探偵業とGPSと正当業務行為
GPS調査と正当業務行為
探偵が業務にGPS機器を使い、対象者に無断でこれを対象者車両に設置し位置情報・移動履歴を取得することは①対象車両の所有権・管理権を侵害している、②対象者のプライバシーを侵害して違法であろうという話をこれまでしております。これに対する想定される探偵業者側からの言い訳は【正当業務行為である】との抗弁です。つまり対象車両に機器を設置することもGPSを利用して対象者の位置情報を取得することも探偵業法における「その他実地の調査」だという言い訳です。「実地の調査」そのものだとすると正当業務行為というより法令行為的でもあるのですが明文も例示列挙もないので「法令では定まってないから法令行為じゃないけど正当業務行為だ」という論の方がすわりがよさそうです。
ところで法令行為や正当業務行為の議論は主に刑法総論の分野で数多の刑法学者によって長年研究されています。一法曹とはいえ末席を汚している私めが違法性阻却とは!正当業務行為とは!!と論をぶったところで醜態をさらすことになるのは目に見えておりますので、争いがないであろう範囲で正当業務行為について述べつつ、GPS機器を無断で設置して位置情報・移動履歴を取得することが正当業務行為にあたるのかを考えていただく材料としてこの記事を書きたいと思います。
正当業務行為とは
正当業務行為とは法令に直接の規定はなくても社会通念上正当な業務に基づくものとみられる行為をいいます。医師の手術、はり師・きゅう師の施術や力士の相撲,プロボクサーのボクシングなどは刑法上暴行罪(208条)・傷害罪(204条)の構成要件には該当するがその違法性が阻却されるものと扱われるのが代表例です。後述する弁護活動や取材活動もその例に含まれます。
重要なのは業務として行われた行為はそれだけで正当業務行為になるわけではないという点です。業務として行われた行為は業務行為に留まるのであって、正当業務行為となるためにはあくまで正当な業務であることが求められます。
弁護人の弁護活動
例えば弁護人の弁護活動について、最高一小決昭和51年3月23日(丸正名誉毀損事件 最高裁判所刑事判例集30巻2号229頁)は、弁護人が被告人の利益を擁護するためにした行為が刑法35条の適用を受けるためにはそれが弁護活動のために行われたものであるだけでは足りず、行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮してそれが法秩序全体の見地から許容されるべきものと認められなければならず、その判断に際しては法令上の根拠を持つ職務活動が弁護目的達成との間に関連性があるか、被告人自身が行った場合に違法阻却が認められるかという諸点を考慮に入れるのが相当であると判示しています。
新聞記者の取材活動
また取材活動について、最高一小決昭和53年5月31日(外務省秘密漏えい事件上告審決定 最高裁判所刑事判例集32巻3号457頁 いわゆるN記者事件)は、報道機関が取材の目的で公務員に秘密漏示を唆しただけで違法性が推定されるものではなく、真に報道の目的から出たものでその手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものであれば正当な業務行為として違法性を欠くが、取材の手段・方法が刑罰法令に触れなくとも取材対象者の人格の尊厳を著しく蹂躙するような態様のものである場合には正当な取材活動の範囲を逸脱し違法なものであると判示しています。
いずれもキーワードは「法秩序全体」です。違法性阻却がAという利益とBという不利益のぶつかり合いの場面で問題となり通常AとBとは異なる憲法条文間・法令間でのせめぎ合いになるため、法秩序全体を見ることなく違法性阻却を語ることはできません。
さてGPS機器の無断設置・使用をみると、改正ストーカー規制法がストーカー目的での位置情報無断取得等を禁止し、かつ、一部自治体ではストーカー目的が無い場合での一般的な位置情報無断取得等を禁止しているという法秩序の中、探偵業者だけがGPS機器の無断設置・使用において正当な業務行為であるという根拠はどこにあるのだろう?これは探偵業者の生の声を聞かせていただきたいです。
個別の正当業務行為における考慮要素
次に個別の類型においてどういう要素が正当業務行為だと評価する事実なのかを検討してみます。
ボクシングや相撲の場合
プロボクサーによるボクシングや力士による相撲は、等しく適用されるルールに従い(危険な行為は禁止されています)プレイヤー双方が対等に侵襲し侵襲されることに同意承諾してリングや土俵に上がっています。つまり①両者の対等性と②ルールの存在、そして③侵襲されることへの同意承諾があります。
医者と患者の場合
医療行為は医者(侵襲者)と患者(被侵襲者)に対等性はありません。その非対称性を埋めるために、侵襲者が被侵襲者の利益になることをする前提として①医学一般で確立された医学的正当性があり、②当該患者に適用する医術的適応性があり、そして③被侵襲者の同意(インフォームドコンセント)に基づき行っていることで社会通念上の相当性を得て正当業務行為とされています。いかに被侵襲者の利益のためとはいえ同意承諾なしで行えば不法行為になりうることが確立されています。
では探偵業者と調査対象者はどうでしょうか。プロボクサー・力士のような対等性・相互侵襲性はありません。医師の施術のような患者(被侵襲者)の利益になることもなくむしろ被侵害者にとってはプライバシーが暴かれるという損害が生じています。つまり探偵=暴く側・対象者=暴かれる側という利害が対立しております。しかもプロスポーツや医療にはある同意承諾が(事前はおろか事後を含め)一切ありません。
同意の不存在と当事者間の片面的な非対称性をクリアする論法を探偵業者側はどう構築するのでしょうか。
被侵襲者の同意承諾なしにどうプライバシー侵害の正当化を基礎づけるのか?
おそらく探偵GPSに近い類型はマスコミの取材活動だと思います。同意がなければ取材できないとしたら権力監視には大きな障害となります。それはその通りです。しかし一般的な不貞調査は一般人の私事なわけです。調査対象者は公権力を行使する公職者でもない一私人にすぎず(=公権力を駆使し圧力をかけるなど当該探偵業者に対等あるいは優位性を確保できません、密行して行われる調査を探知すらできません)、調査事実(私人の不貞という私事)には事実の公共性も目的の公益性もありません。マスコミの取材活動は報道の自由として憲法21条表現の自由の一類型として定められています。じゃあ探偵業の調査は?一般的には営業活動の自由に留まるものであり、精神的自由権>経済的自由権というような単純比較はできませんが、被侵襲者の同意承諾に代わるプライバシー侵害の正当化根拠をどこに基礎づけるのか。この議論なしに漫然とGPS調査が行われている現状は「GPS機器の使用が脱法行為・グレーゾーン・法の抜け道として行われているにすぎない」という謗りを免れないでしょ?というのが私見です。
もちろんグレーゾーンを突こうが法の抜け道を行こうが個々の探偵業者が判断することです。しかしそもそも探偵業法が誕生した成り立ちが探偵業者に暴力団員が紛れ込む、調査対象者の秘密を得て恐喝するなど極めて反社会性が強い存在で大きな社会問題になったから、その浄化のための立法化でしたよね?
探偵業界にも業界団体があるだろうに、これだけGPSが探偵業務に広まっているのに、業界団体は何も音頭取りをしないようです。業界団体においてもGPSの危険性は理解していて下手に動いたらやぶ蛇になることを恐れた腫れ物扱いなのでしょう(そうでなければ一枚岩でまとまれないから、か)。次回はこの点についてまとめたいと思います。