その理由0はこちらです。
文字数が8000字を超える記事ですが半分以上は裁判例の引用です。構えることなくお付き合いください。
GPS捜査と刑事裁判
憲法35条1項は「何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。」と定めています。なるべく簡単にかつ端的に説明すると「住居、書類、所持品」は【私的領域】に侵入されない権利までが保障されており、(現行犯逮捕・令状による逮捕に伴う場合を除いては)捜索令状等がなければ私的領域に侵入することは許されないというものです。「住居、書類、所持品」はあくまで例示であり重要な法益侵害について被処分者の同意を得ないで行う処分は強制処分として法律が定めた手続により令状によって行われなければならないという原則を定めたものとされます(強制処分法定主義、令状主義)。
ではGPS捜査はどうなんだろう?重要な法益侵害はないのか?強制処分にあたらないのか、令状は不要なのか?法律に規定なしには行えないのでは?という争点の刑事裁判がGPS技術が広く普及した平成20年代後半に多発し、適法違法分かれた数々の下級審裁判例が出た上で、最高裁判例により強制処分×法律の定めなし+令状なしは違法という判断が下されました。
名古屋地判平成27年12月24日(判例時報2307号136頁)
我が国では自動車は通常公道(私道含む)を走らざるを得ません。ある程度の速度を維持して長距離を移動するならなおのことです。そして公道は公共の場であり通常他者からの観察を受忍せざるを得ません。従って捜査機関であれ探偵業者であれ公道を走ることが想定されている自動車について、実際に公道を走っている対象車両を尾行することはそれ自体何ら問題はありません。しかし裁判所はGPS捜査を「尾行等とは質的に異なる」「対象車両の使用者である被告人のプライバシー等に対する大きな侵害を伴う」と判示しました。なぜ「GPS捜査(GPS調査)は尾行等と質的に異なる・プライバシー等に対する大きな侵害を伴う」と評価できるのか、この裁判例では続く検察官主張への判断で説明しています。
なお参照のために尾行について探偵業法を引用しておきます。
またこれに続いて装着場所についての主張をしていますがこれも排斥しています。
「装着態様がプライバシー等に対する侵害の程度を左右するものではなく」私はこの考え方が論理的に筋が通っていると考えます。ところが探偵業者のWEBサイトや弁護士がコメントしたとされるポータルサイトの記事を見ると、不貞調査のためのGPS設置について「別居している配偶者の自動車はアウト」「私有地に立ち入っての装着ならアウト」「同居ならセーフ」という装着場所や装着方法によって違法合法が変わるかのような文言が並んでいます。
GPS無断設置位置情報取得それ自体は問題がないというのであれば装着態様により合わせ技一本のごとく黒認定になるという解釈もありえるのかもしれませんが、無断無承諾でのGPS機器の設置・位置情報取得はそんなに【グレーに留まる程度には白】の微妙〜な行為なんでしょうかね?少なくともこの裁判体は無断無承諾でのGPS機器の設置・位置情報取得によるプライバシー等に対する侵害の程度は小さくないと判示しました。
名古屋高判平成28年6月29日(判例時報2307号129頁)
こちらは先ほどの名古屋地裁判決の控訴審です。
いかにも高裁というか、いろいろ目配せされた判示です。自動車が動ける場所が主に公道上であること、公道上では他人からの観察は通常受忍限度内であること、プライバシー保護が期待された場所への侵入も公道上からも視認可能であることを前提に、対象者に気づかれず密行して・容易・低コスト・長期間にわたり常時に相当正確な位置情報を取得でき、分析を通じて個人情報を網羅的に把握できることがプライバシーを大きく侵害する危険を内包すると判断のうえ、続けて
失尾のリカバリーなら現に尾行している以上プライバシー侵害の程度は低いし当初はそういう目的で始めたと認められるが、結局のところいつ使用を止めるのかの自制も効かない体制を問題視しています。
東京地立川支決平成28年12月22日
こちらは判決ではなく証拠採否における決定です。
続けて任意捜査の一つにすぎず質的に異ならないという検察官主張を排斥しています。
「対象者の承諾がないGPS捜査は対象者の合理的意思に反している」
「GPS捜査の密行性・即時性・正確性×場所を選ばず(どこでも)24時間365日(いつでも)位置情報を取得できるネットの特性」と、尾行のそれとは質が異なるという当たり前の判断です。
最高大判平成29年3月15日(最高裁判所刑事判例集71巻3号279頁)
こちらが新聞等マスコミで大きく報じられた判例です。
最高裁判例ですのでたくさんの学者解説が出ておりますが、「探偵業者が不貞調査にGPSを使った場合の民事的帰責」について述べている文献には出会いませんでした。「【重大犯罪の検挙という公益性・公共性が高いGPS捜査】と【一私人からの依頼を受け一私人の不貞行為を暴く・素行を調べるという、営利に基づく探偵業者のGPS調査】とを比較して前者で許容されないものが果たして後者で許容されるのか?」という結論が見える議論がこれ以上広がるわけがないので仕方ありません。
本判例のエッセンスは「公道上のもの(=監視は許容・受忍範囲内)のみならず、個人のプライバシーが強く保護されるべき場所や空間に関わるものも含めて、対象車両及びその使用者の所在と移動状況を逐一把握することを可能にする。」「個人の行動を継続的、網羅的に把握することを必然的に伴うから、個人のプライバシーを侵害し得る」にあり、この評価は下級審の裁判例を踏襲しています。なおこの判例は他の下級審裁判例とは異なりあくまで憲法35条の枠内で判断を扱っています。弁護団の後日談(法学セミナー2017年9月号16頁「GPS捜査最高裁判決を導いた弁護活動」)を読むと、一審大阪高裁では強制処分、二審大阪高裁では任意処分(適法)からの上告で、なんとしても上告としてとりあげてもらうため戦術を練り込んだようです。
本項のまとめ
これらはいずれも刑事訴訟の判断です。憲法の規定が私人間に適用されるかどうか検討の余地はありますが35条は対国家(捜査機関)との規律でいわゆる私立探偵である探偵業者との関係には適用されないでしょう。ただGPS捜査とGPS不貞調査とは態様で全く異なるところがなく、いくつもの裁判体がGPS捜査の手法と実態に対して行った事実認定と評価は、民事訴訟における裁判官・裁判体が判示するであろう内容と大きく変わることは考えにくいのではないでしょうか。
次回「【GPS】×【探偵】×【不倫】終了のお知らせ。GPSで不貞調査をやってはダメなたった一つの理由その❷「GPS機器無断設置・無承諾位置情報取得の犯罪化」編」に続きます(鋭意制作中、完成次第公開予定)。