【書評】競争優位の終焉
書名:競争優位の終焉
著者:リタ・マグレイス
訳者:鬼澤忍
出版社:日本経済新聞社
出版年:2014年
評
本書の主張はかつての様に持続的競争優位を保持することは困難になっているためこれまでの思考様式では正しい意思決定を行うことができず、環境の変化に対応した新しい思考様式が求められるというもの。
この思考様式では、変化が当たり前の世界で適合を続けていくために以下のように考える必要がある。
適合しなくなったものからは撤退することを当然のものと考える。むしろ積極的にいずれ撤退の必要があることを認め撤退を失敗とみなさないこと。
変化は断続的に確定的なものとして現れるのではなく、小さな変化の積み重ねとして不確実なものとして現れる。従って、小さな仮説検証を積み上げて対応していくべきものである。
このような考え方を必要とする環境で従来の業績評価指標や意思決定プロセスは機能不全を起こす。
例えば、撤退を誰が決めるのだろうか?撤退を決めることを高く評価されることはあまりないだろう。見込みがあるとは思えない事業の責任者がV字回復の計画をプレゼンテーションしている姿の方が撤退の判断を下した姿よりもイメージし易い。
他にも各事業部門が部門横断的にリソースを活用するような新事業に積極的にリソースを提供する。現在の事業に比べてあまりにも小さい新事業に本腰を入れる。といった姿もイメージし辛い。
もちろんイメージし易いし難いというのは私の主観的な感覚なのだが、事業責任者の立場から見て、積極的に撤退や小さな事業に注力するようなインセンティブが働かないというのは無理のある推論ではないと思う。
本書は、古い思考様式と新しい思考様式はどの様に違うのか?、どのように新しい思考様式に移行していくのか?を考える参考となるだろう。
考察
まず、本書でいう競争優位とはどういう種類のものだろうか?例えば法的権利の独占、圧倒的な規模の経済、複数の企業が参入できないような小さな市場の独占といったものは現在も簡単に突き崩すことはできない。
また、競争の激化や不確実性の高まりという論点も昔から言われているものだ。パッと思い出せるものだけでも、ガルブレイスが不確実性の時代を書いたのは1970年代後半だし、SONYの井深大氏とホンダの本田宗一郎氏の50年以上前の対談など今読んでも違和感のない議論が展開されていて、近年になって市場が変化してきたというのは説明として抵抗を感じる。
このように考えたときに競争環境が激化して競争優位が一様に持続力を失ったと考えるのも拙速だと思う。どういう種類の競争優位性に立脚した事業なのか?また、その事業の持つ競争優位性の中で持続力のあるものとないものそれぞれがどれほど重要性を持つのか?このような点をまず考えることが必要だと思う。この疑問に答えてから、古い思考様式と新しい思考様式をどのように取り入れていくべきかを考えることができるのではないだろうか?
スピード・変化・イノベーションといった言葉は安易にポジティブな印象を与える一方で、古典的な競争優位の源泉は古臭く地味で軽視され過ぎているように思う。印象に惑わされず古いから悪い新しいからよいと安易に考えず、事実に基づいた判断が必要だろう。
併せて読むと面白い本
本文中で言及したSONYとHONDA創業者の50年前の対談が収録された本。今読んでも古く感じない部分が多くありとても面白い。
下記2冊は仮説検証型の思考様式を体系化したもの、日々の仕事に落とし込むために参考になると思う。