映画『VOY!-光と影の冒険-』にみるブラインドサッカー現場の葛藤
パラリンピックで初めてパラスポーツ、そしてブラインドサッカーに触れた方も多いと思います。ブラインドサッカーでボールを持つ選手に向かう時の「ボイ(VOY)!」という掛け声はスペイン語で「行くぞ!」という意味です。今回はその掛け声がタイトルの映画をご紹介します。
みなさん、こんにちは。ヨコハマ・フットボール映画祭note公式マガジン第30回を担当します、スタッフの細川です。よろしくお願いします。
YFFFではほぼ毎回、障害者サッカーをテーマにした作品を上映してきました。YFFF2021では、ブラインドサッカーがテーマの『VOY!-光と影の冒険-』を音声ガイド付き版で上映します。通常、ラジオやスマートフォンを通して聞く「音声ガイド」が場内に流れます。「音声ガイド」を体験する貴重な機会にもなっているで、ぜひご来場ください!
作品の監督であるマキシム・アルブガエフ監督はドキュメンタリーを撮る前はアイスホッケーに人生を捧げていました。スポーツ経験のある監督による試合シーンの迫力は必見です!
撮影をしながらロシア代表チームを観察していく中で、監督のニコライは、アルブガエフ監督自身の成長の礎を築いたかつてのコーチを思い起こさせたそうです。スポーツをテーマにした映画の多くは、選手やチームが主役であることが多いですが、本作は監督にスポットを当てた作品になっています。
選手を育てることが生きがいのニコライ
ブラインドサッカーロシア代表監督のニコライは、元々パラスポーツの指導者として長年活躍していました。2004年にブラインドサッカーと出会い、自国ロシアでもブラインドサッカーを広めることを決意します。しかし行政には、万が一何かが起きたら重罪になる、ということで耳を貸してもらえませんでした。ところが、最終的には自身で責任を取る形で大会を開催すると、誰もが衝撃を受け、その年がロシアの「ブラインドサッカー元年」になるのでした。
ニコライは、選手を集めることから始め、一からチームを作り上げました。基礎からのサッカーの技術指導、試合中のマナーの教育はもちろん、選手たちを外へと連れ出して、山登りやスカイダイビングを体験させるなど、人生におけるメンターとしても彼らを成長へと導いています。
ニコライ率いるロシア代表チームは着実に結果を出し続けて数多くのトロフィーを獲得し、2016年にはヨーロッパ選手権で2位に輝くまでに成長しました。しかし、今年こそは優勝して世界選手権出場を目指そう!という2017年、何も知らされないままに新監督の就任が発表されてしまうのでした。
結果がすべての新監督エラストフ
新監督のエラストフは、デフサッカーの経験しかなく、ニコライによれば「2年以上、選手1人以上の指導経験が必要」という代表監督の条件を満たしていない人物です。妻がスポーツ省の関係者だからそのコネクションだろうとニコライは不満を漏らしていますが、エラストフは結果を出していない監督はクビになるのは当然だと断言します。そして、チームを強くすることが監督の使命であると信じています。
エラストフは就任直後のチームの状態について、自分勝手にプレーしていて戦術がない、前任者は専門的な知識がなかったから結果を出せなかった、代表のレベルには達していないと分析します。そして、自分がいなくても別の監督が就任したであろうこと、自身も結果を出さなければクビになるであろうことを語ります。結果がすべてであると考えるエラストフは、ストイックに技術を叩き込むような指導をしていきます。
異なるタイプの監督が見せるコントラスト
本作では、ニコライとエラストフという対照的な監督を対比させることで、「競技の参加者を増やして普及させること」と「成績の向上を目指して強化させること」、「様々な体験により人間性を高める教育」と「勝つための方法を追求するトレーニング」という、パラスポーツに共通するジレンマが浮き彫りになっています。
そして、そのジレンマには、選手たちも巻き込まれていきます。ニコライを慕っていた選手たちは続投を望んでいたため、ヨーロッパ選手権をボイコットするという選択肢もありましたが、彼らは試合に出ることを選びます。ニコライとは異なるアプローチで指導するエラストフに対して、新しい何かを得られるかもしれない、という期待もありました。しかし、彼らはニコライとエラストフの間で板挟みのような状態になり、チームの雰囲気は悪くなってしまうのでした。
結果とは……?
スポーツ庁の視察があるとだけ聞かされていたニコライは、突然知らされた監督交代劇にショックを受けます。ニコライは、上の決定には逆らえないと嘆きつつも、エラストフの就任はコネ人事だと考えているため納得ができず、諦めもつかない状況に陥りました。ブラインドサッカーを持ち込み、一からチームを作り上げ、試合でも結果を残してきたのに、その座を突然奪われてしまう、その胸の内は計り知れません。エラストフの失敗を望むけど、それはチームの敗北を意味してしまう……チームには勝って欲しい、でもエラストフには失脚して欲しい、という相反する思いに苦しんでいきます。そして、最終的には、コーチとして同行することもできたヨーロッパ選手権は自宅で観戦することを決めます。
大会の結果は本編でご確認いただくとして……
そもそも「結果」とはどの時点の、何を指すものなのでしょうか?
ニコライの元で育った選手たちは、誰もがポジティブでユーモアがあり、自分の人生に対して責任を持っていて、他人に対する思いやりもあります。彼らの存在そのものがニコライの指導者としての功績であると感じます。そして、突然訪れた困難に葛藤、苦悩し、時に我を失いながらも、立ち向かうニコライの姿からは多くの学びがあるように思います。
スポーツに限らず、組織やチームのあり方としても共通するテーマであり、どんな立場の方にも響く作品になっているので、ぜひ、たくさんの方に観ていただきたいと思います。
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指導者講習会-「指導者、障がい、スポーツとは」-
かなっくホールでの上映日の午後、本作を題材にして、NPO法人 日本サッカー指導者協会のご協力の下、「指導者、障がい、スポーツとは」をテーマに指導者講習会を実施します。ぜひ、ご鑑賞に併せてご参加ください!
*講習会会場はかなっくホールから徒歩2分の横浜セネックスになります。
講師の藤原明夫さんのインタビュー記事はコチラ
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YFFFスタッフインタビューに登場した伊東さん、佐藤さんはイチオシ作品として『VOY!-光と影の冒険-』を挙げていました。
また、音声ガイドの制作でご協力いただいているヨコハマらいぶシネマの鳥居さんのインタビュー記事も併せてお楽しみください。