【探偵業法を読む】探偵業者が尾行を許される理由、その答えを国会会議録で見つけた
探偵業務でできること
探偵はなぜ尾行や張り込みができるのか。一般人がやったら警察に通報されそうなのに、あるいはトラブルになりそうなのになぜ探偵なら許されるのか。素朴な疑問ではありますが、実は「探偵業とは何者なのか」という核心部分を突く疑問なのです。
探偵業の業務の適正化に関する法律(以下「探偵業法」という。)では探偵業務とは次のように定義づけられています。
探偵業法が探偵の行う業務を「面接による聞込み、尾行、張込みその他これらに類する方法により実地の調査」と定めているのです。
そうすると一つの答えが出てきます。なぜ探偵が尾行や張り込みを行えるのか、それは探偵業法2条に基づきます、というものです。法律を引ける人ならここまでは容易にたどり着けます。
ところがそこまで読めた方は、一つ前の条文つまり探偵業法1条を見てください。こう定められています。
1条はどんな法律もだいたい目的が定められており、当該条文からストレートに権利義務が導かれることはありません。しかし探偵業法1条には「探偵業について必要な規制を定める」とあり探偵業者の権利を擁護したり探偵業者に特別な権限を付与したりするような明記は目的上見当たりません。振り返って2条を見直すと「探偵業務」と探偵業(2号)と探偵業者(3号 届出制)の定義を定めているだけです。「探偵業」は「探偵業務を行う営業」(2号)つまり業として探偵業務を行うことだと言ってるだけ、「探偵業者」とは「第四条第一項の規定による届出をして探偵業を営む者」(3号 4条1項の届出とは公安委員会への所定の届出)と言ってるだけであり、探偵業者は探偵業者であるが故に探偵業務を行える(行う権限が付与される)とは定められていません。つまり探偵業法は届出をした探偵業者のみにとか、届出をした探偵業者だからとかを根拠に、(探偵業務の一態様である)尾行や張り込み等を行える特別な権限を付与していないのです。
探偵業法はマイナーな法律のため、逐条解説やコンメンタール的な書籍が見当たりません。他方で探偵業法は比較的新しい法律です。従ってここは立法時にどのような議論が行われたのかを国会の会議録に立ち返って検討してみましょう。
「第164回国会 衆議院内閣委員会会議録第9号(平成18年5月19日)」
【法案提出の経緯と趣旨・目的】
○大島(敦)委員
民主党の大島です。
何点か、今回の法案の提案者に対して伺いたいことがございます。
まず、このたび探偵業法案を提出することとなった経緯はどのようなものか、御説明ください。
○田端委員
この法案で言うところの探偵業者というのは、いわゆる調査業者のうち、他人の依頼を受けて、特定人の所在調査、行動調査等を行うことを業として営むところの者を探偵業者と言っているわけでございます。
かかる探偵業者については、個人情報に密接にかかわる職種であり、また近年、業者数の増加に伴い、料金等に関するトラブル、また調査対象者の秘密を利用した恐喝等の犯罪が急増しているにもかかわらず、現在、何らの法的規制もなされていない状況にあるわけでございます。
本法案は、このような状況にかんがみ、平成十七年四月の個人情報保護法の完全施行を契機として、届け出制を設けて、その業態の把握に努めるとともに、暴力団員等の不適格者を探偵業者から排除するための欠格事由、違法目的調査の禁止、守秘義務、契約に係る重要事項の説明、監督、罰則等、所要の規定を設け、この業務の運営を適正に図り、もって個人の権利利益の保護に資することを目的とした法律でございます。
(中略)
○大島(敦)委員
ありがとうございます。
提案者に対して質問をいたします。
この法案は、業界振興のための法律なのか、それとも消費者保護または人権擁護の観点からの法律と認識すべきか、お答えください。
○田端委員
法律の第一条に目的が示されているとおりでございますが、この法律案は、探偵業の業務の運営の状況等にかんがみ、届け出制を設けて、その業態の把握に努めるということと同時に、暴力団員等の不適格者を探偵業者から排除するための欠格事由、違法目的調査の禁止、守秘義務、契約に係る重要事項の説明、監督、処罰等、所要の規定を設けてその業務の運営の適正を図り、もって個人の権利利益の保護に資することを目的とするものであり、業界の振興を目的とするものではございません。
提案者としては、本法の成立により、調査の依頼者、調査対象者の権利利益の保護に一定程度資するものと認識しているところでございます。
探偵業法の目的は第1条のとおりで「探偵業について必要な規制を定め」「その業務の運営の適正を図り」「個人の権利利益の保護」に資することとあります。そしてその保護されるべき個人とは【調査の依頼者と調査対象者】だと明言されています。他方、探偵業者は同法により規制される対象であって同法を根拠に違法性阻却や免責されるなど探偵業者・探偵業界に恩恵や特権が与えられるものではない(業界の振興ではない)ことが会議録上明らかとなっています。
【実地の調査の方法「その他これらに類する方法」】
○大島(敦)委員
実地の調査の方法について、「その他これらに類する方法」とあるが、具体的にどのような方法が含まれるのか。
○泉委員
本法案については、これまで何の法的な規制も設けられていなかったということでありますけれども、実地調査の方法について、例えば聞き込み、尾行、張り込みということを我々は法案の中に書き込ませていただきましたけれども、「これらに類する方法」というのは、本来違法性の強い行為なものですから、具体的には明記をしなかったんですが、例えば盗撮であったり、あるいは盗聴であったり、あるいは壁越しに隣室の様子をのぞくというような行為については、やはりこれは面接による聞き込み、尾行、張り込みと同様また同程度に個人の権利利益を侵害する危険性が特に高いというふうに考えております。
ここで重要な答弁が出てきました。探偵業法案(当時)2条1項に「探偵業務」の定義があり、そこに例示として「聞込み、尾行、張込み」がありその他これらに類する方法による「実地の調査」であることが明記されている点について、特筆すべき答弁内容が2つあります。
1つ目は「聞込み、尾行、張込み」では補足されない位置づけの「これらに類する方法」について【本来違法性の強い行為】であると明言されており例として盗撮、盗聴、覗きを挙げていることです。
2つ目は「聞き込み、尾行、張り込みと同様また同程度に個人の権利利益を侵害する危険性が特に高い」とあるように「聞込み、尾行、張込み」まで含めた全ての「探偵業務」が個人の権利利益侵害の危険性が特に高いという前提で立法されていることです。
「第164回国会 参議院内閣委員会会議録第11号(平成18年6月1日)」
○木俣佳丈君
最後の質問になりますが、無所属の木俣でございます。
提案者の方に二、三問させていただきたいと思いますけれども、まず初めに定義の関係でございますが、第二条でございますが、探偵業者が業務を行うに当たって、調査対象者等のプライバシーを侵害することがあってはならないわけでございます。この点について、法案の定義には少し疑問がありますので、この辺を明確にしておきたいと思います。
第二条の一項に、例えば、面接による聞き込み、尾行、張り込みその他これらに類する方法により実地の調査を行うと、こういうふうにあるわけでございますが、ある意味で尾行、張り込みもまかり間違うと他の法令等で、先ほども同僚議員の質問にもあったかもしれませんが、違法とされている行為を公認するということにもなりかねないと思います。
これらについてどのようにお考えになるか、お答えいただけますでしょうか。
○衆議院議員(糸川正晃君)
お答えさせていただきます。 探偵業者が法令を遵守すべきことは他の国民と変わりがないのでありまして、本法案では、個人のプライバシーを違法に侵害するような尾行や張り込み等を法律上認められた業務として許容するものではございません。このことはもとより当然のことでございますが、なお誤解を防止するために、本法案の第六条では、探偵業務の実施の原則といたしまして、探偵業者及び探偵業者の業務に従事する者は、探偵業務を行うに当たっては、この法律により他の法令において禁止又は制限されている行為を行うことができることとなるものではないことに留意しなければならない旨を定めております。その趣旨を確認的に明示しておるところでございます。
したがって、この本法案が違法な尾行や張り込み等を法律上認められた業務として許容するとの、には当たらないということでございます。
探偵業者とは何者なのか~探偵業者と非探偵業者との差異
まず答弁の冒頭で本項の答えがはっきり断言されています。「探偵業者が法令を遵守すべきことは他の国民と変わりがない」つまり探偵業者が尾行や張り込みをできる理由、それは他の国民一般が行っても問題ない程度範囲に留まっているからであり、非探偵業者が行って違法な尾行や張り込みであれば探偵業者がやっても違法なのです。6条により探偵業務だからとか明文で例示されている「面接による聞込み、尾行、張込み」に形式的に該当すれば正当行為であるとか探偵業法にて違法性が阻却される、免責されるということはありません。
探偵業法の読み方としては次のとおりになります。
❶探偵業者のできる調査は一私人(非探偵業者)と変わりません。一私人ができないことは探偵業者にもできません。
❷探偵業者とは探偵業を営業で行う者にすぎません。公安委員会に届出したか否か以外に違いはありません。