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追いかける



僕は東京の大学に合格し、春から一人暮らしを始めた。
学費とアパート代、生活費は親が負担してくれることになっているが、決して裕福な家庭ではないし、2年後には妹も大学受験。

「いいなぁ〜!私も東京の大学に行って遊びまくりたーい!」

そんな呑気なことを妹は言っていた。
呆れてしまうが、それでも僕は行きたい大学に通わせてもらっているのだから、当然妹にもその権利はあるのだ。
妹も東京の大学に進学するとなると、
2人分の学費や生活費を捻出する親は、かなり大変だと思う。

少しでも親の負担を減らすにはバイトをして生活費くらい稼ごうと思い、バイト先を探した。
大学やアパートから遠くなく、学業が疎かにならない範囲でのバイトは無いものか…バイトに明け暮れて留年にでもなったら、かえって親に申し訳ないし。

バイトも色々あり過ぎて迷う。
この高額な時給はそれなりに危険な何かを伴うのだろう…コレはバツだな

コレは…ん?なんだか怪しげな書き込みがあるぞ…やめておくか…コレもバツ

ココは…僕には合わない可能性大だ…バツと…

コレは…あぁ…時間帯と日数が無理そうだ…バツ……

最終的には住んでいるアパート近くのコンビニに面接に行ったら即決だった。

生まれて初めてのバイト、初日は緊張して記憶にないが、回数を重ねる毎に仕事を覚えた。

少しづつ慣れ、人間観察をするようにもなった。
同じバイト仲間でも、ベテラン級の真面目な人からサボり癖のある人までいるのだ。
店長は年齢が父親と同じくらい。
時々おっかないけど、上京して間もない僕を気にかけてくれた。
常連客のことも気にかけるのだから、基本、優しい人なんだと思う。
お客さんは更に色々な人がいるのだ。
年齢や性別は勿論、外国の人もいる。優しい人もいれば、突然怒り始める人、コンビニ愛が強い人、酔っ払い、万引き常習者……今までの生活圏内ではお目にかかることがなかった。

 ----------- ある日のこと -----------

この日はバイトが22時始まり、21時30分にはバイト先に到着し着替えていた。
レジカウンターからバイトのサボる君と店長の声が聞こえる。
店「おい!この袋は?えっ?トレーにあるのは釣り銭か?」
サ「今帰ったばっかの客っすね〜!ま、直ぐ戻って来るんじゃないっすか?」
店「おいおい!すぐ追いかけろよ!」
サ「えーーっ!無理っすよ〜!まじ、俺根性ねぇから走れね〜っす」

着替え終わり、レジカウンターに行く。
僕「どんなお客さんですか?」
サ「時々来る…あ!ほら!俺がクマ男って言ってるあの客だよー!お釣りまで忘れて、暑さで頭沸いてんのかもな」
店「余計なこと言わないで早く追いかけろ!」
僕「僕が追いかけます!」
店「いや、22時になってないから…」
僕「クマ男さんですね!とりあえず追いかけてみます!」
お釣り5185円とレジ袋がパンパンになるほどの商品を持ち、走る。
クマ男さんの本名は知らないが、よく店に来る常連さん。風貌が一瞬見るとクマに似ている為、サボる君が命名したのだ。

時々大学の帰りやバイトに向かう途中でクマ男さんの姿を見かけるので、クマ男さんが通ると思われる道を予想した。

(店に戻って来るかもしれないから…多分……こっちの道かな…
それにしても荷物が重たい)
レジ袋が破れるかもしれないから気をつけなくてはならない。

しばらくすると遠くにクマ男さんらしき後ろ姿を見つけた。
暗くてよく見えないが、あの風貌はクマ男さんのような気がする。
(いや…違うか?)
離れていることもあり声を掛けられない。距離を縮める為に走ることにした。
高校時代、陸上部にいたこともあり、走るのは得意。でもこんなに重たい荷物を抱えて走るのは初めてだ。


気付くとクマ男さんの歩く速度が上がり始めた。
(え、いや…ゆっくり歩いてて欲しいのに…)



次第にクマ男さんは走り始めた。
荷物が腕に食い込み、痛みを感じながら僕も速度を上げた。

(クマ男さん・・・
腕が痛いんです!お願いします!ゆっくり歩いてください…
ていうか…何故買った物を忘れていることに気付かないんだ?)
頭の中でモヤモヤ考える。



ついにはクマ男さんは猛ダッシュをし始めた。

(えーーーーーーーっ!!)

重たいレジ袋を持ち直し、意を決して僕も猛ダッシュ。
重たさと、痛みと久々のダッシュに息が上がる。
(頼むーーー!走るのを止めてくれー!)

そう思った瞬間クマ男さんは突然足を止めた。

(今だーーーーーーー!)

僕は更に思いっきり走った。
クマ男さんは地面に膝を付いていた
(もう少しだ!僕!頑張れ!)


クマ男さんはとうとう地面に仰向けに寝転んでいた。
(頼む!そのまま待っていてくれ!)

ぼくは口から心臓が出そうなほど苦しくなっていたがゴールは見えていた為ラストスパート!

ゼェゼェゼェ…
はぁはぁはぁはぁ…
道端に寝転ぶクマ男さんに声を掛けようとするが呼吸が乱れ声を発することができない。すると

「殺すなら殺せー!」

(えっ?何を言ってるんだ?この人!)
思いがけない言葉が、クマ男さんの口から発していた。
僕は慌てて
「は、はあ?何言ってるんですか?
  お客さん、買ったものお忘れですよ
  ほら!
  お釣りまで忘れて…
  ありえないっすよ
  店長に言われて追いかけてきました
  確かにお渡ししましたから!」

クマ男さんから意味不明な言葉を言われたが、そんなことはどうでも良い。僕はお釣りとレシートと袋は少し破れてしまったが、商品を取りこぼすことなくクマ男さんに渡す事ができ安堵した。

バイト先に戻った僕は汗にまみれ、魂が半分抜けた状態だったらしい。

「お疲れだったな。特別手当付けといてやるから、今日は帰っていいぞー。風呂入ってゆっくり休め」
店長の言葉に甘え、帰らせてもらうことにした。


帰り道、麦茶を飲みながら、もう2度とクマ男さんが忘れ物をしないようにと願った僕だった。

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