように聞こえてきた。
鯉太夫や他の妖怪たちが集まり、一斉に火車を牽制し始める。
その中には、埃一つない床を磨き上げていた垢嘗もいるし、風呂場で黙々と掃除をしていた姿も垣間見える。
「この家は我らが守るべき場所。この娘のためにも、誰も触れさせぬ!」
小さな小枝の小人が誇らしげに火車の前に立ちふさがり、力強く言い放つ。
彼の小さな姿が、それでも威厳を持って立つ様子に、私も勇気づけられた。
「うぅ…貴様ら如き小妖怪が、俺を止められると思うなよ!」
火車は唸り声を上げ、猛然とこちらに突進してきた。
私は咄嗟に目を閉じ、体をこわばらせたが、その瞬間、周りの妖怪たちが力を合わせて立ちはだかった。
鯉太夫は水を操るように、池から引き寄せた水を巻き上げ、火車の足元を滑らせる。
小枝の小人はその背後にしがみついて体を押さえ、垢嘗もその巨体を押し返そうとしていた。
「かなちゃん、わしらだけでは奴を押し返すのは難しい。最後の札を貼るのじゃ!」
小人の声に、私は古びた箪笥の中から魔除けの札を引き出した。
それを持って一気に火車の方向へ駆け出し、その額に思い切り押し当てた。
「この家に手出しはさせない!」
火車は苦しそうに体をよじり、怒りに
満ちた声を上げながらも、次第にその姿を薄れていった。
最後にはまるで霧のように溶けるように消えていき、家の中には静寂だけが残った。
夜が明ける頃、家の中はいつも通りの穏やかな雰囲気に包まれていた。
小人たちは疲れた様子を見せながらも、それぞれの持ち場に戻っていく。鯉太夫は池に戻り、小鳥たちは庭の枝に集まって、何事もなかったかのように囀り始めた。
「本当に…ありがとう、みんな。」
私の言葉に、庭の方から「またいつでも助けに来るぞ。」という鯉太夫の声が響いた。
そして小人も、私の肩をポンと叩き、にっこりと微笑んでくれた。
家を包む静けさの中に、いつもとは違う温かさがあることを感じた。
私はただの人間だけれど、この家に住む妖怪たちと共に、この場所を守っていく決意が固まっていった。
あの夜の出来事が終わった後も、私の生活はこれまでと同じように流れていった。
表向きは何も変わらない日常が続いているように見えたけれど、家の中では何かが確かに変わっていた。
私がキッチンに立っていると、小豆洗いの音が穏やかに響く。
小人たちが忙しそうに洗い物をしているのが分かるようになったし、垢嘗や鯉太夫たちも、家のどこかで静かに守り続けているのが感じられた。
以前なら見えなかったもの、聞こえなかった声が、今では自然に私の生活に溶け込んでいる。
ある日、私は庭に出て鯉たちに餌をやりながら、ふと一番大きな鯉・鯉太夫に尋ねてみた。
「ねぇ、あなたたち妖怪がどうしてこの家に集まっているのかって、知ってる?」
鯉太夫は水面から顔を出し、少しの間考え込んだあと、低い声で答えた。
「わしらがこの家に住みついた理由か…それはな、長い時を経て、お前の一族がこの土地を大切に守ってきたからじゃよ。この家が妖怪たちにとって居心地が良いのは、お前たちがわしらを恐れず、あるいは排除せずに受け入れてくれたからじゃ。」
その言葉を聞いて、私は改めてこの家や自分の家族が大切にしてきたものに気付かされた。
自然と共存し、その中で育まれた「見えないもの」を大切にする気持ち。
妖怪たちは、そんな想いに応えるようにここに集まっていたのだ。
「それなら、私もこれからもっとこの家を守るためにできることを考えるよ。妖怪や付喪神のみんなが安心していられるように。」
「そうじゃ、かな。お前もいずれ、この家の真の守り手となる日が来るじゃろう。」
鯉太夫の言葉はどこか重みがあり、それが私の中に強い決意を根付かせた。
それからしばらくして、隣のおばあさんがふらりと家にやってきた。
あの夜、火車を呼び寄せた張本人だと知っていたけれど、おばあさんの様子は何だかいつもと違って見えた。
「かなちゃん、ちょっといいかね。」
そう言って、彼女は何か言いたそうに私を見つめていた。
「もちろん、おばあさん。どうかしたの?」
すると、おばあさんはふっと息をつき、話し始めた。
「この前、お前さんの家の札を剥がしてしまったのはわしじゃ。けれど、わしにはどうしてもやらねばならん理由があったんじゃ…。」
おばあさんは遠くを見つめるようにして話を続けた。
どうやら彼女も、かつて火車に取り憑かれ、大切な人を奪われた経験があるらしい。
それからずっと、火車の恐ろしさに怯え、彼女は自分の意思を奪われるように動かされてきたのだという。
「わしも、もう自由になりたいんじゃ。でも、あの呪縛がどうしても解けんのよ…。」
彼女の言葉を聞き、私は少しだけ肩の力を抜いた。
火車の呪いが人に及ぶ恐怖と、その背後にある苦しみを知ったからだ。
そして、何か彼女のためにしてあげられることがあるのではないかと考えた。
「わかりました、おばあさん。私ができることがあれば、力を貸します。」
その後、おばあさんのために家の妖怪たちが協力し、火車の呪縛を断ち切るための儀式が行われることになった。
小枝の小人が持ってきた古びた巻物には、呪縛を解くための儀式の方法が書かれていた。
夜が更け、家の中で妖怪たちが集い、儀式の準備が進められる中、私はおばあさんの隣に座り、手を握った。
「大丈夫ですよ。みんながあなたを助けてくれます。」
おばあさんは目に涙を浮かべながら、私の手を握り返してくれた。
「ありがとう、かなちゃん。わしは…もう少しだけ、この世に留まって良かったのかもしれんね。」
儀式が始まり、妖怪たちが古い言葉で呪文を唱えると、おばあさんの体から火車の呪縛が薄れていくのが分かった。
鯉太夫や小枝の小人、垢嘗たちが一丸となっておばあさんを守り、火車の気配が徐々に消えていく。
儀式が終わった朝、私とおばあさんは静かに庭の鯉池を眺めていた。
「これで…火車の呪縛は解けたんだね?」
「そうじゃ、もうわしも火車に惑わされることはない。」
おばあさんは満足そうに笑っていた。
彼女の表情は、これまで見たことのないほど安らかで、まるで何十年も重荷から解放されたかのように見えた。
「これで心置きなく、お前の家の妖怪たちとも仲良くできるのじゃな。」
その言葉に、私は少し驚いた。
おばあさんも、家の妖怪たちが見えていたのだろうか?その問いに、彼女はうっすらと笑いながら、静かに頷いた。
「わしも長いこと、彼らと一緒に暮らしてきたんじゃよ。お前のように若い頃は、彼らの姿も見えたものだよ。」
それからというもの、私の家はますます穏やかで、不思議な賑わいに満ちるようになった。
妖怪たちは日常の一部として私と共に暮らし、私も家族のように彼らを守りたいと心から思うようになった。
「小豆洗いの音が聞こえる…。」
あの音は、私にとって何よりも安心できる音だ。
この家に住む妖怪や付喪神たちがここにいる証であり、私が守るべき大切な存在なのだ。
こうして、私は「もののけ屋敷」を引き継ぎ、妖怪たちと共に生きていくことを誓った。
家族と、そして家を守ってきた妖怪たちと共に、いつまでもこの家を守り続けていく。
完